総攻撃①
「ヴェェェェェェ!!!」
走り出した悠仁の後ろからは再度エンフィールドの声が聞こえる。先ほどと同じような声なのできっと同じ魔法を発動しているのだということが予想できるが、後ろを振り向いている暇はない。悠仁とてアリスとカインよりは離れているとはいえ、まだエンフィールドの魔法射程範囲内だ。止まればそれこそ一瞬で捕捉される可能性がある。
悠仁が着ているローブはそれなりの品なので、多少の防御力は保証されているが、先ほどのエンフィールドの魔法はアリスのプロテクションに突き刺さるほどの威力、どこまで防げるかはわからない以上、博打はできない。
「はっ!はっ!」
悠仁は息を弾ませながら走る。後ろから嫌な予感が迫ってくる。あの触手で背中を撫でられているかのような感覚がして鳥肌が止まらない。次の瞬間。
ストトトトトト!!
悠仁の右、左、後ろの地面に黒色の矢が連続で突き刺さる。まるで悠仁だけを避けているかのように。土を抉る音が、踵のすぐ後ろで鳴っている。
(二人は!?)
悠仁が振り向いたその瞬間、見えたのはアリスの援護をするカインと、再度プロテクションを発動して自分とカインを守っているアリス、そして、目の前に迫る魔法の矢だった。
(死っ!)
眉間にまで迫っていた矢は確実に悠仁を殺すだけの威力を持っているはずだった。悠仁にはそれを避けるよほどの俊敏性はなく、死を覚悟して目を閉じた。しかし。
ふわっ。
悠仁の体を暖かな風が包む。この戦闘の最中、まるで心地良い天気の日に、草原にいるような気分になる。
死ぬ前の走馬灯かと思って諦め、来るはずだった痛みに耐えるために瞑っていた目を開けると、自分に迫っていた矢が脇に逸れて地面に突き刺さるのが見えた。
(え、なんで…。)
外的な力が働いたのは確実だったが、何が原因かまで考えている暇はなかった。その幸運に感謝して悠仁はそのまま後方まで走り切る。
「先輩!」
ミーナが駆け寄ってくる。走り出した体はブレーキをかけずにそのまま悠仁の胸に突っ込んでくる。
「死んだかと思いました…!」
「いや、俺もそう思ったんだが…。って今はそれどころじゃなくて…!ガリオンさんはどこだ!」
悠仁に尋ねられたミーナは遠くで後方にいる兵士へ指示を出しているガリオンを指さした。
「よし、ミーナは他のメンバーを連れて今すぐ2人の援護に向かってくれ。見てわかるようにあの至近距離に二人しかいないんだ。今すぐ向かってくれ。大丈夫か?」
「わかりました!」
ゲーム内ではタメ口のはずだったのに、いつの間にか後輩モードが出てしまって、丁寧語になっている。突っ込むのも野暮なのでそのまま放っておく。ミーナはすぐに他のメンバーを集めて前線の二人の元へ走り出していった。
胸にぶつかってきた時の、あの一瞬の強い力が腕に残っていた。口ではどう取り繕っても、身体は正直に心配していたのだ。それが分かるから、悠仁も何も言わなかった。
「よし、ひとまず…。」
ミーナ達が援護に向かったことを確認した悠仁はすぐにガリオンの元へ行き、話を始める。
「ガリオンさん!」
「おおYuji殿、無事だったか…!」
「私も死んだかと思ったんですが…。それはいいとして状況が変わりました。」
「そのようだな。」
ガリオンは既に分隊の一つにパーチの援護に向かうように指示を出していた。
「姿を変えたエンフィールドは魔法を使うようです。一番初めにここに連れてこられた兵士を攻撃した方法は分かりませんが、まだ未知の攻撃方法を持っている可能性があります。ただ、今までのように小型ではないので人数をかけて囲むことができるようになりました。」
「ふむ…なるほど…。ただ…」
ガリオンは周りを見る。周りは先ほどの魔法で負傷した兵士が大勢いた。衛生兵として参加していたクレリックも半分以上が被害に遭ったようで、負傷兵として扱われていた。そのせいかポーションは大量に消費されてしまい、特にヒーリングポーションは底を突きかけているようだった。
「動ける兵士があまりいませんね…。ここで負傷兵の救護に回っている人間まで回したら大けがをしている者は命を落とす可能性もある、というわけですね。」
「そうだ…、しかしあれを放置するわけにもいかない…。」
ガリオンもこの状況は理解できているようだ。今の状態のエンフィールドを放っておけばこの後何が起こるかわからない。可能であればここで討伐したいのだろう。
「……しばし待たれよ。おい。」
ガリオンは悠仁と話している間指示を出す側に回っていた傍付きを呼びつける。
「何か御用でしょうか!」
すぐさま駆け付けた傍付きは左胸に拳を当てて敬礼をしながら話を待つ。
「ビゲリ、今からお前に後方指示の全権を預ける。私は今からパーチの冒険者、そして動ける兵と共に前線へ向かう。わかったか。」
「ガ、ガリオン様自らですか!?そのようなことをしてもし命に関わることがあれば…!」
総指揮官が前線に行くことなど前代未聞である。確かに歴史上そういった将がいることはあるが、この状況で総指揮官が死亡すれば戦線は瓦解して散り散りに敗走することになるだろう。
「我らがここで食い止めなければヴォーマが危ない。ヴォーマがエンフィールドによって陥落すれば我が国の資源や民、技術は北の大国に全て奪われ、民は奴隷にされるだろう。それだけはなんとしても避けなければならない。」
「……」
ビゲリと呼ばれた傍付きは静かにその話を聞いている。
「お前なら言っている意味が分かるな。私の戦力も加えて全力であの怪物を止めなければならないのだ。」
「……わかりました。後方指揮の任、承ります。」
「うむ。後方はお前に任せる。私は今から動ける分隊を前線へ連れていく。頼んだぞ。」
ガリオンはビゲリの肩を掴んで後方指揮を任せた。ビゲリは覚悟を決めたように顔を上げる。
「はっ!お気をつけて!動けるようになった者はすぐに前線へ送ります!」
「よし。」
ビゲリに指示をしたガリオンは次に兵士の方を向き、大声で指示を出し始める。
「よく聞け!今より後方指揮はビゲリが行う!ここでエンフィールドを食い止めなければ首都で我らを信じている民が危険に晒される!それだけは何としても避けなければならない!動けるものは剣を、杖を持ち我と共に前線へ向かう!冒険者に頼り切りではなく自分たちの力で国を守るのだ!」
「「「おぉぉおおおおおおお!!」」」
威勢のいいことを言っているが、この状況はどう考えても劣勢だ。それはガリオン、そして周りの兵士もわかっているだろう。だがやらなくてはいけないこともわかっている。ここで悲壮感に包まれて、絶望していても状況は好転しない。それならいっそヤケクソでいい、自身を、周りを鼓舞して困難に立ち向かう方が建設的だ。
「Yuji殿お待たせした。すぐにお仲間の援護に向かう。」
「お願いします。人数が多ければそれだけ一人当たりのリスクも減らせます。」
悠仁の言葉に頷いたガリオンは腰に下げた剣をエンフィールドの方へ向けて叫ぶ。
「よし!いくぞぉぉぉぉおおおお!!我に続けぇぇええ!!!」
後方で指示を出していた時よりも生き生きとしているガリオンを見ると、元は前線で戦う剣士だったのかと思える。指示を出すよりもよっぽど似合っているような気がした。
先頭を走る指揮官の背中は、それ自体が一つの号令だった。言葉を重ねるよりも、同じ危険の中に身を置くこと。兵士たちの足音が、さっきよりも揃って聞こえた。
ガリオンの後ろについてきている兵士は100もいない。それだけ負傷、もしくは死亡してしまったのだ。ガリオンと悠仁はそれらの兵士の前を走り、仲間の元へ急ぐ。遠目に見えているゴルド軍の兵士が触手で首を刎ね飛ばされるのが見えた。




