方向性
――ウェイル領 リアッツォ 大聖堂前
『冒険者の皆様!HOPEは12月を持ちましてサービス開始7周年を迎えます!これも皆様のおかげです!つきましてはALGOからイベントのお知らせをさせていただきます!!下記日程でイベントを行いますので奮ってご参加ください!』
メンバー全員がのぞき込んでいるチラシの上部には、このような見出しが躍っている。ちなみに、踊っているというのは比喩表現ではない。本当に字が動いているのだ。字体は、幼稚園児がクレヨンで書いたものをそのまま使っているのではないかと思うくらい、ふにゃふにゃだ。
「今までイベントなんてあったのか…?」
「いや…、少なくとも俺は知らないけど…。」
カインが思い出しながら質問をしてくるが、悠仁は今までゲーム内イベントなど経験したことがない。
「ステラは、イベントって今までやったことあるんですか?」
「……ない、と思う。少なくとも、私が登録してからは。……冒険者が主催するイベントなら、できる、らしいけど。」
やはり、悠仁の考え通り前代未聞のようだった。読み進めていくと、説明にあったように色々なイベントがあるようだった。
「まぁ、これは向こうで聞いた通りね。」
ミーナがチラシの一部分を指差しながら呟く。そこには、転職試験とスキル習得試験についての記載があった。現実世界で聞いたように半額になるらしい。ただ、スキル習得試験は回数制限があるようで、「一人につき3回まで」と書いてある。
(ということは、一度に受ける個数を多くすれば…)
説明文からは、そのように読み取れる。いい機会なので、挑戦できるものは挑戦したほうがいいだろう。それよりも問題なのは。
「転職試験…。」
カインが呟く。そう、問題は転職試験だ。この機を逃すのはもったいない。出来るのであれば、このタイミングで行うのがベストだろう。
「これはあとで全員で相談しよう…。そのほかは…」
「これは何でしょう?」
アリスが指差したのは、日程の丁度最終日に当たる12月31日に書いてある、【挑戦!レイドボス!】と書かれた項目だった。色々と冒険の役に立つ項目は並んでいるのだが、一際大きな文字で書いてあるのはこの項目だった。
「レイドボス…、他のゲームでは聞いたことあるけど…」
ミーナは思い出しながら、アリスの指差した文字を見ている。レイドボスとは、大人数で挑むことが前提のボスである。難易度もそれに合わせて設定してあるため、単独や少人数パーティーでは攻略することは難しい。
「ノワールを思い出すな。もうあんなのは勘弁だけど…」
カインは苦笑しながら昔のことを思い出す。今回はイベントで行われることなので、ある程度の安全措置はなされているだろうが、それでも大変なことには変わりないだろう。
「イベントだし、あれほど大変じゃないだろ…。まあ、それよりもこれが気になるな。」
悠仁はその上にある項目を指差す。そこには大きな文字で【ワクワク!宝探し!】と書いてあった。小学生向けのイベントじゃあるまいし、もっと名前はどうにかならなかったのか。
「えーっと、これは…『大陸のあちこちに隠されているイベントアイテムを集めて聖堂へ持っていくと、豪華景品が当たる福引を行えます。』って書いてありますね。あっ、これがそのアイテムみたいですよ。」
丁寧に、その横には該当するアイテムのイラストが載せてあった。ピラミッドのような正八面体を半分に切ったような、金色に輝く物体だった。大きさはわからないが、隠されていると書いてあるのだから、それなりに小さいのだろう。
「……なるほど。これで、みんなを、あちこちに行かせるわけだ。……あ。あれ、そうじゃない?」
ステラが一人の男性を指差す。その男性の手には先程のイラストそっくりな物体が持たれており、受付嬢に渡していた。
「思ったよりも大きかったな。小石程度の大きさかと思ったら、拳大はあったし。…一度取られた場所にはもう出現しないみたいだから、完全に早い者勝ちだな。」
何の賞品がもらえるかは書いていないが、ゲーム全体を巻き込んで行うのだから、それなりのものだと想像がつく。
「まぁ、色々書いてありますが、私たちが一番最初にするのは…」
フルールがチラシから顔をあげて、受付の行列を見る。
「転職試験…だろうな…。この調子だと、いつ受けられるかわかったもんじゃない。」
「そうね、悠仁の言う通りだと思う。っていうか、ここだとちょっと邪魔になるし、クランハウスに行かない?」
ミーナが移動の提案をする。
「そうですね、ここだと落ち着いて話ができなさそうですし。悠仁さん、どうしますか?」
「あぁ、それがよさそうだな。行こうか。」
イベントの内容も気になるところだが、往来の激しい場所で今後に大きく関わることについて話すのは難しいので、悠仁たちはクランハウスに移動した。
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――リアッツォ 冒険者統括組合 3F クラン『パーチ』の部屋
ガチャリ。
見た目は重厚だが、それほど重くはないドアを開ける。暖炉の火は消えておらず、燃料も補充されているが、誰がしてくれているのか。
「やっぱり、自分達の部屋っていうのは落ち着くな!」
カインは、暖炉の前にあるソファに飛び込むように腰掛ける。
「おいおい、壊すなよ。前回のものよりは丈夫にしたけど、それでもお前の体重じゃ壊れかねない。」
「へいへい…」
クランハウスを借りた当時、興奮したカインがソファに飛び込んで壊したことがあった。耐久度が少なかったのだろうが、それでもメンバー全員は呆れた顔をしていた。そして、何故か女性陣は胸を撫で下ろしていた。
「よし、じゃあ座ってくれ。これからの話をしようと思う。」
悠仁が促すと、各々近くの椅子を持ってきて話が聞ける形になる。全員が席に着いたところで、悠仁は話を始める。
暖炉の火が、集まった椅子の影を壁に揺らしている。これから決めるのは、それぞれの旅の形だ。悠仁は一度深く息を吸って、言葉の順番を頭の中で並べ直した。
「さて、まるで幸運が降ってきたような感じだが、さっき確認したように転職試験が半額になるらしい。下位職じゃなくて、上位職への転職はみんな知っているようにかなりの高額だ。それが半額になるのは大きい。だから、この機会に全員転職をしたいと思っている。全額は出せないんだが、パーティーの資金から、さらにその半額なら出すことができるだろうから、ぜひ受けてほしい。」
「よっ!太っ腹!」
ソファに座っているカインが野次を飛ばしてくるが、無視をして話を進める。
「そこでだ。ここで確認しておくことがある。よく聞いてくれ。」
悠仁は黙って話を聞いているメンバーにむけて、長々とした前置きをしてから本題に入る。
「俺たちはパーティーであり、クランだ。職と動きが全員に及ぼす影響については、嫌という程わかっていると思う。つまり何が言いたいかというと、何の職に転職するかを、全員で相談する必要があるということだ。」
非常に大切なことである。前衛火力職だけで固まってしまっては動きは制限されてしまうし、魔法職で固まってしまっても同様のことが言える。
「ただ、俺が一番最初にカイン以外とパーティーを組んだ時に言ったように、これはゲームなんだ。楽しまないと意味がない。だから転職に対して口出しをしたくないんだが、クラン運営上、配慮しなくちゃいけない部分もあることをわかってほしい。」
もう長くやっているメンバーだ。それぞれの役割も、しなくてはいけないこともわかっているだろう。ただ、クランをまとめる人間として、言っておかなくてはならないこともある。
「それは大丈夫だと思います。みんな、自分の役割が分かった上で楽しんでいると思いますから。」
アリスがにっこりと悠仁に笑いかける。少し緊張しながら話を始めたのだが、その笑顔で少し楽になる。
「ありがとう。そういうことで、今からみんなの意見とかを聞いていこうと思う。」
ソファに座っていたカインも椅子を持ち出して、中央に集まった。
車座の真ん中に、チラシが一枚。金の話から始まった相談は、いつの間にか「これからどう生きるか」の相談の顔をしていた。職を選ぶというのは、この世界では文字通りそういうことだった。
クランハウス(施設)
冒険者統括組合の2階からは、クランへ部屋を貸し出している。部屋のランクによって貸し出しの金額が違うため、大規模なクランが大規模な部屋を借りることになると大変なお金がかかることになる。比較的高価なので、収入がないクランは借りることができない。しかし、利用料を払えばいいという物ではなく、クラン自体のレベルが低いと借りられる部屋もない。拠点を変える際には1週間以上前に組合に申請を行い、代金を支払うことで移動先の組合に部屋を移すことができる。




