出立の日①
――翌日 ゴルド領ヴォーマ 兵舎 訓練広場
「では、これの処理に関しては全てそちらに権利を委譲する。ドロップするアイテムに関しても、好きにしてもらって構わない。…改めて言うことでもないが、一応正式に、ということだ。」
祭りの翌日、兵舎にエンフィールドの死体を受け取りに来た悠仁達を迎えたガリオンは、先日の取り決めをもう一度口にした。お役所仕事的なものだろう。既に口で交わされた約束でも、再度確認することに意味があることもある。
「はい、それで大丈夫です…。」
「そうだな…。できたら早めに処理してくれると助かる…。一日貸して欲しいといったこっちが、こういったことをいうのも失礼な話なのだが…。」
受け取りにはパーチのメンバー全員が出席し、相手方にはガリオンと、その右腕であるビゲリが出席していたが、その全員が顔を顰めている。それもそのはず、戦闘中でさえ悪臭がしたのに、一晩放置したことによってその悪臭は悪化し、兵舎の敷地全体が腐敗臭に包まれていた。
(この臭いだけで状態異常にかかりそうだ…。)
悠仁が鼻を手で覆いながら、剥ぎ取り用のナイフをもってエンフィールドの死体に近づこうとすると、ミーナがぼそりと呟く。
「…ねぇ…、今さら言うことでもないんだけどさ…。」
言いにくそうに、悠仁に目を合わせないようにして、ぽつりぽつりと話をする。
「私達さ…、そのエンフィールドが鍵を持っているはずって確信をして戦闘をしてたけど…、エンフィールドが鍵を持ってるっていう確証って、ないよね…?」
「「「「………」」」」
確かに、ミーナの言う通りだ。悠仁達は、エンフィールドがログハウスの鍵を持っていると何の確証もなく信じて戦闘を行っていたが、誰もそんなことは言ってないし、情報も得てない。ただ、出現タイミングが怪しいというだけだった。
「た、確かにそうですね…。」
アリスもそのことを失念していたのか、やや絶望した表情を浮かべていた。カインも青ざめている。
「……。」
その可能性は考えていなかった。その可能性があるにも関わらずだ。状況が状況だったのでそこまで頭が回らなかったが、ミーナの言っていることは至極もっともだ。
「ま、まぁ…。確かにそうだけど、鍵を持っていないっていう確証もないから…。」
これが無駄足だったらどうしよう、これで帰ることができなかったら…。そう思った瞬間に心拍数が跳ね上がる。今まで安心しかなかった未来に一滴の不確定要素が加わったことによって、急に手が震える。しかし、ここでエンフィールドの解体を行わないという選択肢もない。
悠仁は唾を飲み込む。冷や汗が頬を伝う感触がする。HOPEのこういった表現は、現実世界の人間のそれを完全にトレースしているようだった。剥ぎ取り用ナイフを握る手に力を込める。
(どちらにせよ、やらなきゃ確かめられないっての!!)
覚悟を決めて、エンフィールドの死体にナイフを突き刺した。
ドスッ…!
あれだけ硬かった肉を、剥ぎ取り用のナイフはいともたやすく穿つ。突き刺された場所から白い粒子となって、死体が霧散していく。それは風に流されて辺りを漂い、空へと消えていく。まるで、エンフィールドの被害に遭った人たちが天に昇っていくように。
ゴトトトン…。
エンフィールドの死体があった場所に、いくつかのアイテムが落ちた。悠仁は震える足に鞭打って、アイテムの場所まで歩いていく。何故か、ガリオンとビゲリまで緊張しているようだった。悠仁はアイテムを確認するために、アイテムの前で跪いた。
「…ど、どうなんだよ。」
カインが心配そうに悠仁の背中に声をかける。
「あっ…」
「「「「「あっ…?」」」」」
「あったぁあああああああーーーーーーー!!!!」
悠仁が叫びながら手を天に突き上げる。その手には、銀と紫の斑模様が入った金属製に見える鍵が握られていた。
「はぁぁぁぁああ……」
それを見てアリスがへたり込む。
「驚かせんなって、マジで…。あぁ…心臓にわりぃわ…。」
「もったいぶらないでよ、もー…。」
カインとミーナも、安心したように息をついていた。
「……ここで帰れなかったら、どうしようかと、思った…。」
あまりログアウトをしないステラも、さすがにこれだけの長時間はきつかったようだった。
「や、やっと帰れますね…。」
フルールも安心したように胸をなでおろしていた。その様子を見たガリオンとビゲリも、安堵した表情になって悠仁に近づいてくる。
鍵ひとつに、全員の帰り道がかかっていた。掌の中の金属は小さく冷たいのに、体感ではどんな戦利品よりも重い。悠仁はそれを、収納の一番確かな場所へしまい直した。
「目的の品があったようで何よりだ。こちらとしても、助けになれたようで本当に嬉しい。」
「はい、ありがとうございました。これがなかったら、もう本当にどうしようかと…。」
悠仁達のデータはダンジョン内という扱いになっているので、ダンジョンの入り口から出ないとダンジョン外という判定にならない。よって、ずっとログアウトができない状態だった。既にかなりの日数を連続してログインしたまま過ごしていたため、現実世界の体に影響が出かねないところだった。
「それはよかった。そして、これは伝えようか迷ったことなのですが…。」
ガリオンの横にビゲリが並んできて、パーチのメンバー全員に話しかけ始める。そしてガリオンの顔色を伺うと、ガリオンは静かに頷いた。そのゆったりした動作は、パーチのメンバー全員の視線を集めた。
「こほん…。ここからのことは、他言をしないでほしい。大丈夫ですかな?……どうしました?」
急に改まった空気になったことで、場に緊張が走る。何か他に大事件でも起きたのだろうか。
「我がゴルド領、領主の話だ。」
ゴルド領領主。何度か話に出てきた。今回の戦闘における治療費を全額負担してくれるという話も、ガリオンが領主に話を通してくれたことだった。しかし、話に出て来るだけであって、会ったことも見たこともなかった。
「それが、どうかしましたか?」
「あぁ。実は、ゴルド領の領主は1年前に亡くなっている。」
「はぇ!?」
悠仁が驚きのあまり、間抜けな声を上げてしまう。
(どういうことだ?治療費の話やその他諸々の話は、全て領主の話だったはず…。っていうか、そもそも領主なしで領は運営できるのか…?)
色々な疑問が浮かぶが、その解決を助けるようにビゲリが話を続ける。
「実は、この事実は領民や周辺国家にはまだ告知していない。理由はさまざまだが、大きくは2つ。1つは領民の混乱を防ぐためだ。前領主は領民からの信頼が篤く、良き領主だった。その方が亡くなったと知れば、少なくない混乱が生まれるだろう。しかも、領主が亡くなったのは北の戦争が激化した時期でもあった。その為、告知するタイミングがまだ計れていない。2つ目は、この地域の情勢を見た結果だ。地図を見ればわかるように、我がゴルド領は小国だ。北の大国に弱みを握られたら、それこそ一瞬で飲み込まれてしまうだろう。今のところは、ガリオン様が領主代理ということで会議等には参加している状態だ。」
「な、なるほど…」
情報が多すぎて聞くだけではうまく整理できなかったが、要するに、時期と状況が悪くて領主が崩御したことを告知できていない状態らしい。
「このことを知っているのは、我が領内でもごく一部の人間と、貴方たちだけだ。そして、ここからが大切な話である。」
「は、はい。」
今までの話でも十分に大変な事実だったが、これよりも重要なことがあるらしい。
「領というのは、領主がいなければ管理することができない。領主だけに与えられる特権というものもある。しかし、前領主には後継ぎがおらず、後継者選びが難航していたが、亡くなる数日前についに後継者を指名した。」
先ほど悠仁が考えたように、やはり領は領主がいないと運営できないようだった。そして、ビゲリの口からは想像を超える言葉が出た。
「それが、ここにいるガリオン様である。」
「……なるほど…………え?」
「まぁ、聞いた通りだ。」
情報を整理するのに数秒かかり、全員が同時に、言われている意味を理解した。
「「「「「「ええええぇぇぇぇ!!」」」」」」




