駅前で舞う妖精
――未開のダンジョン探索から2ヵ月半後 東京駅前
「……まだ早いか。」
白い息を吐きながら悠仁は呟く。12月になり、あれだけ暑かった夏はもう足跡すら見ることができない。午前11時15分前を指している腕時計から視線を外すと、今までの自分と同じような格好と表情をしている人が縦横無尽に歩いている。
剣も杖も持たない人の波は、それはそれで一つの戦場のように見えた。二ヵ月半前まで、自分もこの流れの一部だった。今は岸に立って眺めている。どちらが現実なのか、時々わからなくなる。
「……はぁ…」
なんとも複雑な気分だ。不本意な形で職を失ったが、再就職もせずにここにいる。早く職につかなければと焦る気持ちもあるが、日々の充実感で「まだいいか」とも思ってしまう自分を客観的に見て、ため息をついた。
とはいえ、恐らくしばらくしたらその気持ちも無くなるだろう。それもそのはず、今日は…
ピロン。
下の方から着信音が聞こえる。悠仁は右ポケットに入れている携帯電話を取り出し、画面を見る。
『もうそろそろ着きます!』
「アリス」と書かれた横に表示されていたのは、話し言葉をそのまま文字に変換したような文章で、いつも通りのテンションに少し笑いがこみ上げてくる。
返信をしようと携帯電話のロックを解除すると、急に画面が暗くなる。
(ん?なんだ…?)
悠仁は気配を感じて前を向くと、自身よりも身長が高い大男が立っていることに気が付いた。顔が正面になかったので少し見上げるような形になり、男と目が合う。
「もしかして、Yujiか?」
まずは目の前の男が声を上げる。その声には、嫌というほど聞き覚えがあった。
「その声!カインか!!」
柔道経験者のような大きな体をした男が、ニカッと笑ってこっちを見てくる。その彫りの深い顔はハーフにも見えた。革のジャケットとタイトなシャツ、デニムと少し寒そうなラフな格好をしている。服の上からでも筋肉が主張していて、筋肉質であるのがわかる。
「こりゃまた、ゲーム内と同じような体格だな!」
つい、そんな言葉が口を突く。亜人の耳がないことと、鎧を装備していないことを除けばゲーム内と大差ない。ポッドのスキャンの正確さには驚かされる。
「お前も、全然変わらないな!」
そういってカインは拳を突き出してくる。悠仁もそれに拳を合わせて挨拶をし返した。何故このようなことになっているかというと…。
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――2ヵ月半前 ウェイル領リアッツォ 大聖堂
「あ……、すみません。ログアウトする前に、わたしから提案をさせてもらっていいですか?」
10日近くに及ぶ冒険で、皆は早くログアウトをしたいと思っているところだが、その直前にアリスが提案をしてくる。この状況で話をするということは、大事な話なのだろう。
「どうした?何かあるなら遠慮せずに言ってくれ。」
「いや、ちょっと私の個人的なお願いもあるんですけど…。」
悠仁の促しで話を始めようとするが、少し恥ずかしそうに手を擦り合わせている。数秒後、意を決したように話を始めた。
「その、今回のダンジョン攻略…、ダンジョン攻略って言っていいのかはあれですけど、かなり危なかったじゃないですか。それこそ、一つ間違えたら死んでしまったかもしれない程。」
アリスの言う通り、危険の連続だった。悠仁を含め、メンバー全員が何回背筋が凍りそうになったか。
「それで思ったんです。私達もクランを作って、一緒に活動するようになってしばらく経ちますし…。これでですよ?あまり考えたくはないのですが、誰かが大怪我をしたり、最悪の場合…。」
アリスは言葉を詰まらせる。その可能性は、考えうる最悪の状況。しかし、冒険者である以上、無視はできないものだ。
「その…、死んでしまうこともあるわけじゃないですか…。その時にですよ、誰もお互いのことを知らないっていうのは、なんだか寂しい気がして…。これからも一緒に冒険をしていく仲間なら顔くらい…、もし私が死ぬことになっても、現実世界の私くらいは知っておいてほしいっていうか…。あぁもうっ…うまく言えなくてすみません…。」
メンバー全員、アリスの言葉を聞いていた。言いたいことは分かった。悠仁はアリスの代わりに、その言葉をまとめる。
「つまり、お互いに冒険する仲間として、顔くらいは知っておくべきだと、そう言ってるんだな?現実世界で会っておきたいと。」
「…はい…。」
アリスが言いにくいのも無理はない。HOPEは現実世界の自分に似たアバターを使用するため、たまに痴情の縺れに発展してしまう場合があったり、そのほか怨恨の問題などもあったりするため、リアルで会うことは推奨されていない。ただ、言いたいことはよくわかる。誰にも知られずに、忘れられるというのは悲しいことだ。
「言いたいことは分かった。確かに、アリスの言っていることにも一理ある。」
悠仁はアリスの意見を肯定した上で、話を続ける。
「実のところ、俺も考えていないわけじゃなかった。ここ最近、命の危険が多かったからな。いつ死ぬかわからないこともあった。その時に、お互いのことを知っているのと知らないのとでは違うと思っていた。ただ、これはマナー的な問題もある。」
希望しないメンバーがいたときの為に、逃げ道を作っておく。
「本来、リアルで会うことは推奨されていない。色々問題に発展しやすいからな。だから、俺から提案させてもらう。」
なるべく配慮を行った提案を、悠仁から行う。
「オフ会…っていうのはあれだが、お互いの顔合わせということをしてみたい。費用は全てパーティーの資金から出す。交通費も飲食代もだ。だから金の心配はしなくていい。ただ、リアルで会うことに抵抗がある人は少なくないのもわかってる。だから無理強いはしない。来なかったからといって、対応なんて変えるはずがないということも付け加えておく。どうだ?」
悠仁がアリスの意見を纏めたうえで、上手く配慮をした提案をする。
「まぁ、俺は問題ねぇけどな。」
まず反応をしたのがカイン。
「私も…特に問題は…。っていうか…その…。」
ミーナもそれに賛同している。そもそも、ミーナの正体は知っているどころか、顔も素性も悠仁は知っているし、知られている。
「……ん。私も、行く。」
ステラも短く答えた。即答だったのが、少し意外だった。皆意外と乗り気であることに、悠仁は驚いていた。
「私は…そちらには行けませんが…。」
フルールは少し寂しそうに笑う。そんなフルールに、アリスとミーナが抱き着く。ステラも、そっとフルールの袖を摘まんだ。
「大丈夫、フルールさんも一緒だというつもりですよ。」
「そうそう、カインがどんな男だったか、ちゃんと確認してきてあげるから!」
「……会の様子は、ちゃんと、伝える。……で、こっちはこっちで、フルールも入れて、お祝い、しよ。」
3人に笑顔で言われたフルールは、その笑顔から寂しさが抜けて、嬉しそうに微笑んで三人を抱き返した。
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「まさか、女性陣が乗り気になると思わなかったけどな。」
カインが白い息を吐きながら、人混みをみて呟く。
「まぁ、そうだな。こういったことは女性の方が敏感だし、まさかアリスから提案があると思ってなかった。まぁ、アリスとは会ったことがあるんだけどな。」
「あー、そういえば会ったことあるって言ってたな。アリーシャの時だっけか。」
「あーそうそう。リッチ倒した時な。」
悠仁とアリスが会ったことがあるのは、メンバーの半分が知っている。病院へ行く悠仁に(ほぼ無理やり)付き添いをしたのだ。
「あの時はびっくりしたけど……。お、来たみたいだぞ。」
きゃいきゃいと若い女性特有の声を上げながら、女性の一団が歩いてきた。アリスから伝えられていた服の特徴と一致する女性がいたので間違いないだろう。というよりも、この日本であの綺麗なブロンドの女の子が歩いていたら、見間違えるはずもない。
「あ!悠仁さん!」
こちらに気が付いたアリスが、集団を抜け出して駆け寄ってくる。
白いニット生地のワンピースにベージュのストール。色使いから大人しそうに見えるが、ストールにブロンドの髪がもっふりとたわんでいて、可愛らしさが前面に出ている。ワンピースはゆったりとしたデザインなのだが、それでは隠せないくらいのバストはいつも通りである。ショルダーバッグは、色、形共にゲーム内の収納を彷彿とさせるデザインだ。雪のように白い素足を晒しているのだが、寒くはないのだろうかと不安になってしまう。
「おう、久しぶり。って言っても、ゲームではほぼ毎日会ってるけどな。」
「おー!話には聞いたけど、本当にブロンドなんだな!綺麗な髪してるぜ。」
「ふふ、ありがとうございます。」
カインに髪を誉められたアリスは嬉しそうだった。
「ちょっと、私達には何もないの?」
そう言って、ミーナこと石橋がコメントのない男性陣に不満そうな顔を向ける。白のニットセーターに白のスカート、ネイビーのロングコートで、社会人の落ち着きが見える服装だった。手には、悠仁が見たことのないようなプライベート用のハンドバッグが握られていた。
「まぁ、俺からのコメントはないかな。」
悠仁はプライベートで会ったことはないが、会社ではいつも会っていたので新鮮味は薄い。
「おぉ、ミーナだろ?思ったよりも大人だな。」
「思ったよりもって何よ!!」
ゲーム内では言葉遣いも相まって、年よりも幼さが見えるので仕方がないだろう。しかし、外見だけでは立派な社会人だ。ミーナがカインとやいのやいのやっているのを見ていて、ふと気づく。もう一人が、いない。
「…あれ、ステラ…さんは?」
ゲーム名で呼ぶべきか現実の呼び方をすべきか迷った結果、変な呼び方になってしまった。すると、石橋の後ろから、ひょこりと小さな影が顔を出した。
「……居るよ。ここに。」
いつの間にそこにいたのか。まったく気配がなかった。小柄な体に、着慣れていないのが一目でわかる新品のダッフルコート。その下から覗くのは、よれたパーカーの裾だ。黒髪のセミロングを適当に一つに結んでいて、長い前髪の下の目は、ゲーム内と同じ眠たげな半眼だった。
「うおっ!全然気付かなかったぜ!」
「……人混みは、得意。……小さいから。」
「あー…いや、その…」
自分で言う分にはいいらしい。フォローの言葉を探す悠仁を、ステラは前髪の下からじっと見上げてくる。
「……何か、コメントは?」
「え?あ、あぁ…。その、なんだ。……銀髪じゃないのは、新鮮だな。でも、目つきは向こうと同じだ。すぐわかる。」
「……ふぅん。」
ステラは興味なさそうに視線を外したが、コートの襟に口元を埋めるその仕草は、どこか機嫌が良さそうにも見えた。
「よし、じゃあ行こうか。」
こうして、初のほぼ全員のメンバーが集まったオフ会が始まった。
「ほぼ」の一文字が、悠仁の胸に小さく残った。ここにいない一人は、今ごろ向こうの空の下で何をしているだろう。楽しむことと、覚えていること。その両方をやればいいのだと、歩き出しながら思った。




