総攻撃④
「へへっ…意外と軽いな…。」
「無理すると後が大変よ。」
「こんの筋肉バカ…。」
フルールとミーナはその姿を見てあきれている。あまりに破天荒な行動にゴルド軍の兵士も唖然としていたが、すぐにカインの援護に入る。二人はカインが攻撃を抑えることを信じていたのか既に弓を構えており、次の攻撃を行おうとしている。
ドドドドンッ!!
こちらを睨みつけている(ように見える)エンフィールドの後方で別の分隊が攻撃を行っている。二人の放つ矢の速度がいかに高くてもさすがにエンフィールド程のモンスター相手に正面から挑むのでは防がれてしまう。それを防ぐように後方では次の攻撃に備えて支援攻撃を行ってくれていた。
「アアアアアアアアアアッッ!!!」
度重なる弱点を突かれる攻撃と、ダメージはそれほどでもないが鬱陶しい攻撃に痺れを切らしエンフィールドが癇癪を起こした子供のように叫んで触手を振り回す。その風圧だけでダメージを受けてしまいそうになる程の勢いだが、狙いを澄ましていない攻撃は空を切るだけだ。カインとゴルド軍兵士も早々に後退し、その攻撃を眺めている。
「おーおー、怒っちゃってまぁ。」
カインがその様子を見てにやりと口角を上げる。余裕が無くなっているならこちらとしては好都合だ。そういう対象は無策なことが多い。
「私はあなたの怪我が気になるわよ。はいこれ。」
フルールがカインの口にポーションを運ぶ。両手が塞がっているカインは素直にそれを飲ませてもらう。まるで親鳥から餌をもらっている小鳥だ。先ほどの攻撃を受けた際にまた左腕に重傷を負ったのかだらりとぶら下がっている腕が淡く光る。感覚を確かめるように腕を動かすが、その額には脂汗が浮かんでいる。
フルールは心配そうにカインを見ているが、いつまでもそうしているわけにはいかない。ミーナにアイコンタクトを送って再度弓を構え、狙いを定める。先ほどと違い、正確な攻撃を放ってくるわけではないものの、怒りに任せて体を動かしているため難易度は上がっているが…。
「「ふっ!」」
またも同時に矢を放つ。その綺麗な直線は未来予知をしたかのように頭頂部の体に命中する。命中した元々の体からは血が噴き出す。とはいってもごく少量だが、ただこの攻撃で防御特性を変更できるのだから意味は大いにある。
怒りに任せた人間が地団駄を踏むようにバンバンと触手を地面に叩きつけている。その一回一回で地面が大きく揺れており目の前の光景がなかったら地震かと疑う揺れだ。だがこうなってはもう赤子の手をひねるような作業だ。悠仁は口をつけていたポーションの瓶を投げ捨てて杖を構える。
「顕現せよ我が炎 峻烈なるその揺らぎで包み込み 焼き尽くせ!」
注ぎ込む魔力量を増やして詠唱をした。杖の先についている宝珠がいつもよりも輝いている。
「……Yuji、張り切ってる。……じゃあ、私も、出すね。一枚、高いけど。」
ステラも気を良くしたのか古めかしい羊皮紙で作られたスクロールを取り出す。いつもは赤い蝋封なのだが、そのスクロールは青い蝋封がしてあった。
「……普通のモンスターには、もったいなくて使えないけど。……これくらいの敵には、いいよね。」
ステラが封を解く。解いた瞬間、スクロールがパリパリと電気のようなものを纏い始めた。
「……いくよ。」
ステラが悠仁に目配せをしてくる。時間がずれてしまうと防御特性が変化してしまうため時間を合わせるためだった。悠仁はこくりと頷いてその魔法名を宣言する。
「フレアトルネード!」
「パニッシュメント!」
悠仁と同時にステラもスクロールに収められている魔法を開放する。悠仁の唱えたフレアトルネードでエンフィールドの頭頂部にある体が炎に包まれ、ライトニングボルトを発動した時よりもさらに上空、本当の空があるくらいの高さで暗雲がたちこめる。その間にもゴルド軍の魔法兵が頭頂部の体目がけて魔法を放っている。
「グギエェェエエエエ!!!」
相も変わらず汚い悲鳴を上げながら暴れているが、悠仁のフレアトルネードが解けるくらいの時。
バァァァァアアアアン!!
轟音が響く。
反射的に目を瞑ってしまったが、しっかり確認するとアリスが使用するプロテクションと同じ色のような巨大なメイスがエンフィールドの頭頂部を打ち付けていた。
カーディナルの5小節魔法を、たった一枚の紙で――あの夜のダムネーションライトニングと同じだ。本来その職に就かぬ者が、神の鉄槌を振り下ろしたのだ。
「……まだ2回目だけど。この魔法、ほんと、豪快だよね。」
ステラが満足そうにうなずいている。どうやらこの攻撃はステラが放ったもののようだった。エンフィールドの頭頂部にある元々の体の体組織をつぶすには十分な威力だったようで、アニメで見るようにべコリとへこんでしまっている。
「ア……アァ………」
エンフィールドは前のめり(どちらが前なのかは未だにわからないが…)になり、その巨体と地面が合わさる。
ズズゥン……。
血と砂煙を巻き上げながらその体を横たえる。こちらに頭頂部を見せるような形で倒れているのだが、肝心の頭頂部はつぶれており、液体がどろどろと流れ出していた。
「気持ちわる……ってかくせぇ……」
カインが手の甲で鼻を押さえながらエンフィールドを見ている。動きを止めたエンフィールドを見てガリオンも悠仁に駆け寄ってくる。
「仕留めたのか…!?」
(だからそれは言っちゃダメだって…)
悠仁は呆れながらもガリオンの姿を見る。ガリオンの顔には無数の切り傷があり、積極的に戦闘に参加していたことが見て取れた。やはり後方で指示を出すよりも前線で剣をふるう方がガリオンの性にあっているのだろう。
「わかりませんが…、とりあえず動きは止まりましたね…。」
悠仁はまだ警戒しながらその体を見ている。すると。
ゴロリ…。
エンフィールドの、潰れて中身が見えてしまっている場所から何かが出てきた。ぴくぴくと小刻みに動いているように見える。
「…なんだあれ。」
カインが近づこうとするが。
「ちょ、ちょっと待ってって。」
悠仁がそれを制止する。
「何だよ。」
「お前ぼろぼろじゃねぇか。ちょっとここで待ってろ。見て来るだけなら俺がするから。」
カインの体は既にぼろぼろだ。左腕もまた動かなくなっているようだった。それならばまだ動ける悠仁が見に行った方が安全だと考えられる。
(こういった時能力の高いフルールなんかに行かせてもいいんだけど、さすがに女性に行かせるのも気が引けるからな…。)
後は男のプライドだった。
「そうか、じゃあ頼んだ。正直言うともう痛い通り越して感覚ねぇんだわこの腕。」
カインは動かなくなった左腕を右手で持っている剣の柄でコンコンと叩いている。
「ちょっと、ちゃんと治療しなさいって。ほらとりあえず応急処置するから…。」
「あ、私ポーション持ってるから…。」
ミーナとフルールがカインの治療を率先してやろうとしているが、急にかいがいしく治療されてカインは少し押され気味だった。
(ま、そこは素直に看護されててもらうとして…。)
悠仁はエンフィールドの体から転がってきたものを見据えて歩き出す。
「Yuji殿、一人で大丈夫か?」
ガリオンが歩き出した悠仁の背中に声をかける。その声は心底心配そうだった。
「大丈夫です。ちょっと見て来るだけなので…。何かあった時には皆を守ってください。特にうちのクレリックは意識を失っているので…。」
悠仁は後方で横たわっているアリスに視線を向けながらガリオンに頼む。
「Aliceさんのことだな。わかった、責任をもって守ろう。」
「お願いします。」
アリスのことをガリオンに頼んで悠仁は再度歩みを進める。近づいていくと段々とその正体が明らかになってくる。
(何が動いてんだあれ…。真っ赤だな…。……もしかして…。)
段々と見えてくるその物体の詳細を脳が処理して、悠仁が知っているある物と結びつける。その物体は直接見たことがあるわけではないが、書物や映像で見たことのあるものだった。
「心臓…?」
真っ赤に染まったそれは人間のものよりも少し大きめの心臓のようなものだった。規則的にビクンビクンと収縮を繰り返している。その心臓からは蜘蛛の巣のように何本も血管のようなものが伸びており、それはそれぞれの触手につながっていた。
触手につながっている血管を視線でたどると、それは触手につながれていた。攻撃によって表皮が切れている触手は中身が見えてしまっており、中には遺体がぎっしりと詰まっているのが見えた。
(これで遺体からエネルギーを吸い上げて動力にしていたのか…。)
触手の中には苦悶の表情を浮かべた遺体があった。村人と思われるものや兵士の者と思われる顔がいくつもあったが…。
(もう言わなくていいだろう。このショッキングな光景をわざわざ見せる必要もない。)
仲間が、領民が死んで心を痛めているゴルド軍兵士や、疲れ切っている仲間にわざわざこの光景を見せなくてもいい。このことは自分の胸の中にしまっておくことにして、悠仁はその心臓と思われるものを見る。
(つまりこれを壊せば全部が終わるってことか。)
その心臓を潰せば、全てが終わる。それが手に取るように分かった。
(これで全部…)
その柔らかな表面は悠仁の持っている杖の先で突いてしまえば簡単に破れてしまうだろう。悠仁は両手で杖を持って先を心臓に向けたまま振り上げる。しかし。
グォッ!!
(!!!!????)
もう動きを停止していたと思っていたエンフィールドの体が動き出した。触手が振り上げられて完全に悠仁をとらえている。それを振り下ろされたら悠仁の体はひしゃげるどころか血だまりに早変わりするだろう。
(これ前にも経験したことあるぞ!?)
イザベラが変化したリッチと戦った時、まだアリーシャにいる時に同じような場面に遭遇した。その時も警戒を怠ってしまいこのような状況に陥った。
(なんでまた繰り返した!?!?)
長時間における戦闘と、倒したと思ったことによる安堵で完全に警戒心が解けてしまっていた。振り上げられた触手は一時停止して悠仁の方へ向かって動き出す。
(なんでこうなった……!!)
きたる確実な死に対して悠仁は目を閉じる。後ろでは仲間の、自分を呼ぶ声が聞こえている気がしたが振り向く余裕も、目を開ける勇気もない。
……………………
…………
……
「……?」
来るはずの衝撃がこない。
(もしかして、もう俺死んだ…?)
悠仁はその瞼をゆっくりと上げると。
グググググググ……
青い障壁が、エンフィールドの触手の動きを止めていた。
(まさか!)
悠仁が振り返ると、仲間がいる場所ではステラに肩を貸してもらって辛うじて立っているアリスがこちらに杖を向けて、苦しそうに笑っていた。
『だめですよ。』
アリスの口がそう動いたように見えた。
「まったく、前もこうやって助けられたっけか…。」
前回も死んだと思った相手に近づいて奇襲をもらいそうになり、アリスのプロテクションで守ってもらった。悠仁は自分の不注意を戒めながら壁を避けて、その心臓に杖を突きさす。
ブシァァアアアアアアア!!
突き刺した場所からは、その心臓の容積を遥かに超える血が噴き出した。
「ふんっ!」
怒りを込めてさらに力強く心臓に杖をねじ込む。
20秒ほど経ったころだろうか、血も噴き出し終わって、心臓も動きを止めていた。辺りは血だまりになっており、悠仁の体も血でまみれていた。
悠仁は空を見上げる。
「あぁ…疲れたなぁ…」
こうしてエンフィールドは生命活動を停止して、パーチ、ゴルド軍合同のエンフィールド討伐作戦は辛うじて勝利に終わったのだった。
歓声は、すぐには上がらなかった。誰もがまず隣の顔を確かめ、生きていることを数え、それから座り込んだ。勝ち鬨よりも先に、あちこちで長い息を吐く音がした。失ったものの多い勝利とは、こういう音がするものらしい。
パニッシュメント(魔法)
神聖属性5小節魔法。通常カーディナルしか使用できないこの魔法は神の鉄槌を相手に叩き落とすものである。見かけは完全に打撃攻撃なのだがれっきとした魔法攻撃である。上空に神の鉄槌の模倣品を創造し、それを叩きつけるだけなのだが、シンプル故その威力は凄まじい。
最後の斉射の前、戦場が一瞬だけ静かになった。
エンフィールドは、もう図案の落ち着きを失っていた。片目で、片脚で、継ぎ目という継ぎ目から煙を上げて、それでも立っていた。狐の頭が、ゆっくりと戦列を見渡した。値踏みの目ではなかった。強いて言えば——数え直す目だった。自分が屠った数と、それでもまだ立っている数を。
「構え!」
号令に、槍が鳴った。弓が鳴った。詠唱が、幾重にも重なって鳴った。人間の側の音が、初めて、あれの咆哮より大きくなった夜だった。




