祭りの前に②
――ゴルド領首都 ヴォーマ 防具屋「壁」
「はい、じゃあこれはお預かりします。貸し出しはインナーだけで?」
防具屋の店員は悠仁の手渡した防具を木製の桶に入れ、それを抱えながら尋ねてくる。
「はい、ローブはありますので。いつ頃に仕上がりますか?」
「そうですね…。……目立った傷はないみたいなので、簡単な修繕と洗浄だけですから、明日の朝には仕上がってますよ。それで間に合いますか?」
明日の朝であれば、まだ街にいる時間だ。問題ないだろう。
「はい、大丈夫です。それでお願いします。」
「わかりました。では、明日取りに来てください。お代はその時に。」
悠仁の返事を聞いた店員は、にっこりと笑いながら答えた。取引が終了したことを確認した悠仁は手を挙げてそれに応えた後、急いで店を出る。
(次は聖堂だ…。走るか…。)
ここに来る前に兵舎にも寄っていたので、メンバーは既に聖堂で治療をしているだろう。カインのプレイヤーカードを見ると、まだ聖堂にいるようだった。仲間の所在を確認できた悠仁は、聖堂へと駆け出した。
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――ヴォーマ 大聖堂
「あ、悠仁さん。」
悠仁の姿を確認したアリスが、ベンチから立ち上がって手を振り始める。突然立ち上がったので、フェリスが頭からずり落ちそうになっていた。
「待たせた。様子はどうだ?」
「はい。代金はまだ支払っていませんが、私とミーナちゃんはもう治療を終えました。今はステラさんとフルールさん、カインさんが向こうで治療しています。私は悠仁さんを待つために部屋から出てきましたが、皆さんはまだ部屋の中にいます。」
どうやら、悠仁が迷わないようにアリスは外で待っていてくれたようだった。
「それは助かった。場所を受付で聞く必要があったからな。俺も軽症だけど治療を受けようと思う。あの血の中に何が入っていたか、わかったもんじゃないからな。」
悠仁に大きな外傷はないが、途中途中で巻き上げられた噴石などがぶつかり、切り傷ができていた。それはポーションで治るのでいいのだが、問題は血を浴びたことだった。少量ならまだいいとして、大量に浴びたので何かのデバフにかかっている可能性がある。それらを解除するためにも、一度診てもらった方がいい。
「そうですね。未知の生物の血をあれだけ浴びてたら、現実世界なら隔離ですよ。そういえば、ローブはどうしたんですか?」
アリスは心配そうにこちらを見つめてくる。
「あぁ、洗浄と修繕を頼んできた。アリスも後で行った方がいい。せっかくの服が台無しだ。」
アリスの服はボロボロもボロボロで、切れるわ裂けるわで大変なことになっている。特に右側など、袖が無くなっていた。幸い傷は無くなっており、ポーション酔いも回復しているようだったので、悠仁は安堵していた。
「そ、そうですね。よく確認すると、ちょっと恥ずかしいです…。」
「そうだな。あんまりこういった場所で肌は見せない方がいいかもしれない。一応、神官だしな。」
そう言って悠仁は、ローブの留め具を外してアリスにかけてやる。
「わわっ!いいんですか?」
突然ローブをかけられたアリスは、右手でローブを掴みながら悠仁に尋ねる。
「あぁ、保温性は期待しないでくれ?それに、こっちの方がちょっとできる魔法使いっぽくてかっこよくないか?」
悠仁は借り物だが、インナーを見せながら杖を構える。元々持っていたインナーと同型のものがあったため、それを貸してもらうことができたのだ。
「そうですね、映画に出て来る人みたいです。それに、インナーだけの姿ってあまり見たことがなかったから新鮮です。」
アリスはクスクス笑いながら、悠仁のキメポーズを見ている。
「…やめよう、なんだか恥ずかしくなってきた……。」
「そうですか?私はもう少し見ていてもいいと思いましたよ。」
まだ続けたいアリスだが、悠仁はそそくさと杖を背負ってポーズを解く。
「さて、じゃあカインのいる場所まで案内してくれるか?」
「わかりました、こっちです。」
アリスは目が合った受付嬢に軽く手を振って案内の必要がないことを示すと、受付嬢はにっこり笑ってお辞儀をしてきた。
アリスは聖堂端にある一室のドアノブを下ろして中に入る。中ではメンバーの他にも、数人治療を受けている冒険者がいた。カインは一番手前のベッドに横になっており、けがの状態を確認されていて、その周りには他の3人がいた。
「お待たせ。調子はどうだ?」
悠仁は声をかけながらカインに近づく。声に気が付いたカインは、首だけ動かして悠仁に応える。
「おう、今見てもらってるとこだ。まぁ、いてぇのなんのって…。」
「そりゃそうだろ。途中、感覚ないくらいにダメージ受けたのにポーションで応急処置して、また使うんだからな。」
「俺の腕1本で命が助かるなら、そのほうがいいからな。っつつ…。」
カインは左腕を上げようとして、痛みで顔を歪めた。
「ほら、じっとしてるの。」
「怪我してるんだから痛いに決まってるじゃないの。今はまず自分の心配してなさい。」
フルールとミーナに窘められて、カインは痛いところを突かれたような顔になって黙り込む。
「ま、仕方ないな。3人はどうだった。大きな怪我はなかったか?」
カインが重症なのは見たらわかるので、他のメンバーの確認をする。特に女性陣なので、細かい怪我でも残ると向こうで困るだろう。
「……私は、大丈夫。ローブが、ちょっと破れたくらい。」
ステラはローブの破れている箇所を無頓着に見せてくる。肩口が大きく裂けて、白い肌が覗いていた。本人はまるで気にしていない様子だが、こっちの目のやり場には困る。
「そ、そういうのは隠しておいてくれ…。ミーナとフルールは?」
「私は遠くから援護してただけだから、ちょっと指を使いすぎて手がボロボロになっちゃったくらいかな。」
もう治療が終わった後なのか、ミーナは綺麗になった手をこちらに見せてくる。
「私は骨折と、骨にひびが入っていたみたいですけど、治してもらいました。」
フルールも治療が終わっていたようで、体が痛んでる様子はない。問題はカインだった。
「お待たせしました。」
全員の怪我の状況を確認したところで、神官服を着た男性がこちらにやってきた。手にはクリップボードのようなものを持っており、恐らくカインの件についてだろう。
「カインさんの怪我の状況と、治療金額の話をさせてもらいます。」
全員はそれに聞き入るように黙り込む。一番気にしていたのはカインのようだったが。
「骨折箇所が15か所。裂傷と打撲は至る所に、ですね。左腕に至っては粉砕骨折をしており、神経にも損傷が出ています。痛みを感じないレベルで感覚がないのは、そのせいでしょう。右腕も、粉砕骨折ほどではありませんが骨が2か所折れていますね。肋骨も数本折れています。これですと、まず手持ちのポーションで軽いものを治してからの方が治療費が浮くと思います。」
大型トラックに轢かれた後に、辛うじて一命をとりとめた人間の話を聞いているようだった。
「よくこれで動けましたね。生きているのも不思議なくらいです。これで出血が酷かったら、確実に死んでいたでしょう。開放骨折や状態異常がなくてよかったですね。」
「それは、ここにいる全員が思っていることだと思います…。」
悠仁は頭を抱えながら神官の意見に賛同する。
「では、今からポーションを飲ませるので少し待っていてもらえますか?」
「わかりました。その後に、もう一度怪我の状態を確認しましょう。」
そういうと神官は2歩ほど後ろに引いて、こちらを見ている。
「えーっと、ミーナ、ポーション持ってるか?なるべく等級の高いやつ。」
「えぇ、みんなが持ってるのと同じ等級だけど。」
ミーナは収納の中から、装飾がやや華美な瓶を取り出す。中に入っている液体が宝石のように見えた。
「ほれカイン、これ飲んどけ。2本あるからむせるなよ。」
「わかったわかった。」
カインは悠仁から受け取ったポーションを飲み干す。体全体が淡い緑の光で包まれる。ポーションを飲んで治癒が行われた時に出る光だ。
「…どうだ?」
「んー、左腕が痛くてよくわかんねぇな。まぁ、金がかかるようだったらこのままでも…。」
「金の心配ならするな。向こうに帰って仕事できなかったら困るだろ。すみません、これでお願いします。」
「わかりました。では、もう一度確認をします。」
神官はカインの体に手を当てて目を閉じる。ただ手を置いているように見えるが、何かをしているのだろうか。
「……ふむ。肋骨の骨折が3か所治っていますね。中々に良いポーションをお使いになったようだ。打撲や裂傷も半分程度は治っています。」
神官はカインの体から手を放して、状況の説明をしてきた。かなり高価なポーションを使用した効果はあったようだった。
「では、これでお願いします。」
「わかりました。では、これらの怪我を完全に治癒させるとなると…。」
神官はクリップボードに何かをガリガリと書き込みながら、治療費の算出をする。
「金貨55枚と銀貨83枚といったところでしょうか。他の方の治療費も合わせると、金貨62枚と銀貨44枚ですね。そういえば、あなたは治療されないのですか?」
神官は悠仁を見て尋ねてくる。カインを除いて切り傷などがあるのは悠仁だけだったので、わざわざ確認をしてくれたようだった。
「あぁ、そうだ…。すみません、治療箇所の確認をしてもらっていいですか。」
「わかりました。では、そちらにお座りください。」
悠仁は神官に促されるままに椅子に座る。神官は悠仁に手を当てて目を閉じ、状態の確認をしているようだった。しばらくすると悠仁から手を放して、確認の結果を伝えてくる。
「目立った外傷はありませんね。これでしたら、すぐに治療することができます。ですが、呪いにかかっているので、この解呪に少し……おや…?」
神官は、何か不思議なものを見るように悠仁の体を見る。
「ど、どうしましたか?」
「いえ、ちょっと失礼しますね…。」
神官は再度悠仁の体に手を当てて、何かを確認している。
「これは…どうにも、不思議なことが起きました…。」
「どうしたのですか…?」
神官が心底驚いた表情をしているが、呪いなんてものをかけられていた悠仁からすると不安でしかない。
「いえ、先ほどまでかかっていた呪いが、綺麗さっぱり消えてしまったのです。まるで神の奇跡のように…。」
「は…?そんなこと、あるんですか?」
呪いが勝手に消える。そんな都合のいい話があるんだろうか。
「私も初めて見ましたが、綺麗に消えてしまっています。治す必要がなくなったようです。よかったですね。」
神官も、何故か少し嬉しそうに伝えてくる。
「は、はぁ。それは助かりましたが…。」
確かにいいことなのだが、原因がわからないことほど怖いことはない。ただ、確かめる手段がない以上、今はこの幸運に感謝しておくことにする。
「では、あなたの治療も含めまして…。金貨63枚と銀貨10枚になります。」
悠仁の外傷は、そこまで治療費がかからないようだった。
「わかりました。アリス、ちょっと来てくれ。」
「…?はい。」
この状況で悠仁に呼ばれたアリスは、理由がわからず頭の上にはてなを浮かべているが、とりあえずは近寄ってくる。
「実はここに来る前に兵舎によってガリオンさんに会ってきたんだが、これをもらってな…。」
悠仁は収納の中から、ガリオンにもらった書類を取り出す。
「これは?」
「あぁ。今回の治療費に関しては、全てゴルド領領主が負担してくれるそうだ。これはその証明の書類だ。受付にもっていけば手続きができるみたいだから、みんなと一緒にこれを受付に見せてきてくれないか。俺はちょっとカインと話がある。」
「治療費って結構しますけど、大丈夫なんですか…?」
アリスが不安そうに聞いてくる。金貨60枚ということは、日本円にして600万円だ。それをポンと負担することなどできるのだろうか。
「まぁ、ガリオンさんがそう言ってるから大丈夫だろう。頼んでいいか?」
「わかりました。じゃあ、後のことはお願いします。……ミーナちゃん、フルールさん、ステラさん。ちょっといいですか?」
アリスは3人を集めて事情を話し、受付に向かった。
受付へ向かう4人の背中を見送って、悠仁は小さく息をついた。治療費の心配が消えただけで、肩の荷が一つ降りている。金の心配というのは、していた間よりも、無くなった時のほうがその重さが分かる。




