浮かぶ階段②
「やっぱり休憩すると違うな。」
カインが列の真ん中で呟く。先ほどの食事のことだろう。確かに、出発した時よりも随分と昇るのが楽だ。出口の光も遠いのだが、確実に近づいてきているのがわかって、気分も楽になる。が、その時。
ズズンッ!!
「うぉっ!!」
悠仁がバランスを崩す。後ろを振り返ると、他のメンバーも階段から落ちないようにバランスを取っていた。
「な、なに今の……」
階段の下から、金づちで叩かれたかのような衝撃が来た。特に階段に異常はないのだが、不吉な揺れに感じた。
「ひびとかは入ってないみたいですけど……。」
一番後ろを歩くステラは、自分の段や他のメンバーの段を確認するが、特に異常は見当たらなかった。
「なんだったのかしら……。……ん?」
フルールが不思議に思いながら、ステラの後ろ、つまり昇ってきた階段の方を、目を細めて見ている。
「どうした? 何か見えるのか?」
それに気づいたカインがフルールに声をかける。
「いや、うん、何か……。何あれ……? 煙? ……いや!!」
何か見たくなかったものを見てしまったかのように、フルールが大きな声を上げる。
「どうした!!」
それを聞いた悠仁は杖を取り出して、フルールに尋ねる。フルールは早口で、今見たものを報告する。
「モンスターとかじゃなくて!! 階段が崩れてるみたいなの!」
「はぁ!?」
急な展開に頭が付いていかない。だが、やらなくてはいけないことはすぐに判断できた。悠仁は杖を背負い直して、アリスに指示を出す。
「アリス! アクセラレーションだ! みんなはアリスの魔法が発動したら、最後まで走り抜けるぞ! いいか!」
悠仁の指示を聞いたアリスとメンバーは、手に持っているものを全て収納にしまったり背負ったりして、準備を整える。
「風よ 私達の背には重すぎるその荷を どうか一緒に背負って」
アリスは詠唱を終わらせて杖を振る。
「アクセラレーション!」
メンバー全員の体が緑の淡い光に包まれ、その光が消えるころには、自身の体重が軽くなったように感じる。
「よし! 走れ!」
悠仁を先頭に、メンバーは全員駆け上がり始める。まだ階段の崩れる音は聞こえないが、確実な死が後ろから迫ってきている予感はする。背中に氷水を流し込まれたような感覚。今までに、不本意ながら何回も感じてきたこの感覚。
(なんで最後の最後まで……!!)
心の中で悪態を吐くが、相手はシステム。そんな泣き言は聞いてくれない。
「はっ、はっ、はっ、はっ……!!」
10数分も階段を走れば、当然、息を吐く感覚が短くなってくる。スタミナが切れているのか、足の感覚もなくなってくる。握り込んだ手の感覚も、遠く離れていくようだ。現実世界なら確実に動けなくなっているところだが、まだ足が動かせるのは、ゲームだからだろう。
(この感覚……アリスを草むらの中で見つけた時に似てるなぁ……)
走ることに集中しなくてはいけないこの状況で、急に昔のことを思い出す。少し前のことなのに、随分と昔のことに感じる。
「おいYuji!! 大丈夫か!?」
意識が他に逸れたことで、昇る速度が落ちていたようだ。後ろから、心配したカインの声が投げつけられる。
「あ、あぁ! 大丈夫だ!」
悠仁はもう一度足に力を込める。確実に、さっきよりも光は近づいてきている。近づいてはいるのだ。だが、まだ遠い。
(集中しろ、何他のことに気を取られてるんだ……!!)
悠仁は前方に集中して駆け上がり続ける。10段、20段、100段、150段と昇り続けるが、もう昇るだけのスタミナを使いきり、その状態での行動なので、視覚に問題が起き始めている。目の前は霞み、目眩が常に起きているような状態だ。きっとカインやミーナ、フルールは種族特性やステータス補正でまだ走れるだろうが、ローブ職である悠仁とアリス、そしてステラは、そろそろ限界だ。いつ階段を踏み外してもおかしくない。
現実世界であれば、気合いやらなんやらの精神的なものでなんとかなったかもしれないが、これはゲーム。無情なほどにステータスがものを言う。システムは確実に行動力を奪っていく。
(くそっ……くそっ……!!)
悠仁は安全を優先して速度を落とす。すると、あっという間に後ろにいた前衛職3人に追いつかれる。
「いい! 先に行け!」
横を通り過ぎるその瞬間、心配そうに振り返る3人に言葉を投げる。しかし、その悠仁の心配をよそに、3人は立ち止まる。
「そんなわけにいくかよ、この馬鹿が!!」
カインは悠仁に肩を貸して歩きだす。随分と楽にはなったが、それだけカインに負担がかかっているということだろう。後ろを見ると、ミーナはアリスに、フルールはステラに肩を貸していた。
「ごめん、ミーナちゃん……。」
「何言ってんの! こんなんじゃ返し切れないくらい助けてもらってたわよ! まだ借りは返しきってないんだから、ここで死んでもらっちゃ困るのよ!」
謝るアリスに、ミーナは大声で答える。
「フルール、無理しないで……。」
「私のレベル舐めてるのかしら? 戦闘中でもないんだから、あなた一人くらい何も障害にならないわよ。」
心配をするステラの心配を、フルールは一蹴する。
「ま、そういうことだ。つべこべ言ってねぇで足を動かせ! お前は十分重いんだからよ!!」
カインも悠仁に喝を飛ばす。
「あ、あぁ……」
肩を貸してもらった3人は、確実に単独で昇るよりも早く階段を上がることができている。
借りた肩の固さが、頬のすぐ横にあった。息遣いも、鎧の軋みも、汗の匂いも。誰かに運ばれるというのは、これほど申し訳なく、これほど心強いものだったか。
「はぁ……はぁ……」
大きな口を叩いていたが、自分だってそれなりに限界だった状態で、人一人の重量を追加しているのだ。肩を貸している3人の動きも、だんだんと鈍ってくる。
「風よ 私達の背には重すぎるその荷を どうか一緒に背負って……」
アリスが息も絶え絶えに詠唱を行い、バフの掛け直しを行う。
「アクセラレーション……」
メンバー全員の体が軽くなる。いつものアリスであれば効果が切れる前に再度かけ直してくれるのだが、今回ばかりは仕方がない。そのおかげで進む速度が少し上がる。だが、それでも、階段が崩れ去っていく速度には到底及ばない。背後では、先ほどまで聞こえなかった階段の崩れる音が聞こえる。
「もしもの時はお前だけでも逃げろ、いいな。」
「ふざけんな、一緒に帰るに決まってんだろ。」
「リーダー命令だ。わかったな……? 他の二人がなんと言おうと、ミーナとフルールも連れて行け。」
「……考えておくけどよ、そんなこと言ってる前に、もっと足を動かしてくれ!」
悠仁が後ろを振り向くと、自分と同じように肩を貸してもらって階段を昇っている2人と、悠仁の目でも確認できるようになった崩れていく階段が見えた。悠仁は前を向く。
(ぎりぎりか……)
目算だが、恐らく崩れ去るタイミングと昇り切るタイミングは同じくらいだろう。少しでも帰れる可能性が高くなるように、悠仁は足に力を込める。ゆっくりだが確実に、階段の崩れる音に背中を引かれながら、一段、一段、踏みしめていく。後ろのメンバーも、力の限り進んでいる。
諦めずに進んでいると、あれだけ遠くに見えていた光も、あと少しと思えるところまで近づいてきた。
「ほれリーダー! あと少しだ! 気張ってくれよ!」
「お、おう……」
スタミナ切れでの行動はデメリットが非常に大きい。先ほどの症状の他に、行動を停止した時の硬直時間、つまり再度行動可能になるまでの時間が伸びていく。この調子では、助かったとしても2時間以上は動けないだろう。
アリスの口はもう空気を求めて動くだけになってしまっており、アクセラレーションの掛け直しも難しい。大量の汗が流れ、右目は汗のせいで閉じてしまっていて痛々しい。
「カイン……よく聞け……俺は後回しでいい……。他の2人のカバーを頼む……。」
「ばっか、お前、絶対においてかねえって言っただろ。」
「いや、そうじゃない……。二人を上に届け終わったら、俺のことも迎えにきてくれ……。情けないことに、これ以上はお前の足を引っ張りっぱなしになるし、後ろのペースを崩しちまう……。」
「……」
悠仁の提案を、カインは黙って聞いている。
「お前ならできるだろ……? 俺はお前を信じてる……。先に二人を頼む……。」
「……わかった。お前も出来る限り前に進んでてくれ。」
「任せとけ。なんてったって、俺はリーダーだからな……。」
そう言うと、カインは苦い顔をしたまま悠仁を階段に下ろす。
「おいミーナ! お前はフルールと一緒にステラさんを頼む! 俺がAliceちゃんを連れて行く!」
「え!? でもYujiは!?」
「大丈夫だ! その話も後でする! 別に見捨てるわけじゃねぇから問題ない!」
「よくわからないけど……! じゃあAliceをお願い!」
ミーナはアリスのことをカインに引き渡す。悠仁よりも軽いその体を、カインは簡単に背負って階段を昇り始める。
「ゆ、悠仁さん……?」
カインに背負われて悠仁の横を通り過ぎるアリスが、悠仁に声をかけてくる。
「はぁ……はぁ……大丈夫だ。体力なくてな、ちょっと休憩させてもらう。後でカインに迎えにきてもらうから、上で待っててくれ……。」
悠仁の考えていることなど、アリスからすればお見通しだろう。だが、アリスは追及してこなかった。
「……わかりました。上で待ってますね……。」
それを聞いていたカインは、すぐに階段を昇る足を動かし始める。その後を、フルールとミーナに肩を貸してもらっているステラが通り過ぎていった。効率的に昇ることができるようになった5人は、あっという間に背中が小さくなっていく。
一人になると、階段の崩れる音がよく聞こえた。悠仁は手足を動かし続ける。一段でも上へ。迎えに来る男の負担が、一段分だけでも軽くなるように。




