祭りの前に③
「んで?人払いまでしてどうした?」
カインがこちらを向いて話しかけてくる。相変わらず、治療が終わるまでは絶対安静なので首だけ動かした状態だ。
「まぁ、礼ってやつだ。皆の前ですることじゃないからな。…ありがとう。」
悠仁が椅子に座りながらも頭を下げてきたことにカインは驚いたようで、少したじたじになりながら声を上げる。
「おいおい、急にどうしたよ。頭まで下げるなんて相当じゃねぇか。」
カインの言う通り、今まで礼などお互いいくらでもしてきたが、頭まで下げるなんてことはしたことがなかった。
「まぁ、いつも感謝してるんだけどな。今回は訳が違った。アリスのことだ。」
「Aliceちゃんのこと…?……あぁ、頼まれた時のことか?」
カインも思い当たる節があるようだった。
「あぁ、そうだ。あの時、俺はお前にアリスを頼んだ。死ぬかもしれない状態でだ。確かにお前が守り切れるとも思っていたが、それは絶対じゃない。ただ、お前は頼まれた以上、自分の命をかけてもアリスを守ろうとするだろう。」
「……まぁな。」
「つまり俺は、間接的な死刑宣告をしたのに等しいことをしたんだ。お前の防御力と経験、精神力の方が上回ったからいいものの、エンフィールドは強敵だった。今回たまたま弱点が見つかったから何とかなったが、あれが長引いてたらお前は死んでたかもしれない。」
「……」
カインは悠仁の言葉を黙って聞いている。あのまま防御を続けていたら死亡、若しくは生き残っても日常生活に多大な影響がある後遺症が残っている可能性があったのは、カインもわかっているはずだ。
「それでも、お前は二つ返事でOKしてくれた。」
そう、自分が死ぬかもしれない状態に置かれることをわかっていて、カインは悠仁の提案を飲んだのだ。
「そうだったな。」
「恥ずかしい話だが、俺ならすぐに了承できなかったかもしれない。そんな状態でアリスをしっかり守り切ってくれたお前に感謝したいんだ。ありがとう。」
悠仁がもう一度頭を下げると、カインは恥ずかしそうに右手を振りながらそれに応えた。
「わかったわかった。礼は確かに受け取った。まぁ、そこまで気にしてるんだったら貸し1ってことにしとくぜ。それでいいか?」
悠仁が感謝してもしきれないような気持ちを持っていることを察してか、カインは『貸し』という形でそれを受け取ることにしたようだった。
「あぁ、それでいい。何か俺にできることがあったら言ってくれ。できる限りのことはする。」
「おう、そん時は頼むぜ。」
カインが右腕を上げて、こちらに拳を向けてくる。いつもの挨拶に少し吹き出しそうになりながら、悠仁もそれに拳を合わせた。
「…お話は終わりましたかな?」
「うわっ!」
後ろから急に声をかけられて、悠仁は飛び上がった。どうやら先ほどの神官は、悠仁とカインの話が終わるまで待っていてくれたようだった。
「は、はい。大丈夫です。」
それを見てカインがくすくすと笑っている。
(こいつ、後ろで神官が待ってるのに気づいてたのに黙ってたな…。)
さっきの貸し1を無しにしてやろうかと思いつつも、留飲をさげた。
「さて、Yujiさんはこちらを。これを体に撒けば、その傷は治るでしょう。そしてカインさんは私が行いますので、そのままでお待ちください。」
悠仁は神官に手渡された、ポーションとはまた違う液体を浴びるように体に振りまくと、見る見るうちに傷が塞がっていった。恐らくこれはポーションではなく聖水だろう。治療を終えた悠仁が神官の方を向くと、カインに聖水を振りまく前に、聖水に対して何かをぼそぼそ呟いて祈りを捧げていた。それが終わったところで左腕を中心に聖水を振りまくと、カインの体が黄金色に輝きだす。少しベッドから浮いたカインの体から、割れたガラスのように光が飛び散ると、カインの体もまたベッドへ降りた。
カインは左腕を動かしてみる。苦悶の表情も浮かべないで、ぐるんぐるんと動かしている。
「どうですかな、何か違和感などはありますか?」
「いや、すげぇっすね。何も問題ないです。」
聖水の力によって、カインの損傷箇所は全て治ったようだった。
「それならよかったです。代金のことはお聞きしました。受付の方でサブマスターさんが手続きをしているようですね。なのでもうここで支払っていただくものはありませんので、怪我の方が問題なければ、もう帰っていただいても問題ありません。」
神官は手でドアの方を示しながら、こちらに伝えてくる。
「元気な奴が治療室に居たらうるせぇからな。俺たちはさっさと出るか。」
「そうだな。では、私たちはこれで。」
「わかりました。貴方方に女神のご加護がありますよう。」
部屋を出る二人に、神官は両手を合わせて祈りを捧げてくれていた。
部屋を出ると、ロビーのベンチに座っていた他のメンバーがこちらに気づいて駆け寄ってくる。
「どうだった?」
「おう、もうこの通りよ。」
ミーナに怪我の状態を聞かれたカインは、自分の腕をぶんぶん振り回して回復したことをアピールする。他の3人もその様子を見て安心したようだった。
「あんまり無茶しちゃだめよ。命は一つなんだから。」
「わぁってるよ。」
フルールに説教をされそうになったカインは、少し照れくさそうにその言葉を受け流した。皆が落ち着いたところで、悠仁は口を開く。
「よし、皆の傷が治ったところで次は祭りだ。参加しないわけにはいかないからな。中央広場にエンフィールドの死体が飾られてるらしいから、そこに行けばいいそうだ。」
「防具の修繕をしたかったけど…。ウェイル領に戻ってからの方がいいわね…。」
ミーナがボロボロになった自分の装備を見ながら呟く。怪我が少ないのは防具がそれだけ守ってくれたからで、防具はかなり損傷を受けている。アリスよりは酷くはないが、それでもこの状態での戦闘は避けたいレベルだ。
「その位の損傷なら、そのままにしておいてくれ。戦闘した感じが出るからな。ただし戦闘は厳禁だ。戦闘中に壊れたら目も当てられない。祭りが終わったら、すぐに修繕してくれ。」
「視覚的なイメージで頑張った感を植え付けるってことね…。考えることが急にビジネスマンになったわね…。」
「危険がなくて良いイメージがつけられるなら、その方がいいだろ?ここには正規の方法で来ることもありそうだし、街を救った冒険者っていうイメージを持ってもらえてれば活動もしやすい。」
本来ならローブなどを貸してやりたいところだが、そこまで露出が激しくなったわけでもないので、ミーナや他のメンバーにはこのままでいてもらう。そもそも、防具を直す時間もないのでやむを得ないといえばそうなのだが。
「他に質問がないなら祭りに行こう。恐らく、もう待たせてるはずだ。」
街から聞こえる喧騒は、既に祭りが始まっていることを意味していた。悠仁を先頭に、一行は中央広場の方へ歩き出した。
全員の傷が塞がって、初めて分かることがあった。誰一人欠けずにこの喧騒へ歩いていけること――それ自体が、今回の戦いで一番の戦利品だった。




