勝利の報告
悠仁たちが街へ繰り出すと、街は既にお祭りムード一色だった。数々の露店が立ち並び、そのほとんどが食べ物や娯楽に関連するものだった。この辺は、現実世界でもゲームの中でも変わらないのだろう。
特に目を引かれるのは、ヴォーマの特産である魔法鉱石を使った工芸品である。街に入ってきたときにも目に入ったが、この街の街灯や照明は魔法鉱石を使用したものになっている。ヴァリエスタはガス灯だったが、これはこれで違う味があって気持ちが安らぐ。住人が街を歩くときに使用するのも魔法鉱石を使ったカンテラなので、街のいたるところには、カンテラで使用し終わった鉱石を捨てるための箱が用意されているのも土地柄が出ていて面白い。
広場の方からは、聞き覚えのある軽やかな弦の音が流れてくる。エンフィールド戦の出陣前に兵の士気を整えていた、あの旅の楽団——『常春の楽団』だ。今日は戦場ではなく祭りの真ん中で、リュートの音が人々の笑い声と混ざり合っている。
「女性はピンクの色が多いですね。」
アリスは、街の住人が腰につけているカンテラの明かりを見ながら呟く。確かに、若い女性の腰についているカンテラの明かりはピンク色のものが多い。緑色のものをつけている人もいるが少数派だ。割合としては7:3といったところか。
「……あれ、恋人募集中って意味。お祭りのときは、そういう意味を込めた色のカンテラを腰に下げるんだって。……ちなみに、緑はお断り。既婚者とか、もう相手がいる人。」
アリスの呟きを聞いたステラが、めずらしく自分から口を開いた。気だるげな声のままだが、土地の風習を語るその目には、ほんの少しだけ光が差している。カンテラの色にそこまでの意味があったとは驚きである。
「そうなんですね。カンテラって、高いんですか?」
アリスが興味を惹かれたようで、答えてくれたステラに質問をしている。
「……ピンからキリ。日常で使うのは、安い。観光向けとか、冒険者向けの頑丈なのは、ちょっと値が張る。……でも、大したことない。」
「へぇー…私も買ってみようかな…」
アリスは思案するように顎に手を当てている。
(女性は恋愛ごとが好きだよなぁ…。別に女性に限ったことではないかもしれないけど…)
悠仁はそんな二人の様子を見ながら、一人でそんな感想を抱いていた。
大聖堂を出て10分ほど歩くと中央広場に着く。今回は、そこが中央広場だと言われなくても気付くことができた。理由は簡単である。中央広場の真ん中には、あのエンフィールドの死体が置かれているからだ。死体を中心に兵士が周りを固めており、一般市民が近づけないようにしている。キャンプファイヤーのようなものも設置されていて、本当にお祭りという雰囲気が出ている。
中央広場には露店が所狭しと並んでいて、さながらアリーシャのバザールを彷彿とさせる。その中には、先程話題に上がっていたカンテラを扱っている店もあった。
エンフィールドの前、街の最も広い通りの方向に、大きな演台が置かれていた。その周りにはゴルド軍兵士がおり、中にはガリオンらしき姿も見えた。件の挨拶はあそこでやることは確定だろう。既に演台の周りにはそれなりの数の住人が集まっており、始まるのを楽しみにしているようだった。
「お前、あんなところで挨拶するのか…。会社でやる会議とは比べ物にならないな…」
カインが演台を見て、悠仁の隣にやってくる。見る人数はかなりの量になるだろう。緊張で手の感覚が少し鈍くなってきているのを感じた。
「大したこと言わなくていいんだから、大丈夫だろ…」
強がりを言ってみるが、緊張は解けない。演台のそばまで行き少し待っていると、先程見たガリオンらしき人物が悠仁たちの元へやってくる。
「これはYuji殿、来てもらえてよかった。さぁこっちへ。他のメンバーの方も。」
ガリオン直々に案内をされて、演台の後ろ、住人から見えない位置へ誘導される。ガリオンは鎧を変えたようで、その姿は戦闘へ行く前のように見えた。早速挨拶を始めるのか、ガリオンは演台に上がって大きな声を出した。
「皆の者!待たせた!今回の勝利の立役者が到着したので、紹介させてもらおう!」
ガリオンはそう宣言した後に、悠仁にアイコンタクトを取ってきた。上に上がってこいという意味だろう。それを受けた悠仁は、更にメンバーにアイコンタクトをして付いてくるように促す。
演台へ上がると、目の前には人、人、人。この街の住人をすべて集めたのではないかと思うくらいの人が見えた。その光景は、さながらリンカーン記念堂の階段上からの光景だった。
「ここにいるのが、冒険者クラン『パーチ』のリーダーYuji殿と、そのメンバーの方だ!」
ガリオンは悠仁達を示して話を始める。
「我々の軍が劣勢になった時に、リーダーであるYuji殿の機転と判断力でエンフィールドを討伐することができたのだ!効果的に戦闘を行えたことで、この街の住人だけでなく、戦闘に参加した多くの兵士の命を救うことができた!小国であるゴルドでは、一人一人の命がとても貴重だ!それを救ってくれたパーチのメンバーに賛辞を贈りたい!!皆の者!この者らに拍手を!!」
〈やるじゃねぇか冒険者ーー!!〉
〈ありがとーー!!〉
〈うちに来たら飯代ただにしてやるぜー!!〉
色々な声が投げられて、その圧で体が揺さぶられているかのようだった。気持ちの籠っている言葉というものは、総じて重い。
声の中には、ハシルの村で見た顔もあった。あの防空壕から出てきた人たちが、今は祭りの明かりの下で手を叩いている。その一つの事実だけで、この数日の全部に釣り合う気がした。
「ここで、今回の立役者に一言もらおうではないか!皆の者!よく聞いておくように!!」
そしてついに、悠仁の出番がやってくる。
(緊張するな…。)
悠仁の緊張は、背中からでも伝わるものだったのだろう。後ろから声がかかる。
「いつも俺たちに話してるみたいに話せばいいんだって。バシッと行ってこい。」
カインがいつものサムズアップで悠仁を送り出す。その笑顔を見ていると、少し緊張が解けていくようだった。
ガリオンの横に並んで、震えそうな声を何とか平常に戻して話を始める。
「えー…、今ご紹介に上がりました、クラン『パーチ』のリーダーYujiと申します。」
悠仁が話し出すと、あれだけ熱気のあった観衆はしんと静まり返る。逆に騒いでいてもらった方が緊張もしないというものだが、仕方がないのでそのまま話を続ける。
「今回は勝利ということでしたが、まずは、エンフィールドの被害によって亡くなった、怪我をされた方にお悔やみを。」
我ながら盛り上がりの無い始め方をしてしまったと思いながらも、今さら引っ込むわけにはいかないので、このまま続けることにする。
「今回の勝利は、私達だけでは成し得なかったことです。ガリオンさんは私たちのことを立役者と言ってくださいましたが、実際は発案をしただけで、私たちはそのお手伝いをしたに過ぎません。ただ、この脅威が去ったことは本当に喜ばしいことで、この街の、そして周辺の村々の命が救えたことは、私たちにとってもとても良いニュースです。」
ちょっとした挨拶のはずだったのだが、思ったことがついつい口を突いて出てしまう。
「私たちはゴルド軍の兵士を守りましたが、それと同時に、ゴルド軍の兵士も我々を守ってくれました。ただの冒険者で、この街の、この領の人間でもない我々をです。見知らぬ誰かでも全力で守る、そんな兵士がいるゴルドは、これからも安泰でしょう。我々は明日にはこの街を発ちますが、きっとまたやってきます。その時には、今以上に発展しているゴルドを見られることを楽しみにしています。今日はお祝いだと聞きました。私達も一参加者として楽しませてもらおうと思っているので、この良き日に一緒に祝わせてください。ご清聴ありがとうございました。」
〈………〉
返事が返ってこない。
(やばい、何か逆鱗にでも触れたか…?)
そんなことを思った、その時。
〈〈わぁあああああああああああ!!!!〉〉
爆弾が破裂したかのような拍手と歓声が上がる。
〈謙虚じゃねぇか!!気に入ったぜーーー!!〉
〈冒険者のくせに腰が低いやつだな!!俺の娘の婿に来てくれ!!〉
〈かっこいーーー!!〉
〈後ろの嬢ちゃんたちの装備はうちで無料で直してやるから、もってきな!!〉
〈やっぱりうちの店に…、いや!俺が届けに行くぜ!!〉
観衆が口々に、悠仁やメンバーに対して言葉を浴びせてくる。どうやら成功だったようだ。
「さて!立役者の挨拶を聞けたところで、今日は祭りだ!存分に楽しんでほしい!それが、先に逝った者たちへの弔いにもなる!さぁ!飲め食え歌え!!」
〈〈わぁあああああああああああ!!!!〉〉
ガリオンが上手く場を締めたところで、一緒に演台を降りる。
「いい挨拶だった。君たちだけじゃなく、冒険者全体にいい印象を持ってもらえるだろう。これからくる冒険者は、貴方方に感謝しないといけないな。」
「いえ、それほどのことをしたわけじゃ…。」
「過ぎる謙虚は嫌味に聞こえるぞ。ここは胸を張って道を歩けばいいのだ。何、このガリオンが許可する!」
ガリオンは自分のことのように高笑いをしていた。
「さぁ!今日は祭りだ!エンフィールドの引き渡しは明日になるから、それまでは存分に楽しんでくれ!街の至る所に店や遊び場がある。好きに回るといい。なんなら案内役をつけるが…。」
「いえ、それは大丈夫です。メンバーで回ってみます。では、また明日、兵舎に向かえばいいですか?」
「あぁ、それで大丈夫だ。祭りが落ち着いたら、エンフィールドの死体は兵舎に運び込むことになっている。だから、死体の受け渡しは兵舎でということになるな。」
さすがに、こんなに大きいものが広場の中央にあったら邪魔だろう。後、誰も突っ込んでいないが、実は結構臭い。
「わかりました。ではまた明日に。」
「うむ!街と祭りを堪能してくれ!」
上機嫌なガリオンに見送られて、パーチのメンバーは中央広場の端に移動した。
その、広場の端でだった。
「……ねぇ。あれ、朝からあったっけ?」
ミーナが指差した先——エンフィールドの巨体が展示されているすぐ脇に、金色の幟が一本、立っていた。夕方の風にはためく布地には、錠前を象った紋と、堂々たる文字。
『討伐支援 クラン黄金錠』
「……いや。なかったな。」
少なくとも、あの死体を運び込んだのはゴルド軍で、戦ったのは軍とパーチだ。黄金錠なんて名前は、あの戦場のどこにもなかった。
「おおっと!これはこれは、本日の主役の皆様だ!」
声だけで景気のいい男が、人垣を割って歩いてきた。恰幅のいい体に金糸の上着。指という指に嵌った指輪が、カンテラの明かりを弾いている。後ろには揃いの徽章の取り巻きが3人。
「クラン黄金錠、会頭のカネモトと申します!いやあ、見事な戦いだったそうで!」
「……どうも。それで、あの幟は?」
「ああ!」
カネモトは我が意を得たりと胸を張った。
「うちはゴルド軍に物資を納入しておりましてな。ポーション、矢玉、飼葉——戦は物資!つまり広義には、この勝利、うちの勝利でもあるわけです。ハッハッハ!」
「…………。」
理屈の飛躍に、誰も言葉が出なかった。嘘は言っていないのだろう。ただ、あの幟は、死んだ兵たちの弔いの祭りの、死体の隣に立っている。
「時に皆様!明日のエンフィールドの引き渡し、運搬はぜひうちの荷車をお使いください。もちろん無償!幟を、そう、もう1本立てさせていただくだけで!」
「結構です。」
悠仁は即答した。自分でも驚くほど、声が硬かった。
「おやおや。……では、別のお話を。皆様、今をときめくパーチの皆様だ。うちの傘下にお入りになりませんか?黄金錠の名前と後ろ盾、装備の支給、稼ぎ場の斡旋——決して悪いようには」
「悪いが。」
遮ったのは、カインだった。声は静かだった。静かなのが、逆に怖いくらいだった。
「その話、聞くのは4度目なんだわ。ビラで1回、ヴァリエスタの往来で1回、クランを作った日に1回。」
「おお、それはそれは!ご縁がありますなあ!」
「縁じゃねぇよ。」
カインは、広場の幟を——死体の隣の金色を、顎で指した。
「あんたらは、人数と金で強くなる。それは別に否定しねぇ。けどな。」
一拍おいて、カインは言った。
「対等ってのはな、人数が少ないほど濃いんだよ。」
「……ほう。」
「うちは6人だ。6人分の濃さでやってる。薄めるつもりはねぇ。」
カネモトは、初めて営業用ではない目でカインを見た——気がした。それから、すぐにまた揉み手の顔に戻る。
「いやはや、結構、結構。商売は断られてからが本番と申しますのでな。またの機会に!皆様、良い祭りを!」
金色の一団は、来た時と同じ賑やかさで人垣に消えていった。
「……なんか、どっと疲れたわね。」
「あー……悪い。ちょっと、カッコつけた。」
カインが頭を掻いた、その時。すぐ近くで、ぱらんと軽やかな弦の音が鳴った。
「——いい言葉だね、今の。」
リュートを抱えた赤毛の女が、演奏の輪から抜けて、こちらへ歩いてきていた。エンフィールド戦の出陣前に、そしてアリーシャのバザールで見かけた、あの楽団の。
「あたしはソレイユ。『常春の楽団』の団長。あんたらのことは勝手に知ってるよ。戦場で、いい顔してたからね。」
「どうも……えっと、聴いてたんですか。今の。」
「聴いてた聴いてた。『対等ってのは、人数が少ないほど濃い』。——それ、もらった。歌にするよ。」
「え、いや、それは勘弁してくれ!?」
「無理だね。詩人ってのは、拾ったら返さないんだ。」
ソレイユはからからと笑って、それから、少しだけ声を落とした。
「本当はあたしも、あんたらを誘おうと思って来たんだ。うちの巡業、腕の立つ護衛がいると助かるからね。……でも、やめた。」
「……それは、また、どうして。」
「濃いのを薄めたら、もったいないだろ。」
ソレイユはリュートの弦を一つ弾いて、にっと笑った。カネモトに通じなかったことを、この人は3秒で言い当てて、3秒で引き下がった。
「その代わり、覚えときな。あんたらの旅の先で、うちの音が聞こえたら——そこは、いい街だってことさ。じゃあね、6人分のクラン!」
赤毛の団長は、ひらりと手を振って演奏の輪へ戻っていった。少しして、広場に新しい曲が流れ始める。聴いたことのない、けれどどこか聞き覚えのある——濃くて、あたたかい曲だった。
「……なぁ。これ、もう俺の歌できてないか?」
「できてるみたいですね。」
「早すぎるでしょ……。」
祭りの夜は、まだ始まったばかりだった。




