浮かぶ階段①
――ゴルド領東 エンフィールドとの戦闘地点
「うわぁ……」
ミーナが声を漏らす。ログハウスのある場所は、即ちエンフィールドとの戦闘を行った場所でもある。未だに地面は抉れ、血は飛散し、使い物にならなくなった武器などが地面に刺さったままだった。
「ま、ゲームじゃあるまいし、そんな簡単に直るわけないわな……」
「そうですよねぇ……って悠仁さん、これゲームですよ……」
「そ、そうだったな……。なんか現実とごっちゃになってた……」
新規冒険者が言うようなギャグを何も考えずに言ってしまい、悠仁は肩を落とす。意識をゲームの世界に送り込むHOPEは没入感といった問題ではなく、本当にそれを経験できるので、長時間のログインはこのような弊害をもたらす。現実世界での利用登録時にも注意されることだ。
「そんなことより、さっさと開けてくれ。」
先頭を歩いていたカインが呆れたように後ろを振り返り、ドアを開けるよう促してくる。
「あぁ、わりぃ……」
悠仁は促しに応じ、収納から鍵を取り出してログハウスまで走り寄る。
「……ねぇ……、今さら言うことでもないんだけどさ……。」
言いにくそうに、悠仁に目を合わせないようにして、ぽつりぽつりと話す。この状況は少し前にも経験した。
「な、なんだ……?」
悠仁は嫌な予感がするが、勇気を振り絞ってミーナに聞き直す。これから衝撃的なことを言われるのではないかと心拍数が跳ね上がる。
「その……なんかここで終わりみたいな空気出しちゃってたけど……。これ、第5階層も有ったら……。」
「「「「「…………」」」」」
ミーナの言う通りだった。連戦に次ぐ連戦、緊張が緩まない毎日、そこに訪れた平穏。完全にゴールした気分に陥っていた。この第4階層が終わりだという保証は、誰もしてくれていない。第5階層があってもおかしくはないのだ。
マラソン大会でゴールしたと思ったら、さらに数キロ先にゴールがあると伝えられたような絶望感を覚える。
「聞かなかったことにする……!!」
悩んでいても仕方がない。エンフィールドの死体を解体した時のように、開けないという選択肢はないのだ。悠仁は一思いに鍵を差し込んで回す。
ガチャン!
鍵が開く心地よい音が一帯に響き渡る。ひとまずは第1段階をクリアしたといえるだろう。
「ふぅ……よし、開けるぞ。」
まだ確定していないことでうじうじ悩んでいても仕方がない。そう考えた悠仁は、震える手を落ち着かせるために短く息を吐いてから、すぐにそのドアを開け放つ。
「…………ん? は? え?」
「……どうしたYuji?」
ドアの奥、ログハウスの中を確認した悠仁が間抜けな声を上げているのを見て、カインが近づいてくる。悠仁の横からログハウスの中を覗くと。
「は? どうなってんだこれ。」
カインも同じように間抜けな声を上げる。その様子を見て危険がないと判断したメンバーが、ぞろぞろとログハウスの入口へ集まってくる。全員がログハウスの中を覗くと、そこには予想を超えた光景が広がっていた。
「階段……ですよね。けどこれって……。」
ステラがその階段を見て、ログハウスの周辺をぐるりと回ってくる。ステラや他のメンバーが見ているのは、間違いなく階段だ。しかも昇り階段であるため、今までの下り階段とは違って安心できるのだが、問題はそこではない。
「これ、どんな構造になってるの……?」
フルールも不思議に感じているようだ。それもそのはず、階段ははるか先まで続いており、先はもはや見えなくなっている。何段あるかわからないそれは、外から見たログハウスの構造ではありえない構造だった。これを矛盾なく作るのであれば、山にかけたロープウェイのような感じになるのだが、外から見たログハウスはごく普通のものだ。
しかし目の前にあるのは、はるか先まで続く階段。天井はないものとして扱われていた。
「まぁ……ゲームの世界だからって言っちゃえば、それまでなんだが……。」
トリックアートを見ているような錯覚に陥るが、ここはゲームの世界だ、何が起きても不思議ではない。そもそも移動手段が制限されているこのHOPEで、バーゴルドンから遥か西にあるゴルド領まで繋がっているだけでも、もうおかしいのだ。
「それじゃあ、ちょっと確認だけ……こほん……」
アリスがログハウス内に入って詠唱を始める。
「私達を陥れるその悪意を 白日の下に晒し 私に示せ」
ログハウスに入る度にアリスが行っていたことだ。
「ディテクトトラップ」
詠唱を完了させ、杖の先端でログハウス内の床を叩くと、そこを中心にゆっくりと光の輪が広がっていく。見ているだけならとてもきれいな魔法だ。
「……はい、特に罠はないようなので……。」
アリスは目の前にある階段を見上げ、後ろを振り向く。
「これを昇るだけになりますね……。」
ステータス補正がかかるので、現実世界ほど疲れはしない。だが、疲れないわけではない。目の前にあるのは、先が見えないほどの昇り階段。全員で顔を見合わせて。
「「「「「「はぁ……」」」」」」
大きなため息をついた。
それでも、誰の足も止まらなかった。ため息というのは案外便利なもので、吐き出してしまえば、残るのは「昇るしかない」という単純な結論だけになる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――ログハウスに入ってから約15分後
「はぁ……」
悠仁は溜息をついて後ろを振り返る。見えるのは、自分に続いて昇ってきているメンバーと、小さくなったログハウスの一室だった。予想通りそれほど疲れてはいないのだが、周りは真っ暗だ。宇宙空間の中に階段を作ったようなイメージだが、星が見えるだけ、まだ宇宙空間の方が明るいだろう。
手すりも何もない階段は人間3人分くらいの幅しかなく、見えない壁なども特にない。先ほどアリスが使い終わったリュミエール鉱石を落としたところ、見えなくなるくらいまで落ちていった挙句、地面にぶつかる音はしなかった。つまり、ここで落ちてしまったら、もう上がってこられないことを意味していた。それがわかったメンバーは、一言も話さずに集中して階段を昇り続けている。
「おい、あぶねぇぞ。」
「っとと、ありがとう。ちょっと疲れてきちゃって……。」
カインがフルールに声をかける。どうやら階段の端に寄ってしまっていたらしい。声をかけられたフルールは軌道修正をして、再び昇り始める。
「……いや、ちょっと待ってくれ。ここで一旦休憩にしよう。集中も持たなくなってきているだろう。」
連日の疲労もあり、集中できる時間も減ってきている。この状態でこの危険な階段を昇り続けるのは、不安要素が強すぎる。座ることはできるようなので、休憩をはさんだ方が安全だと感じた悠仁は、歩みを止めて休息の指示を出す。
「さんせー……。なんか変な汗かいちゃったわよ……。」
ミーナが階段に座り込む。それに続いて全員、それぞれ一段ずつを使って座り込んだ。
「無理もない。俺もそうだしな。っていうか、これあとどれだけ続くんだよ……。」
悠仁は後ろを振り向いて階段の先を見つめる。光のようなものが見えなくもないが、言ってしまえば、そのくらいの距離があるということだ。残念だが、近くはない。
「あまりにも情報が少ないですからね。未知なことばかりです。……あ、これヴォーマで買っていたんですけど、皆さんいかがですか?」
アリスは収納の中から紙の包みを数個取り出す。そこからは少し湯気が上っていた。
「ヴォーマ名物の『ゴルドベアーの火吹き串』です。」
包み紙を広げると、そこにはステラのローブくらい真っ赤に染まった串焼きが現れた。
「うぉっ……随分えげつない物買ったなAliceちゃん……。」
アリスの二段下に座ったカインが立ち上がって、アリスの手元を覗き込む。一段上にいる悠仁からは座ったまま見られるのだが、かなり凶悪な色をしている。色でわかる、あれは「辛い」と。
きっと悠仁と祭りを回った時に買っていたのだろう。アリスが露店で何かを買っていたのは知っていたのだが、暗かったのと、住人に声をかけられていたので、何を買ったのかまではわからなかった。
「『ヴォーマに来たらこれだけは食べていかないといけないよ!』って屋台のおじさんに勧められたので、買ってしまいました。休憩がてらにどうですか?」
アリスがそれを周りに勧める。確かに、腹が減る時間ではあった。
「じゃ、じゃあ一つもらおうかしら……ありがとう。」
アリスの一段下にいるフルールが串焼きに手を伸ばし、一つ手に取った。かなり大きく、重量級であることはすぐにわかった。
「私も屋台で買うときに試食をもらいましたけど、美味しかったですよ。」
アリスは串を手に持ったフルールに笑いかける。対してフルールは、顔が若干引きつっていた。
「へ、へぇ……そうなの。じゃあそれを信じて……。」
フルールはアリスの言葉を信じてそれを口に入れる。もっ、もっ、もっ、と数回咀嚼したあとに、表情が変わった。
「ん~~~! 美味しい!」
フルールはぱぁっと笑顔を浮かべる。その表情からするに、想像の味以上だったようだ。
「ですよね! 私もとても美味しく感じたので、お土産と、皆さん用にとたくさん買ってきてしまいました。」
同意してくれる人が見つかって、アリスも笑顔になる。
「確かに辛いは辛いんだけど、見た目ほどじゃないっていうか。この赤い調味料、不思議な味するわね。何が使われてるの?」
「聞いたんですけど、教えてもらえませんでした……。なんでもこの串って家庭料理みたいな感じで、各露店で味付けが異なるようで、素材の配分っていうのはその店の看板でもあるので秘密! っていうことでしたが、ゴルド領で採れる植物とか、交易で入ってくる香辛料なんかを使ってるみたいですよ。」
「へぇ……、色々あるのねぇ……。もう一本もらってもいいかしら。」
「もちろん! 一度じゃ食べきれないくらいの量ありますからね! 皆さんも食べてください!」
アリスが収納から2個3個と紙包みを取り出して、メンバーに配っていく。
「はい、悠仁さんもどうぞ。」
「あぁ、ありがとう。」
アリスは振り向いて悠仁にも紙包みを手渡す。包みを開いて口にしたそれは、フルールの言う通り、見た目とは裏腹にとても美味しかった。
真っ暗な虚空の中、階段の一区画だけが小さな食卓になっていた。辛味が喉を通るたび、身体の芯に火が入っていく。どこであろうと、誰かと囲む飯は効く。それをこの旅で、何度も教わってきた。




