顔合わせ
「いやー、もうすっかり寒くなったな。カイン、お前それで寒くないのかよ。」
「おうよ!会社辞めてから筋トレ三昧だからな!」
悠仁の質問に、ゲーム内同様スカッとする声で返事をしてくる。カインは、あの未開のダンジョン攻略の際に無断での欠勤が原因で、自主退職という形で会社を辞めることになった。HOPEが会社勤めの社会人の中で禁止されているのは、こういったことが起きるからである。カインも未練はなかったようですぐに辞めてしまい、最近ではもっぱらゲームに専念しているようだった。
「それ、自慢して言うことじゃないわよ。無職の私が言うことじゃないけど。」
ミーナがカインの横に並びながら、ジト目で溜息をつく。
「あー、そういえばミーナも会社辞めたって聞いたな。ってことは、ここはAliceちゃん以外無職の集団ってことじゃねぇか!ひでぇもんだな!はっはっは!!」
カインが状況の確認をして笑いだす。確かに間違ってはいないのだが、何とも悲しい事実だ。
「……うまくやれば、こっちの収入のほうが高いから。……私も、その辺の会社員くらいは、稼いでる。……いい時代なのか、そうじゃないのか。」
ステラも会話に参加する。確かにそれなりの収入を得ることはできるのだが、命を削っている感が凄まじい。常に命の危険が横にあると考えると、割がいいのか悪いのかわからない。
「そうですねぇ…。人によりけりですよね…。そういえば悠仁さん、これはどこに向かってるんですか?」
「あぁ、予約したレストランがあってな。そこに行こうとしてる。代金は全部パーティー資金から出るから、好きにしてくれ。」
「でもY…せ……あぁもう!Yuji!こっちって昔行った…。」
周りのメンバーはゲーム内の仲間で、空気はまさにゲーム内なのだが、ここは現実世界。どっちの名前で呼んでいいか迷った結果、ゲーム内にすることにしたようだった。悠仁はこみ上げてくる笑いを抑えながら、その意見を肯定する。
「あぁ、そうだ。お前の初仕事だった場所だ。」
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――都内某所のレストラン 「Afterglow」
大通りに面しているレストランは、見るからに込み合いそうだった。既に店には列ができており、若いカップルや老夫婦、家族連れなどが並んでいた。
「おー、こりゃ豪華だな。予約したのはここか?」
カインが「Afterglow」と書かれた看板を見上げながら、悠仁に質問する。
「あぁ、そうだ。ここのオーナーとはちょっと縁があってな。人気店で予約はできないことになってるんだが、してもらえてるんだ。もちろん、繋忙期は無理だけどな。」
悠仁が石橋の方を見ると、少し恥ずかしそうにしていた。
「ま、中の様子を見てくるついでに、オーナーに挨拶してくるよ。ちょっと待っててくれ。」
メンバーにそう言い残すと、悠仁は店の中に入っていった。中に入って左手には、厨房が見えるようにガラス張りの窓がある。一番高いコック帽を被っている男性が、客が入ってきたのに気づいて顔を上げる。目が合った悠仁が軽く手を振ると、男性は笑顔になって部下に何かを指示した後に、手を拭いて受付まで出てきた。
「これはこれは青木さん!お待ちしていました!」
「すみません園田さん、無理言ってしまって。お店の方はどうですか?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。もう御覧の通り、毎日てんてこ舞いですよ。これも全て、青木さんと石橋さんのおかげです。」
「それは良かった。実は石橋も来ているので、後で顔出させますよ。」
「はて、スーツ姿ではないですが…もしかしてプライベートで?」
園田と呼ばれたその男は、ニヤニヤと笑って悠仁のことを見てくる。
「確かにプライベートですけど、そういうのじゃないですって。他の人もいますしね。それより、戻らなくて大丈夫ですか?」
「おおっと!そうでした!あいつ、まだここに入ったばっかりで、見てないと心配なんですよ!」
そう言って園田は、先ほど何かを指示していた若者の方を指差す。言葉とは裏腹に、少し嬉しそうだった。
「充実しているようで何よりです。席ってどこを使っても大丈夫ですか?」
「あぁ、窓際の席をとってありますよ。今から案内させますね。中に入って少し待っててください。ではまた!」
去っていく園田はウェイターに何やら声をかけていたので、悠仁は外に出てメンバー全員を中に連れてくる。全員が中に入る頃に、先ほどのウェイターが席まで案内してくれた。
「窓が大きくて、外がよく見えますねぇ。」
アリスは外を眺めながら呟く。大きな窓から見える庭は、オーナー自前のものだ。最近は忙しくて庭師に頼んでいるらしいが、開店当初は自身で管理をしていたものである。春から秋にかけては季節の花が咲き誇るのだが、今は枯れ木が並んでいる。しかし、それもどこか寂し気な雰囲気が出ていて、いいものだった。
「あぁ、そうなんだ、実は…。っとその前に。ここってコース料理なんだけど、食事が始まってから話し込むのもあれだし、先に自己紹介だけしておこうと思う。」
悠仁は佇まいを直して向き直り、自己紹介を始める。
「初めまして……ってわけじゃないんだよな。ゲーム内では何回も会ってるし。Yujiこと『青木 悠仁』だ。言うことは特にないな。んで、じゃあ次はアリスに頼むか。」
悠仁に促されて、アリスも自己紹介を始める。
「はい。では次は私が。Aliceというのは、実は本名から取っています。『アリスティア・ハートフォード』といいます。普段からアリスと呼んでもらっているので、こちらでもぜひそのままで。父と母はどちらともイギリス人です。小さい頃から日本に住んでいたので、私はイギリス人のつもりはないのですが。」
「だよねぇ…。こんな可愛い子がコスプレなはずないもんね…。」
ミーナがよよよとアリスに抱き着く。そんなミーナを見て、アリスは苦笑いをしている。
「じゃ、じゃあ次はミーナちゃん。お願いできる?」
「うぅ…はい。」
アリスに促されて、今度はミーナが自己紹介を始める。
「『石橋 涼子』です。ミーナっていうのは、うちで飼っている猫の名前です。」
「あぁ!だから種族猫なんだな!」
「ま、まぁそういうこと。」
それを聞いたカインが、合点がいったように手を打つ。
「あと、今だからもう言っちゃうけど、青木さんは私の会社の…元会社の、先輩です…。」
「「えぇ!?」」
アリスとステラが驚きの声を上げる。さすがに常識的な声量だが。ステラの「えぇ」は、ほとんど吐息だったが。
「実はそうなんだ。奇跡的な確率でな…。発覚したのはカプランドにいた頃なんだが…。まさかゲーム内でリアルの知り合いに会うとは思ってなかったから、本当に驚いた。」
HOPEの人口は凄まじい。そこで自分の知り合いにたまたま会うなんてことは、奇跡に近いだろう。住んでいるところがわからない状態で、小さめの国を歩いて出会う感じだ。
「そして実は、この店の経営を立て直したのは石橋なんだ。味はいいのに閑古鳥が鳴いてた店を、何とか人気店まで上げさせたんだ。うちはそういうのを扱ってる部署でな。そのおかげで、先輩の俺と石橋はオーナーに贔屓してもらってるってわけだ。」
「へぇー、ミーナちゃんすごいですね!」
アリスが手を叩いてミーナに向き合う。アリスに名前を呼ばれたミーナは、顔を崩してアリスに抱き着く。
「明らかに自分よりも年下の可愛い子にちゃん付けで呼ばれるのは、なんだか複雑な気分だけど不思議と心地いい…。」
「ま、そういうことで、石橋と俺は先輩後輩に当たるってことだ。じゃあ次は…ステラ。頼めるか?」
ちょっと変な表情をしているミーナのことは置いといて、悠仁は話を先に進める。
「……ん。」
ステラは座ったまま、こくりと頷く。前髪の下から皆を順に見て、ぼそぼそと話し始めた。
「……『桐生 すばる』。……ステラは、名前から。すばる…昴は、星の集まりのこと、だから。星を、ラテン語にしただけ。」
「へぇー…!ステラさん、素敵な由来ですね!」
「……別に。考えるのが、面倒だっただけ。」
そう言いながらも、アリスに褒められたステラの声は、心なしかいつもより少しだけ柔らかい。
「今は…学生。……本は、昔から好き。だから、ああいう世界に、いる。」
「学生ぇ!?おいおい、じゃあ無職集団ってのは間違いだったのか!」
「学生って、いくつよ?」
ミーナが身を乗り出す。
「……女性に、歳を聞くの?」
「あんたも女でしょうが!」
「……細かいことは、いいの。」
ステラはそれきり、口をコートの襟に埋めてしまった。皆の笑い声が上がる。悠仁も笑いながら、ほんの一瞬だけ、妙な引っかかりを覚えた。そういえばこの子の歳を、誰もちゃんと知らない。
「……手紙の相手のことも、聞かれてた、っけ。あれは、始めた頃の知り合い。……知識の、交換相手。皆さんのことも話したら、会いたいって、言ってた。」
「それはもう是非。色々、先のことも聞きたいですしね。じゃあ最後にカイン。いいか?」
悠仁に促されたカインが、待ってましたと言わんばかりに自己紹介を始める。
「おうよ!俺は『早乙女 海斗』。名前の由来は特にないんだが、たまたま眺めてた本にこの名前があったからつけてみた。プレイ歴は悠仁と同じくらいだな。アリスちゃんたちと会う前は、紆余曲折あって悠仁と1年くらい旅してた。趣味は筋トレとHOPEだ!よろしくな!…って、もうクランまで組んでるんだから、よろしくっていうのはおかしいか…。」
「ま、気持ちは伝わるんだからいいんじゃないか?っと、食事が運ばれてきたから、話は食べながらにしよう。」
ちょうど全員の自己紹介が終わったところで、前菜が運ばれてきた。一行は料理に舌鼓を打ちながら会話に花を咲かせ、昼食時を過ごした。
名前というのは不思議なもので、知った途端に相手の輪郭が一段はっきりする。ゲームの中で命を預け合ってきた顔ぶれに、現実の名札が一枚ずつ掛かっていく。そういう午後だった。




