カンテラの色
悠仁による挨拶も終わったので、一行は中央広場の端に寄ったが、周囲の目が背中にビシビシと当たっているような感覚がするのは気のせいではないだろう。とはいえ、事情が事情なのだから仕方がない。気にしないようにして、これからの予定を伝える。
「さて、ここからは基本的に自由行動なんだが、俺は今から荷物を取りに宿に戻るから、みんな自由に回っていてくれ。」
「えぇ!悠仁さん、戻っちゃうんですか!?」
何故かアリスが、ものすごく驚きながら悠仁に食いついてきた。
「あ、あぁ…。取りに行くものがあってな。アリスもみんなと一緒に回っていてくれ。」
「そ、そうですか…。……宿に、戻るんですよね?」
「あぁ。そうだけど…。」
アリスは思案するように下を向いている。10秒ほどすると顔を上げて、何故か全体に宣言を始める。
「わ、私も宿に忘れ物をしちゃったので、取りに行こうかなぁ!」
「何か忘れ物をしたなら、俺がとってきて後でとどけr」
「じょ、女性の荷物を勝手に開けちゃいけないんですよ!!」
かなり食い気味にアリスが詰め寄ってくる。確かに、女性ということを抜きにしても他人の荷物をいじるのは良くなかったかもしれない。悠仁は自分の配慮不足を反省して、提案し直す。
「じゃあ、アリスと俺は一回宿に戻るよ。そっちはそっちで先に回っていてくれ。」
「はぁ…本当に先輩は……。」
何故かミーナがため息をついているが、相変わらず理由がわからない。
「んじゃ、俺たちは先に回ってるとするか。」
悠仁の予定を聞いたカインが先頭になって、残りのメンバーは祭りの方へ歩いて行った。何故か、ステラが最後までこちらを見ていたのが気になったが。
「…じゃあアリス、行こうか。」
「は、はい!」
悠仁とアリスは、祭りとは反対方向へ歩きだす。アリスは悠仁の一歩後ろを黙って歩いている。以前は横に並んでいたのにどうしたのかと思いながらも、何か理由があるのかとも思い、特に言及しないでおく。
「アリスは何を忘れたんだ?」
立ち位置的に話題に困ってしまったので、当たり障りのないことを質問してみる。
「な、内緒です。悠仁さんは何を…?」
「あぁ、パーティー用の財布は持ってたんだが、自分用の財布を収納から出しちゃったみたいでな。それを取りに行こうと思ってたんだ。」
「そうなんですね…。…ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか…?」
「ん?どうした?」
アリスは何故か、少し緊張したように質問をしてきた。
「エンフィールドとの戦闘中、私が倒れた時、よく覚えてないんですけど、悠仁さんが私の体を抱いてたって本当ですか…?」
「あー…。…本当だ。すまなかったな、意識が朦朧としているのに体を触られて嫌だったか?」
「い、いえ!そういうことではないのですが!…うぅ…なんで覚えてなかったんだろう…。そ、その!私、重くなかったですか!?」
「い、いや、重くはなかったけど、むしろ軽いくらいで心配になったくらいだった。」
「そ、そうですか…。それなら良かったんですけど…。」
それを機に、また会話が途絶えてしまう。
(な、なんで今日に限ってこんなに会話が続かないんだ…)
いつもと少し違う雰囲気に戸惑いながらも、祭りの喧騒が少し遠くに聞こえる頃に、悠仁とアリスは宿へたどり着いた。ドアを開けると、いま帰ってきたばかりなのか店主が外套を脱いでいた。ドアの開いた音に気がついて振り向いた店主は、悠仁の顔を見て満面の笑みになって声をかけてくる。
「これはこれはYuji様!先ほどの演説、見させてもらいました!なんと謙虚な挨拶なのだろうと感心してしまいました!やはり人の上に立つ人は、ガリオン様のように力強い方もいいですが、Yuji様のように謙虚な方もいいと思わせてもらいました!」
「は、はぁ…それはよかったです。」
興奮気味に手を取ってきて、ブンブンと握手をしてくる店主に、悠仁は苦笑いだ。
「それはそうと、他の方はどうされましたかな?」
「あぁ、先に祭りに行きました。私とここにいるAliceは、個々に忘れ物をしてしまったので取りに来たのです。」
「ははぁ…なるほど…。」
店主は握ったままの手を自分の方へ引き込んで、悠仁と体を密着させる。
「一番奥の部屋なら、防音されてますぜ…。今なら2時間くらいならサービスしますよ…。」
「そ、そういうのじゃないですって…。アリスに聞かれたら…。」
悠仁がアリスの方を振り向くと、素知らぬ顔をしているが、その白い肌は少し上気しただけでもすぐにわかってしまう。その赤くなった頬は、聞こえていることを意味していた。
「はぁ…。忘れ物をとったら、すぐに祭りに行きますよ。挨拶をした私が参加しないというのは問題ですからね。」
「それもそうですね。これは野暮なことをお聞きしました。私はずっと宿にこもりきりですので、何かありましたらお気軽にお声掛けください。」
悠仁から離れた店主は、恭しく礼をしてきた。それに手を振って応えた悠仁は、アリスと一緒に2階へ足を運ぶが、その途中の空気はなんとも気まずいものだった。
お互い部屋から目的のものを探し出して収納にしまい、宿を出る。
外に出ると、街の鉱石灯がさっきよりも濃く灯っているように見えた。祭りの音は近く、隣を歩く距離は、行きよりも少しだけ近い。
「さて、じゃあ祭りに行こうか。カインのカードを見ると、中央広場からそんなに離れていないところにいるみたいだ。…それにしてもあいつ、プライバシー設定ガバガバすぎるだろ…。ここまで詳細に表示したら、なにかの拍子で悪用されそうだ。」
プレイヤーカードには位置情報を表示する機能があるため、もらったカードを見ればその人がどこにいるか知ることができる。どこまで見えるかも設定で変えることができるのだが…。
「カインさんは、街のどこにいるかまで表示しちゃってますね…。」
アリスは自分がカインからもらったカードを見ながら、少し呆れたように笑った。限られた人間にしか渡してないからかもしれないが、少し無用心でもある。
「ま、いいさ。じゃあ…」
「ちょ、ちょっと待ってもらってもいいですか!?」
悠仁がカインのプレイヤーカードを頼りに進もうとすると、アリスが制止してくる。
「どうした?まだ何か用事があったか?」
「そ、そういうわけじゃ…、じゃなくて、あの露店、寄ってみてもいいですか?」
アリスは、中央広場に入る少し手前に位置する、色鮮やかに輝く露店を指差しながら悠仁を見ている。どうやら、カンテラを扱っている店のようだった。
「カンテラか。そういえば気になってたっけ。いいよ、見に行こうか。」
「は、はい!ありがとうございます!」
アリスは向日葵のような笑顔を浮かべて、露店の方へ駆け出す。無邪気に走り出すその姿は、久し振りに年相応に見えた。フェリスは相変わらず、急に走り出したアリスから落ちないようにしがみついていた。
悠仁が露店にたどり着く時には、アリスは露店の店主からカンテラの説明を聞いているようだった。
「…だから、お嬢さんみたいな子にはここのあたりがいいと思うぜ。」
「なるほど…」
アリスは店主が示した範囲にあるカンテラを眺める。装飾が少し凝っていて耐久性はそこまでなさそうだったが、アリスは探索用に既に一つカンテラを持っているので、こっちを勧められたのだろう。いわゆる土産物なので、金細工や銀細工、宝石での装飾が施されているそれはとても綺麗だった。
「んー…。悠仁さんは、どれがいいと思いますか?」
自分では選びきれなかったようで、アリスが悠仁に尋ねてくる。
「そうだな…。これとかいいんじゃないか?あまり飾ってない感じがいいと思う。」
悠仁は並べられているカンテラの中から一つを手に取った。銀細工がされているそれはとても美しく、光が出るガラス部分は水晶のように透き通っていた。銀で作られている花は、カプランドで集めたクレイドルスノーフレークによく似ていた。
「じゃあ、これにします!おいくらですか?」
悠仁が選んだそれを、アリスは即決で購入する。
「それは55銀貨だ。特殊効果はないが、銀が使われてて長く使える。どうだい?」
「大丈夫です、じゃあこれで。」
アリスは自分の収納から銀貨を取り出して、店主に手渡す。
「毎度!じゃあ、中に入れる鉱石はサービスしておくよ!何色にするんだい?緑でいいかな?」
店主は悠仁をパートナーと見たのだろう、緑色の鉱石を入れることを勧めてきた。
「い、いえ、ピンクでお願いします…。」
緑色の鉱石を勧められたにもかかわらず、アリスはピンク色の鉱石を選択した。
(ア、アリスはこの祭りでパートナーを探すつもりなのか…?っていうか、なんで俺は焦って…)
別に特別な関係もないが、なぜか悠仁は焦っていた。
「そ、そうかい。じゃあ、これを入れておくよ。いいパートナーが見つかるといいな…。」
店主は悠仁の方を見て少し気まずそうにしながら、新品のカンテラにピンクの光を放つ鉱石を入れた。淡く、しかし遠くまで見えるようなその光は、見る人を優しい気持ちにしてくれるようだった。
「ありがとうございました。では悠仁さん、行きましょうか。」
「お、おう。」
なんだか少し複雑な気持ちになりながら、悠仁はアリスの後ろをついていく。後ろを振り向くと、店主が可哀想なものを見る目でこっちを見ていた。
(やめてくれ…。特に何かをしたわけでもないのに悲しくなってくるから…。)
そのままアリスの後ろをついていくが、何故かその足は中央広場の方ではなくて、少し暗い路地へ向かっていた。広場の喧騒と楽団の音が、遠くに聞こえる。
「アリス、そっちは…。」
「悠仁さん。」
悠仁が方向が違うことをアリスに伝えようとすると、アリスはそれを遮るように言葉を発する。
「私のカンテラ、何色に見えますか?」
「ピンク色だけど…」
目の前で購入していたのを見ていたのだ。別に見なくてもわかる。
「そうなんです。この街では、ピンク色の明かりを灯しているカンテラを持ってる人って、パートナーを探しているって意味なんですよ。」
「そう、らしいな。」
その話も、中央広場で挨拶をする前にステラと話をしているのを聞いていたので知っている。それを、何故わざわざ伝えてくるのだろうか。
「…」
「…?」
「もうっ…」
アリスは痺れを切らしたように悠仁に近づいてくる。その瞳は潤んでいて、広場から漏れる光でその顔が儚げに見える。人形のようなその顔が近づいてくると、年甲斐もなく心拍数が上がってしまう。
少し勇気を溜めるように深呼吸をした後、悠仁の目を真っ直ぐに見つめて口を開く。
「もし、お相手がいないようでしたら…」
胸の前で両手を合わせて、まるで神に祈るかのような格好になりながら、もう一度言葉を紡ぐ。
「私と一緒に、お祭りを回ってくれませんか?」
ガラス細工のような透き通る緑色の瞳に見つめられて伝えられた言葉は、悠仁の意識を祭りから遠ざけてしまうのに十分だった。
プライバシー設定 (システム)
プレイヤーカードに施すことができる設定。プレイヤーカードには位置情報を表示する機能があるが、どこまで詳細に表示するかを設定することができる。ログインしているのかしていないのか、どの領にいるか、どの街にいるか、街のどの場所にいるか等、どんどん細かく設定できるが、基本的にはあまりにも細かく設定すると悪用される可能性があるのである程度に抑えておくのが常識である。




