凱旋①
――未開のダンジョン第4階層 ゴルド領 首都ヴォーマから約1km
「やっと…やっとだな…。」
「そうね…って!ちょっと、しっかり手綱握ってよ。これ軍用馬じゃないから、手綱を離したら逃げちゃうわよ。」
「あぁ、そうか…。」
ふらふらになって今すぐにでも寝たいカインが手綱を離しそうになってしまっているのを見て、フルールが注意する。当のフルールはというと、カインにもたれかかってご満悦の様子だ。
悠仁とミーナ、アリスとステラ、カインとフルールというペアで馬に乗り早30分、ヴォーマが見えてくるところまで帰ってくることができていた。
ゴルド領は地面が溶岩でできていて、空気中には少量の火山灰、空は常に曇天で、何の効果なのかやや赤いので、全体的に暗い雰囲気を持っている領だ。遠目に見えるヴォーマは、さながら魔王の城に見える。もう1kmくらいの距離に近づいているのにそのシルエットくらいしか見えないのは、火山灰の影響だろうか。
「あっちは盛り上がってるわねぇ…。」
「何だ、うらやましいのか?」
「そ、そういうのじゃないってば!…っていうか、先輩ってそんなこと言うキャラでしたっけ…?」
「ロールプレイってやつだよ。確かに、現実じゃ言わないかもな。」
ゲーム内では悪役を演じたり、現実では悪人なのにとても心根の優しい人物を演じたり、ゲームの世界の中では自由にキャラづくりができるのもゲームの魅力だろう。現実の本人を知っている人からすれば、違和感しかないが…。
「ま、まぁ?羨ましいっていうのがウソかと言えば…。」
「何か言ったか?」
「……ねぇ、先輩。」
「ん?どうした?」
ミーナが急に神妙な顔をして尋ねてくる。実際には悠仁の前にミーナが座っているので顔は見えないのだが、その口調、雰囲気からそんな顔をしているのは想像がついた。
「…カインって、フルールが好きなのかな。」
「あー…。」
悠仁は昔からいつもこうだった。自分はそんなに恋愛経験をしたことがないのに、恋愛相談っぽいことをされる質なのだ。ミーナの、怪我をしたカインを見る目を見ていて何となく想像はついていたが、まさかこんなストレートに聞かれるとは思ってなかった。
「どう、だろうなぁ…。必ずしもそうとは言い切れないんじゃないか?確かに雰囲気は良さそうだけど…」
これが限界だった。フルールがカインの元恋人によく似ているのは、前に聞いたことがあった。それがそのまま恋愛感情につながるといえば、そうとは言い切れない。むしろ逆に敬遠している可能性だってある。ただ、近頃の雰囲気を見ているとどうとも言えない感じで、悠仁にはこの回答が精一杯だった。
「まぁ、先輩にもわかりませんよねぇ…。」
「うん、まぁ、そういうことだ。本人に聞く…ってのは無理かもしれないが、もう少し観察してみたらどうだ?」
当たり障りのないことを伝える。一番角が立たない方法を選んでしまうのは、社会人の良くない癖だろうか。
「はい、そうします。あっ!この話をしたことはみんなに内緒ですよ!」
「わかってるわかってる、話さないって。」
戦闘が終わったことで少し気が緩んでいるのだろうか、ミーナは歳よりもすこし幼い、無邪気な印象を発していた。
「ふ、二人は何を話しているんでしょうか…。」
「何かしらねぇ…。」
そんな二人の会話にアリスとフルールは聞き耳を立てていたが、聞こえることはなかったようだった。
内緒話というのは、二人乗りの馬の上が一番安全らしい。歩けば追いつかれ、走れば話せない。前を行く馬と後ろの馬の間には、声の届かない適度な距離があった。
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――5分後
「だから先輩はいつも……?」
ミーナが急に静かになり、街の方を見ている。
「…どうした?」
「いや、危険はないと思うんだけど…。なんか、視線を…。」
ミーナが真剣に街を見ているので、悠仁は不安になる。
(まさか、知らないうちに街が襲われて…)
ただ、それは杞憂だった。しばらく近づいて門が見えてくると、しっかりと門番が二人、その前で待っていた。向こうもこちらを認識しているようで、特に道を塞ぐような仕草はしていなかったが、そのまま門の前まで来ると一応止められる。
「お待ちください。一応、確認をさせてもらいます。身分を明かしてください。」
「クラン『パーチ』のマスターYujiと、そのクランメンバー5人です。」
「冒険者の場合はプレイヤーカードを見せてください。」
「はい、これになります。」
悠仁は収納から自身のプレイヤーカードを取り出して門番に見せる。
「…はい、確認しました。すみませんね、これも仕事なので。」
門番は申し訳なさそうにプレイヤーカードを返してくる。このように雑な仕事をしないことが、単調な作業には必要なのだ。特に門番は街を守る最後の関門だ。ここがいい加減な仕事をしていると、いつ街が襲われてもおかしくはない。
「いえ、仕事ということは分かっています。気にしないでください。むしろ、顔パスなどをしないことに安心しました。」
「そういっていただけると何よりです。では、中へお入りください。ただ…。」
「ただ…?」
急に、門を通すこと以外の話をし始めたので、悠仁は動かし始めていた馬を止める。馬は急に手綱を引かれて戸惑ったようだった。
「いえ、なんでもありません。どうぞ。」
門番はもう一人に目配せをして、門を開けさせる。すると…。
「「「「「わぁああああああああああ!!!」」」」」
まず悠仁達の目に入ったのは、人、人、人。この街にこれだけの人がいたのだろうかと思ってしまうほどの人だった。次に感じたのは音。これだけの人間が発する歓声を一身に受けたことはなかった。まるで、音で体を叩かれているような錯覚に陥る。
「なんだこりゃ…。」
先頭を歩いていた悠仁の馬に、カインが並んでくる。カインもこの状況に戸惑っているようだった。
〈ありがとー!〉
〈冒険者!やるじゃねぇか!!〉
〈こっち向いてー!!〉
〈あのローブの人かっこいー!〉
民衆が口々に言葉を投げてくる。とりあえず歓迎されているムードのようで、道は空けられているので、馬が暴れださないように制御しながら真ん中を通っていく。まるでパレードのようだった。人々の中には、ハシルの村で助けた人もいた。笑って歓声を上げている人、泣いて下を向いている人、跪いてこちらに祈りをささげている人、皆様々な様子で迎えてくれていた。
(まさか、ここまでの騒ぎになるとはな…)
恐らく、ここへ戻ってきた兵士が討伐したことを漏らしたのだろう。ご飯ものの露店を準備している者も見え、街は完全に祭りムードだった。
ひとまず悠仁達は、一度自分たちが泊まった宿を目指して、軽く手を振りながら馬を進めていった。
歓声の中を進みながら、悠仁は妙な面映ゆさと闘っていた。礼を言われるために戦ったわけではない。それでも、救われた人の顔がこれだけ並ぶと、やってきたことの意味が嫌でも形になって見えた。




