浮かぶ階段③
「はぁ……はぁ……」
カインにはああ言ったものの、誰かの助けなしでは、もう一歩も動けそうにない。かなり重いペナルティを食らっているようだ。
「全く……勘弁してくれ……」
悠仁は少しでも体力を回復するために、階段に倒れ込む。階段に触れた耳には、後ろで崩れていく階段の音が聞こえた。そのまま目を閉じると、睡魔に意識を持っていかれそうになる。
(5人は大丈夫だろうか……。ちゃんと上についただろうか……)
そんなことを考えていると、段々と意識が闇に沈んでいく。
(あぁ……やばい……眠いな……)
ここで寝てしまったら、確実に死ぬ。それがわかっているのに、落ちていく意識をつかもうとしても、指の隙間からこぼれ落ちていく。
(くっそ……こんな終わりって……)
悠仁の意識とは真逆に、階段が崩れていく音はだんだんと大きくなってくる。完全に意識を手放しそうになる、その瞬間。
「何寝てんだ馬鹿野郎!!! 少しでも昇っておけって言っただろ!!!!!」
頭上から大きな声が聞こえたと思ったら、体がふわりと浮き上がる。手を引かれて、無理やり立たせられたようだ。
「カ、カインか……。」
「他に誰がいんだよ! さっさと歩け!」
「ほ、他のメンバーは……。」
「こんな時まで違うやつらの心配なんかしてんな! 大丈夫だ、ちゃんと上まで届けてきたから!」
「そ、そうか……。」
朦朧とする意識の中で会話をする。実のところ、しっかりと受け答えができているか自信がない。
「くそっ、くそっ……! やべぇなおい! ……おら! ここでゲームオーバーになってどうすんだよ! 北西まで行くって言ったのはお前だろうが!」
カインの怒号が悠仁の頭に響き渡る。そうは言っても、動かないものは動かないのだ。一応足を動かしているつもりだが、足の感覚がないため、しっかりと階段を踏めているかわからない。目の前がぼやけながらも景色が変わっていっているのを見ると、進んではいるようだった。
「後少し……あと少しなんだ……。」
カインがぶつぶつと呟いているが、悠仁にはぼんやりとしか伝わってこない。
(まったく……こいつはいつもいつも……。)
困っている人間と仲間は、絶対に見捨てない。カインはそういう男だ。悠仁が何を言っても、手は離さないだろう。
「カイン……。」
「あ!? つまんねぇこと言ったらぶっ飛ばすからな!!」
「もしもの時は俺を……」
「うるせぇ!! 足動かせってんだよ!!」
後ろからは、死の音が聞こえる。あれだけ遠かった音も、今でははっきり聞こえてきた。
「後……少し……!!」
カインの声につられて、悠仁が顔を上げる。視線の先には白い光、メンバーの声が聞こえる気がするが、定かではない。カインは手を伸ばす、その先にあるものを掴もうと。そして、光が悠仁とカインを包もうとする、その時。
ふわっ……
体の重さを感じなくなる。
「はぇ……?」
意識が朦朧としていて幻覚を感じているのかと思い、下を見ると、先ほどまで踏みしめていたはずの階段が見えなかった。足を動かしてみても、何の感触もない。光が、視界の上に消えていく。
(あぁ……くそ、なんでこいつは自分まで……。)
悠仁が諦めと共に目を閉じると。
ガクンッ!!
体が揺さぶられる。この感覚には覚えがあった。
(バンジージャンプ……?)
昔、観光で海外に行った時に試したバンジージャンプで、同じような感覚を味わった。悠仁は何が起きたのかを確認するために、上を見上げる。
「あぁーーー!! もうっ! しっかりしなさいよ!? 手! 離すんじゃないわよ!!??」
ミーナの怒号にも似た声が聞こえる。目を細めてよく見ると、カインがミーナの手を掴んでぶら下がっている状態のようだった。
「わかってるっつーの!! そっちこそ離すなよ!! こっちは荷物連れてんだからな!!」
「こんのぉ……!!」
数ミリ、数ミリと下がっていく高度。
「カイン……。」
「うるせぇ!! 口閉じてろ! 気が散る!」
「もぉぉぉぉおおお!! 二人ともおもいぃぃいいい!!」
ミーナの後ろから、フルールの声も聞こえる。どうやらミーナの体を後ろから引っ張っているようだ。しかし、男二人分の重量は軽くない。段々と落ちていく体に諦めを感じた、その時。
「おっ!」
悠仁とカインの体を緑色の光が包んだ後、ミーナの体を赤い光が包み込んだ。すると、どうしたことか、体がずるずると上がっていく。
「んんんんんんん!!!! これでぇええええ!!!」
ミーナが、カツオの一本釣りのように二人を引き上げる。無重力を感じた体は、衝撃と共に地面に打ち付けられた。
「ぐっ……」
「うおわぁ!!」
ドタタ! という音を立てながら地面を転がる。
(助かったのか……?)
悠仁のぼやけている視界では、うまく状況を捉えることができなかったが、地面があって、そこに倒れていられているということは、到着したのだろう。しかし、そんなことを感じるのも数瞬。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
地面が小刻みに揺れ始める。
「おいおいおい! 勘弁してくれ! フルール! ミーナ! 3人を出すぞ!!」
カインが二人に指示を飛ばし、動けない組の体をもって引きずる。どうやら、ログハウスが崩れかかっているようだ。ずるずると引っ張られて、出口へと連れていかれる。
バタンッ!!
大きな音が鳴ったと思ったら、鼻腔を新鮮な空気が刺激する。
(あぁ……ここは……)
匂いというものは、視覚などよりも強く脳に記憶される。ふと嗅いだ匂いで、十年以上前のことを思い出すのも不思議ではない。そう、悠仁が感じたように、ここは来たことのある場所だった。
「おらぁあああああ!!!!」
悠仁は、また無重力を感じる。どうやら体を放り投げられたようだ。空中に浮いた体は物理法則に従い、強かに地面と激突する。
「ぐぅ……!!」
ガラガラガラガラガラッッ!!!!
後方で、大きな倒壊音が聞こえる。どうやら間一髪で、ログハウスから脱出できたようだった。
「無事か!?」
カインの声が響く。
「えぇ、なんとか……。」
「こっちも大丈夫……。」
ミーナとフルールの声が聞こえる。どうやら、全員脱出できたようだ。
(よかった……みんな無事みたいで……。あぁ……そういえば、土ってこんな匂いだったな……。)
そんな声を聞きながら、悠仁の意識は遠のいていく。昔、家の近くの山で遊んだことを思い出しながら。
落ちていく意識の底は、今度は冷たくなかった。仲間の声と土の匂いが、そのまま布団の代わりになっていた。
こうして、長かったダンジョン探索は、最後の最後まで命の危険を感じながらも、なんとか全員で生還できたのだった。




