現実へ
――半日後 ウェイル領 リアッツォ 領主の住まう城
「なるほど…そんなことが…。一度調査したいところだったが…」
目の前の男性は顎髭を撫でながら、悩ましい顔をしている。銀色に輝くフルプレートアーマーに身を包んだこの男性は、この領の領主ウェイル。悠仁達は今回のダンジョン探索について不可解な点が多かったため、領主であるウェイルに報告に来ていた。
「…はい。既に出口のログハウスは倒壊。入り口になったものも帰り路に発見しましたが、同様に倒壊していました。瓦礫をどかして確認するまではしませんでしたけど、恐らくもう中には入れないでしょう。」
悠仁はダンジョンからの脱出後、その足でウェイルのいる城までやってきた。状況が状況だったため、速やかに報告する必要があると判断したからだ。他のメンバーは城門前で待機している。
「まぁ、そうだろうな。一度探索を終了したダンジョンが崩壊するのは、実は奥地に行くとそれなりに存在しているんだ。それに、紫のローブを着た3人組がいたと?」
「はい。全ての姿を確認したわけではないので人数は定かではありませんが、声の違いから最低3人はいました。」
「ふむ…そのような特殊な状況で先回りできるとは…。いったいどんな手を…。」
ウェイルはまたも髭を撫でながら、思案する顔になる。
「…詳しい話は組合にも報告します。」
「ん?あぁ、そうだな。話を聞くところによると、相当な苦労をしたようだ。10日近くダンジョンに入っていたことになる。そろそろ戻らないと健康上の問題が起きかねない。仲間を連れて戻るといい。組合からも話を聞くが、口頭でも報告してほしい。」
「わかりました。では、メンバーを連れて後日伺います。」
「うむ、頼むよ。…ウィリアム!Yuji君がお帰りだ!」
ウェイルがドアに向かって叫ぶと、中に騎士が入ってくる。
「失礼します。では、外までお送りします。」
ウィリアムに促され席を立ち、ドアをくぐり抜けるその瞬間、後ろから声がかかる。
「あー、Yuji君。最後にひとついいかな?」
「はい、なんでしょう。」
悠仁が振り向くと、ウェイルが自身のデスクに座り、こちらをにこやかに見ながら質問をしてくる。
「今回の冒険、楽しかったかい?」
「……まぁ、命の危険はたくさんありましたし、利益も出るかはわかりません。最後の最後まで緊張の連続でした。ですが…。」
「ほう。」
悠仁は一呼吸空けてから言葉を紡ぐ。
「冒険者をしているって感じで楽しかったのは事実です。もうこれ以上なく。ただまぁ、もう少し安全な旅の方が気も休まりますけどね。」
その答えを聞いたウェイルは、にっこりと笑う。
「うむ!それはなによりだった!きっとまた、楽しい冒険が迎えてくれるだろう。ではゆっくり休むといい。」
「はい、ありがとうございます。では、失礼します。」
悠仁はドアを閉めると、ウィリアムに城門まで見送られた。廊下では終始無言だった。
歩きながら、最後の問いが耳に残っていた。楽しかったかい、と領主は聞いた。報告の労いでも戦果の確認でもなく、楽しかったか。あの人がいちばん知りたいのはいつもそれなのだと思うと、少し可笑しく、少し羨ましかった。
「あ、悠仁さん!」
出てきた悠仁に気が付いたアリスが、とてとてと駆け寄ってくる。
「では、私はこれで。」
「あ、はい。ありがとうございました。ウェイルさんにもよろしくお伝えください。」
「はい、では。」
短く返して、ウィリアムは城へと戻っていった。
「それじゃあ、行こうか。」
目的地など言わなくてもわかる。向かうは大聖堂だ。ここまで来て、ログアウト以外の選択肢が見つからない。
「あー、フルールはどうする?」
フルールはNPC故、ログアウトすることができない。それに気が付いたカインが、悠仁とフルールに聞いてくる。
「あぁ、そうだったな。フルールはどこかの宿に…。」
「あ、それはあとで探します。まずは皆さんのお見送りを。」
「そうか、なら頼もうかな。」
フルールは自分の寝る場所を探す前に、悠仁達の見送りをするようだった。本人も疲れているだろうに律儀なことだ。別に断る理由もないため、そのままついてきてもらう。
「久しぶりの向こうねー。どうする?帰ってみたら今までの世界じゃなかったら。」
「そんな浦島太郎みたいな話があるわけないだろうが。」
ミーナがぴょんぴょんと跳ねながら楽しそうに話し、カインがそれに突っ込みを入れている。命の危機に常に晒されていたダンジョン探索から解放されたことで、表情も柔らかい。
「…どうしました?」
並んで歩いていたアリスが、ぼーっとしている悠仁の様子を見て尋ねてくる。
「あ、あぁ。なんでもない。帰ってきたんだなって思ってな。」
「ふふ、そうですね。よく『思い出してみるとあっという間だった』なんていう方がいますが、今回のは思い出しても長いですね。もうしばらくは、あんな冒険は控えたいです…。楽しくなかったといえば嘘になりますが…。」
アリスはこの10日近い出来事を、目を瞑って思い出しながら話す。思えば、色々あった。
「…そうだな。あんなのはたまにでいいな。」
「そうですよ。冒険は長いんですし、あんなこと何回も繰り返していたらダウンしちゃいますよ。」
横からステラも話に参加してくる。
「ステラもありがとうな。色々助けてもらって。」
「……ん。」
素っ気ない返事。だが、モーブグレーのローブの下で、魔女帽子のつばがわずかに下がった。照れた時のステラの癖だということを、この旅で悠仁は覚えてしまった。
「……別に。私は、紙を、切っただけ。」
「その紙に何度命を救われたか、わからないんだけどな。」
「……ふぅん。……なら、良かった。」
帽子のつばの下から、ほんの少しだけ目の光が覗く。
「こらステラ。素直に受け取りなさいって、そういう時は。」
それを聞いていたフルールが、こちらの会話に参加してくる。フルールとステラは随分と仲良くなったようだった。窘められたステラは、つまらなさそうにそっぽを向いている。
「いいじゃねぇか。あれがあいつの『どういたしまして』なんだからよ。」
フルールが参加したのを見て、カインも会話に参加してくる。まぁ、伝わっているのならそれでいいか、と考えなくもない。
「むぅ…」
それとは正反対に、アリスが不満げな表情を浮かべていたのが印象的だった。
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――リアッツォ 大聖堂
「よし、今向こうの時間は…」
悠仁は大聖堂内にある掛け時計の時間を見る。
「昼か夜かわからないけど、9時だな…。夜だった場合、暗いから気をつけて帰ってくれ。朝の9時ならそれはそれで交通量が多そうだが…」
悠仁も会社の近くにある施設からログインしているため、朝の9時なら通勤ラッシュの余韻に巻き込まれる可能性があり、夜は夜で帰宅ラッシュに巻き込まれそうだ。
「あ……、すみません。ログアウトする前に、わたしから提案をさせてもらっていいですか?」
アリスがおずおずと手をあげて、皆の前で驚きの提案を始めた…。
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――雑居ビル 地下1階
ブシュゥゥゥウゥゥ!!
ポッドから空気が逃げる音がして、その蓋が開く。今まで少し木の匂いが混じった石畳の匂いがしていたのが、急に少し黴が混じったような湿った空気が嗅覚を刺激する。暗転していた視界に光が戻る。帰ってきたのだ。
(立てるか…?)
悠仁は自身の掌を開いたり閉じたりして力の確認をしたあとに、ポッドから出て地面に足をつける。足に力を込めると、自分の体重を支えることができた。
「…よし。」
悠仁は自分の体調に問題がないことを確認してから、受付に向かうために階段を昇る。
「…お帰りなさいませ、青木様。連続ログイン時間を更新しましたね。」
「どうも、無事に帰ってきました。」
受付嬢はいつもと変わらずにそこにいて、変わらない笑顔を向けてくる。
「連続ログイン時間が5日を超えたため、初回契約にありました通り、身体保護の溶液を入れさせていただきました。体調に問題はありませんか?」
ゲーム内で皆で話したように、しっかりと保険が適用されたようだ。やや疲労感が大きいが、この体調もそのおかげだろう。悠仁は握りこぶしを見せて、それに応える。
「大丈夫です、問題ありません。」
「それは何よりです。退店処理を行いますので、こちらに腕を通していただけますか?」
「…あぁ、ありましたね…」
しばらく行っていなかったので、意識の外に行ってしまっていた。
「ふふ、もう一流の冒険者さんですね。長期ログインが常態化した利用者さんは、皆そうなるらしいです。」
「今までだったらその気持ちはわかりませんでしたが、今ではよくわかりますね…。」
悠仁は促しがあったように、入店時に通す機械に腕を通して退店処理を行う。
「ゲーム内で換金処理が行われておりませんが、間違いありませんか?」
「あー…、間違いありません。しようと思っていたのですが、疲れていて忘れてしまいました…。」
アリスの提案もあり、換金処理を行おうと思っていたのだが、疲労と雰囲気で忘れてしまっていた。
「今からゲーム内に戻って行いますか?まだ退店処理は完了しておりませんので、今からなら間に合いますが。」
「いえ、次回のログイン時にします。今はもう、家のベッドに飛び込みたくて…。」
体の異常はないが、脳はずっと使い続けていたということだろう。ポーションや治療で怪我は治すことができても、疲労まではどうしようもない。それも影響していることは容易に想像できた。
「そのようですね。ふふ、早く帰りたいとお顔に書いてあるようです。」
「これは恥ずかしい。次はこんな顔を見せないようにしないとですね。」
「私としては、色々な顔が見られて楽しいですよ。……はい、大丈夫です。」
世間話をしているうちに退店処理が終わる。
「では、またのご利用をお待ちしております。お気をつけてお帰りくださいませ。」
「ありがとうございます。じゃあ。」
悠仁は受付嬢に手を挙げて挨拶をして、店を出る。受付嬢に背中を向けた時に気づいていたが、夜の9時だったようだ。外はすっかり暗くなっている。ドアの両端には相変わらず屈強な黒服が立っていた。もう見慣れた光景だが、帰ってきたことを実感できることの1つだ。店を出て数歩歩くと電話がかかってきて、画面には『アリス』の文字が表示されていた。
(お?アリスからか。)
悠仁は応答して携帯電話を耳に運ぶ。
「もしもし。」
『あ、悠仁さんですか!お疲れ様でした!体調はどうですか?』
ゲーム内でも聞いた元気な声が受話器から流れてくる。その声を聞いていると、自然と笑顔になってくるのが不思議だ。
「あぁ大丈夫、ありがとう。アリスはどうだ?」
『私も大丈夫です!今日は最後に、私のわがままを後押ししてくれてありがとうございました!』
「いや、いいさ。俺も考えてなかったわけじゃない。ちょうどいい機会だからな。」
『そう言ってもらえると助かります!明日はログインしますか?』
悠仁が行くといえば行くのだろうか。結構ハードな活動をした後だというのに、元気なことだ。若いというのは価値あることなのだと、嫌でもわからせられる。
「あぁ、そのつもりだ。」
『わかりました!私も行く予定なので、また明日会えますね!じゃあ、お疲れだと思うのでこれで失礼します!』
「わかった、わざわざ心配してくれてありがとな。気をつけて帰ってくれ。」
『ありがとうございます。じゃあ、その…おやすみなさい!』
少しの恥じらいを醸し出しながら、1日の終わりの挨拶をしてくる。
「あぁ、おやすみ。」
悠仁の返事を聞くとアリスは通話を終わらせたようで、携帯電話の画面には白い字で『通話終了』の文字が踊っていた。
「さて…。」
悠仁は携帯電話をズボンの右ポケットにねじ込んで歩きだす。少し排気ガスの臭いが混じった空気は、まだ浮ついている気持ちを着地させるのに十分な効果を持っていた。
夜道の足音が、一人分しかしないのが妙に新鮮だった。十日間、常に誰かの気配の中にいた耳には、都会の雑踏さえ静かに聞こえる。布団に入るまでの短い道のりを、悠仁はゆっくり歩いた。
エンフィールド(モンスター)
ゴルド領に突如として現れたモンスター。自身が食べたものの生命力を自身の力に変換できたり、食べたものの性質を利用して攻撃や防御に使用することができる。顔は溶けたように変形しており元の動物が特定できないくらいなのに加えて、足は猛禽類のようなもの、体は獅子のものを使い生物の部位を寄せ集めたような外観をしていた。腹には節足動物の足を使ったような歯を持つ口を有しており、常に緑色の消化液を垂れ流している。
危機に陥ると体を変形させて対処をする。変形後の体は口の周囲から太い触手を伸ばし、それを手足のように扱う。変形前には使用しなかった魔法攻撃も使用するようになる。
いつからそこにいたのか、何が元になっているのか、誰にもわからない。




