凱旋②
――ヴォーマ 宿「ヴォルケーノ」
「あぁああぁぁああああ……」
物凄く間抜けな声を上げながら、ミーナがベッドに倒れ込む。
「おーい、そのまま倒れるとシーツが汚れるぞー。」
「いいじゃない、宿泊料が無料になったんだから、きっとこれもタダで交換してくれるわよ。」
悠仁の注意に、ミーナはベッドに顔を埋めたまま手を振って応える。実は、宿に帰ってきたときに店主から言われたのだ。
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――3分前 宿「ヴォルケーノ」受付
「これはこれは!!」
頭頂部だけ髪がない、眼鏡をかけた恰幅のいい男性が悠仁達を見て走り寄ってくる。この人がこの店の店主だ。
「これはこれはこれは…!パーチの皆さまですね!話は聞いております。なんでも、この領を襲う怪物を倒す術を見つけただけでなく、軍と一緒に討伐してくれたとか!」
かなり詳しいところまで話が広まっているようだった。特に間違いでもないので、悠仁は首を縦に振っておく。
「えぇ、まぁ…」
「それは素晴らしい!!その怪物…エンフィールドと言いましたかな?そいつには多くの村が襲われたと聞いています。その村の名前の一つには、置いてきた母の村も含まれていました…。幸い母は助かったのですが、村にいたときにお世話になった人たちは帰らぬ人に…。」
店主は目に涙を浮かべながら話を進めていく。
「そんな怪物を倒してしまいたいと思ったものの、私はしがない宿屋の店主、そんな力もありません…。そんな中、まさか私の宿に泊まっていただいた冒険者様が敵を取ってくれるとは!!」
「それは、よかったです。私達もエンフィールドには困っていたので…。」
悠仁はその勢いに押され気味で、苦笑いをしながら答える。
「そんな冒険者様から宿代などいただけません!これはお返しいたします!」
そういって店主は、昨日払っておいた宿代を手渡してくる。問答無用という感じで悠仁の手に置いた後に、手を握らせてくる。
「この宿にはいくら泊まっていただいて構いません!もう何泊でも!何かありましたらなんでも仰ってください!従業員一同、誠心誠意最高級のおもてなしをいたします!」
店主は宿代を握らせた悠仁の手を握って、泣きながらぶんぶん振っている。
「あ、ありがとうございます。では、一度怪我の状態や装備の確認をしたいので部屋に戻らせてもらいますね。」
「あぁ!これは失礼しました!部屋は既に綺麗にしていますので、どうぞごゆっくり!」
店主は、膝に額がついてしまいそうなくらい腰を折ってお辞儀をしていた。
返された宿代が、手の中で妙に重く感じられた。金額の問題ではない。この重さは、置いてきた母の村の話の重さだった。
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「まぁ確かに、あの様子だったらシーツの1枚や2枚汚れても文句はないだろうが…。」
「じゃあ私もー!」
フルールがミーナと同じようにベッドに飛び乗る。
「お行儀が悪いのは分かってるんですが、私も…。」
アリスは心底疲れたような顔で倒れ込んだ。悠仁はアリスが倒れ込んだベッドへ近づいて、その横に腰掛ける。
「大丈夫か?」
「はいぃ…。」
その声からして、かなり疲れているようだ。無理もない。フェリスもアリスに倣ってベッドにダイブしていた。この生き物は、戦闘中何をしているのだろうか…。
(少し、そっとしておこう…)
悠仁は立ち上がって、今度はカインの傍へ向かう。
「どうだ?」
「どう…?あぁ、腕か。かなり痛むのは事実だけど、聖堂に行きゃ大丈夫だろ。とりあえず応急処置でポーション飲んどくわ。」
カインは戦闘中に飲めなかった自分のポーションの蓋を開けて、のどを鳴らしながら飲み干していく。まるで運動後のスポーツドリンクを飲み干していくような勢いで、1本2本と飲んでいく。
「おいおい…そんなに飲んだらポーション酔い起こすぞ…?」
「3本くらいなら平気だって。それに、これくらい飲まないと痛みがな…。」
そういわれてしまうと止められない。仕方がないので放っておくことにする。
「……Yujiは、大丈夫?」
皆の心配をして回っている悠仁に、今度はステラが話しかけてくる。ステラもなかなかに服装がボロボロだった。モーブグレーのローブは所々裂けて、袖口がほつれてしまっている。
「え、えぇまぁ。俺はそんなに大立ち回りしてないから…。」
「……ふぅん。……無理してる顔。」
「し、してないって。」
「……してる。」
ステラは気だるげな半眼のまま、とことこと近づいてくる。悠仁を見上げる位置で止まると、袖をくいと摘んできた。小柄な彼女にそうされると、振り払うことも逃げることもできない。
「……みんなの世話も、いいけど。……Yujiも、ちゃんと、休んで。倒れられると、その。……困る、から。」
「お、おう…。」
最後だけ少し早口になった言葉を残して、ステラはさっと袖から手を放し、何事もなかったかのように自分の荷物の整理に戻っていった。ここ最近、ここまで異性に距離を詰められたことのない悠仁は、たじたじである。
その時。
コンコンコン。
部屋のドアがノックされる。ベッドに突っ伏している組とセルフケアをしているカインはドアに応答しないため、悠仁が対応することになる。
「はいはい、なんでしょう。」
悠仁はドアまで行って開け放つ。そこには、先ほど階下で見た店主が立っていた。
「これはYuji様。お休みのところ大変申し訳ありませんが、軍の兵士から言伝を頼まれましたので、それを伝えに参りました。」
「言伝?」
何だろうか。まだ軍の方で、やらなくてはいけないことが残っていたのだろうか。
「はい。もう、街に入ってきたときの住人からの歓迎を見ればわかると思いますが、本日はエンフィールドとかいうモンスターの討伐を祝って祭りが行われます。そして、街全体も祭りムード一色です。そこで、祭りの途中で我がゴルド軍の上級指揮官であるガリオン様が皆の前であいさつをするというのですが、そこにYuji様も参加してほしいと…。」
「わ、私がですか?祭りの最中に?」
「はい、そう聞いております。」
確かに、第3者の目から見れば悠仁は今回の討伐作戦においての立役者だろう。短い時間でエンフィールドの特性を見破って、勝利へと導いたのだから。しかし、よくよく考えればただの冒険者。しかも、少し前にこの街へ来たばかりの新参者だ。そんな悠仁が街の住人の前で挨拶などしていいものなのか、悩みどころではあった。
「悩んでおいでですか?」
「わかりますか?」
「えぇもちろん。むしろ、その表情を見て悩んでいることがわからないのは相当な朴念仁です。」
悠仁は相当わかりやすい顔をしていたようだ。
「大丈夫です。この街の一住人である私が保証します。貴方方はこの街を救ってくれた偉大なる冒険者です。きっとその冒険者の顔を見たいと、住人はみな思っていると思います。」
「そ、そうですかね。」
「もちろん。ぜひお願いいたします。それに、きっとどこの店に行ってももてなしてくれますよ。街を救った英雄からお代なんていただけませんからね。」
悠仁達は随分と持ち上げられているようだった。成り行きでエンフィールドの討伐をすることになったのに、ここまで持ち上げられてしまっては何だかバツが悪いような感じがするが、ここまで言われて引き下がるのも失礼な感じがした。
「そういうことでしたら、これからどうすればいいか聞いていますか?」
「はい、少ししたら兵舎の方へ来てほしいそうです。ガリオン様がお待ちだとか。」
「なるほど、分かりました。仲間とも相談をして向かいたいと思います。」
せっかく祭りもやるらしいので、そのことについても話しておきたいので、ひとまず承諾の返事をしておく。
「わかりました。では、確かにお伝えしました。私も時間があったら見させていただきます。」
「できるだけやってみます…。」
(あまり大層な挨拶など期待しないでほしいのだが…。)
悠仁は疲労もあって苦笑いになりながら、店主を見送った。
久しぶりの日常シーンですので、そこも楽しんでいただければと思います。




