総攻撃②
「…プロテクション!」
悠仁の前方でアリスの声が聞こえる。ただ、アリスの目の前にある光の障壁は初めの頃に比べて薄く、範囲も狭かった。あれでは魔法、物理攻撃でも簡単に破られてしまうことは火を見るよりも明らかだ。
(限界か…!)
無理もない。ずっと自分を含めてカイン、他のメンバーをエンフィールドの攻撃から守っているのだ。時折周りのゴルド軍兵士の回復にも回っているようで完全にオーバーワークだ。その証拠に足元には無数のポーションの空き瓶が散乱している。
(あの量じゃ…、もうポーション酔いを起こしているはずだ…。)
悠仁は持てる力全てを使って走る。まだ数十メートル距離がある。無限にも感じられるその道のりをただひたすらに走った。
エンフィールドは無限ともいえるスタミナで6本の触手、3本の尻尾を動かして物理攻撃し、魔法と、時折頭頂部にある口のような器官から液体を飛ばしている。今前線にいるのはパーチのメンバーを含めてたったの15人弱。生きているのが不思議な状態だ。
悠仁の横を走るガリオンの表情も必死だ。歯を食いしばり、走り続けている。
(あと少し…!)
後30メートル弱、その距離まで近づくと遂にアリスが膝を折る。プロテクションが映りの悪くなったブラウン管テレビのようにちらついて、消え去る。すぐさまエンフィールドの触手がアリスに狙いを定めて攻撃を放ってくる。ただの物理攻撃だが、その質量は凄まじく、当たったらローブ職のアリスはひとたまりもないだろう。
「Aliceさん!」
エンフィールドは自身に対しての脅威度も判断できるようでプロテクションを維持できなくなったアリスを真っ先に攻撃しようとする。常に周りに気を配りながら行動していたのかフルールが素早くアリスを抱えて攻撃を回避しようとするが、間に合いそうにない。さすがに全力の状態でないのに人一人を抱えて跳ぶのはフルールでも無理がある。
「うぉぉおおおお!!」
ゴルド軍兵士の一人が盾を持ってその攻撃を防ごうと二人の前に出る。両手で盾を持って攻撃を真正面から受けるが…。
ゴゴキャ…!
耳に残るような嫌な音がする。攻撃は確かに盾で防ぐことができていた。しかしその触手による打撃は重く、盾の上からでも兵士の骨を折るには十分な威力を持っていた。振り抜かれた触手で兵士の体は宙を舞い、走るガリオンの横で転がる。動いているので生きてはいるようだが、戦線復帰は無理だろう。ただ、そのおかげでフルールとアリスは触手の攻撃範囲から離脱することができた。
「なんて攻撃だ……!」
ガリオンが兵士の体を目で追いながら呟く。人一人が20メートルも飛ばされるほどの威力だ。通常なら死んでいてもおかしくない。
そして遂に全軍がエンフィールドの場所まで到達する。
「展開!包囲しろ!分隊の構成はそのままだ!特に後方についたものはすぐに攻撃を開始しろ!」
ガリオンの指示で全軍は素早く展開し、エンフィールドを包囲する。さすがにこの辺は統率の取れた軍隊だ。あっという間にエンフィールドを包囲して後方では既に攻撃が開始されている。
「状況は!?アリスは無事なのか!?」
悠仁はすぐにメンバーの元へ駆けつけて状況確認をする。アリスはフルールに横たえられていた。大打撃を受けたわけではないので致命傷というわけではないのだが、意識は朦朧としているようで何が見えているのかその手は宙を掴もうとしている。
「大丈夫だ、ここにいる。大丈夫…。」
悠仁はすぐにその手を掴んで声をかける。アリスの神官服の袖はぼろぼろになっており、右側に至っては肩から先はちぎれていた。白磁のように白い腕には無数の擦り傷と切り傷があり、血を流していた。魔法で防御をし、カインの援護があったにも関わらず足や頬にも怪我をしており、戦闘の熾烈さを物語っていた。
「すぐに回復を…!」
悠仁は収納の中から等級の最も高いヒーリングポーションを取り出してアリスの口に運ぶが素直に飲めないのか、口の端から赤い液体が流れてしまう。
「無理か…」
さすがに意識が混濁している状態では飲めないようで、悠仁は仕方なく傷口に直接ポーションを垂らす。飲むのと違い局所的で、しかも効果が落ちてしまうが回復効果はあるため、傷口にかけ続ける。
3本ほど使い切ったところで目立った外傷は塞ぐことができたが、ポーション酔いが酷く混濁していた意識すら手放してしまったようで悠仁が掴んでいた手からは力が抜けていた。悠仁の腕の中で力なく体を預けているアリスの体を、悠仁はゆっくりと、優しく地面に横たえる。
(とりあえずアリスは死んでない…、切り替えろ…。ここで俺達も死んだらアリスも死ぬ…。今の状況をしっかり判断して、俺たちの邪魔をするあいつを……)
悠仁はエンフィールドを見据える。その瞳には怒りの炎を湛えていた。
(倒す…!!)
「カイン!どうだ!」
悠仁の声を聞いたカインは周りの兵士の状況を見て安全だと判断したのか、バックステップをして悠仁の横まで戻ってくる。「どうだ」の一言で状況確認をしたいのだとわかったカインは今わかっている情報を共有する。
「あぁ、今のあいつには物理攻撃も魔法攻撃も効くみたいなんだが、タフすぎるぜ…。完全に根競べ状態だ。あいつの触手、マジで厄介でよ、後ろを向いてても正確にこっちを攻撃してくるんだぜ…。」
カインは疲労感を隠せない顔で悠仁に状況報告をしてくる。その精悍な顔にはアリス同様無数の傷があり、頭から血を流していて左目はふさがっていた。
「おいお前!」
悠仁がよく見ると盾を持つカインの左腕はだらりとぶら下がっていた。
「…あぁ、攻撃を防いだ時な、たぶん完全に折れちまってる。開放骨折はしてないみたいだが、粉砕骨折はしてるかもしれないな。」
「すぐにポーション飲め…ってその暇なかったんだな。今のうちに飲んでおけ。痛みくらいは引くだろ。」
悠仁は収納からポーションを取り出して両手がふさがっているカインの口に運んでやる。それを飲み干すとカインは左腕を動かし始める。
「おいおい、動かせるのか?」
「まぁ激痛で意識飛びそうだけどな。ただこれがあれば残機プラス1って感じだ。」
確かに一回の防御ならできるかもしれないが、それによって被る損害は、日常生活にも支障をきたすかもしれない。
この世界の怪我は現実の身体に写る。カインの言う「残機」は、冗談の顔をした本当の賭け金だった。それを知っていて、なお笑ってみせる。悠仁はその笑顔に、礼と詫びの両方を飲み込んだ。
「…無理はするなよ…。」
「…おう!任せとけって!」
悠仁の言葉に、カインはいつも通りの笑顔で応える。周りでは命を散らしている兵士がいるのだ。その状況でやめろとは口が裂けても言えなかった。そしてカインはそれを言われたとしてもやるだろう。
とはいえ、エンフィールドが全方位に攻撃できるとは言っているがさすがに80近い兵士を前にしているため1人当たりにできる攻撃の回数が減っているのは事実であり、話している間にもこちらに飛んでくる攻撃はなかった。
(体力化け物のモンスターはいるにはいるがなんでここまで…。)
ドゴォォォォォン!!と魔法兵が放った攻撃がエンフィールドにクリーンヒットする。何の魔法かはわからないがかなり大規模な魔法だったらしく、その爆発はエンフィールドが持つ触手の1本の一部を破壊することに成功していた。
(化け物と言っても、攻撃をし続ければ破壊でき……ん?)
悠仁は違和感を感じて目を凝らす。傷口がブクブクと泡を立てて再生している。それは先ほどからやっているので何ら不思議はないのだが、問題はそこではない。何かが見えた。そして悠仁の疑問を解決してくれるかのようにその傷口からぼとりとその「何か」が落ちた。
「う、うわぁあああああああああ!!」
それを見た兵士がパニックを起こした。それもそうだろう傷口から落ちてきたものは…
「おいおい趣味が悪ぃって…」
カインがそれを見て目を逸らす。落ちてきたものとは、一番初めにエンフィールドに攻撃をしかけたゴルド軍兵士のマシュー、その人の消化されかかっている顔だった。顔は老人のようにしわしわになっており、ぎりぎりその面影を見ることができた。
「……マシュー…!」
少し離れた場所で、ガリオンの喉から絞り出すような声が漏れた。
(つまり食った人間のエネルギーをそのまま自分の再生能力に変換していたからこその体力か…。)
桁外れの体力の謎は意外と早く解くことができた。エンフィールドは食った人間の体力をすべて自分のものにしていたのだ。そう考えれば納得がいく。奴が食べた人間の数は村数個分、そして兵士20名弱。恐らく最初の金属製のような毛も、食べた兵士の鎧などや武器をそのまま使用していたのだろう。
(つまり本当に根競べになったんだが…。それよりも…。)
自分の仲間が体の中に入っていることを見てしまったゴルド軍兵士の動きが鈍くなった。攻撃した部分から仲間の変わり果てた死体が出てきたのだ、躊躇するのも無理はない。その間に完全に再生を終えたエンフィールドの触手は兵士に襲い掛かる。
(どうすれば………。本当に根競べしか……。)
悠仁は思考する。本当に根競べしか方法がないのか。しかし攻撃の手が鈍ってしまった兵士たちとでは攻撃力に欠ける。このままではこちらが折れる可能性は十分にあるためもっと効率的な方法がないか頭をひねる。ただ考えている最中にもエンフィールドの攻撃は止んでいないため、早々に案を出す必要があった。
「……ミーナ!来てくれ!!」
近接武器と弓を器用に使いながら攻撃をしていたミーナは、悠仁の声が聞こえるとカインと同様にバックステップで戻ってくる。
「どうしたの?」
「あぁ、試しになんだがあの元々の体を狙ってくれないか。物理攻撃限定になるように魔法の強化が付与されていない矢で。」
「別にいいけど…。」
ミーナは悠仁に言われた通り収納からシンプルな矢を取り出して弦にかける。弓全体がしなり、弦が切れるんじゃないかと思えるくらい力強く引き絞る。ギリギリという音がその恐怖感を与えてくるが当の本人は当然のような顔でそれを使って狙いを定めている。
「……今!」
タイミングを見計らってミーナが矢を放つ。ミーナが放った矢はかなりの距離があるにも関わらず綺麗な直線を描いて、変形したエンフィールドの最も上に位置する元々の体に向かって飛ぶ。
ギンッ!!
矢を避けることをしなかったエンフィールドに直撃したものの、変形前と同じように攻撃は通らない。
「やっぱり通らないわよ。」
「……なるほど…。じゃあ…。」
悠仁は杖を構えて詠唱を始める。
「水よ 槍持たぬ我の槍となり 我らの敵を討て」
悠仁が持つ魔法の中で方向や威力のコントロールが細かくできる魔法だ。悠仁は試しということで杖に注ぐ魔力は少なくして氷の槍を3本だけ作り出す。
「……ここだ!アイススピア!!」
ミーナと同じようにタイミングとエンフィールドの体勢をしっかりと見定めながら魔法を飛ばす。しっかりと方向を変えて放った氷の槍の2本は防がれたものの、残りの1本は元々の胴体へ直撃する。
ブシュッ!!
「ギェエエエエエエエ!!!」
血が噴き出す。男性が金的をされたようにエンフィールドが叫び、暴れだす。
(これだ!!)
悠仁はすぐにガリオンの元へ走り出した。
その突撃で、ザンテが死んだ。
見せ場のある死ではなかった。崩れた僚隊を庇って隊列を半歩ずらした、その半歩の分だけ、鷲の前脚の爪が届いた。それだけだった。古参の槍兵長は、自分の隊の旗を一度だけ見上げて、何か短いことを言い、聞き取った者はいなかった。
「——ヒール! ……ヒール!!」
アリスの声が、二度、同じ場所に落ちた。二度目の声は、癒しの詠唱というより、呼び戻す声に近かった。届かなかった。神聖の光は傷を閉じるが、閉じる相手がもう戸口の向こうにいるなら、光は敷居の上で立ち尽くすしかない。アリスは三秒だけ目を閉じて、それから顔を上げ、次の悲鳴の方へ杖を向けた。中継の術士がその横顔を見て、自分も泣くのをやめた。
旗手のヴェッロは、旗を握ったまま、隊長の分まで背筋を伸ばした。旗は、立っていた。




