反撃②
「おま!無茶するなって!」
カインが、横に戻ってきたフルールにやや怒りを孕んだ声を投げつける。
「あら、心配してくれてるの?」
「いいから後ろ下がっとけ!」
カインはフルールの肩を掴んで自分の後ろに引っ張る。乱暴に扱われているはずなのに、フルールは少し嬉しそうだった。そんな二人を睨みつけるモンスターが目の前にいた。今まで痛みを経験したことがなかったのか、その眼は怒りを湛え、瘴気となって体から漏れている。離れて見ている悠仁の肌までちりりと粟立つほどの、剥き出しの敵意だった。
「ペネトレイト…ショット!!」
ミーナはエンフィールドが攻撃に移れないように矢で牽制する。しっかりと物理攻撃だけが通るように矢を選択して使用し、物理防御を促す。
ギンッ!
その矢がエンフィールドの皮膚を穿つことはなく、地面に落ちる。この瞬間、物理防御に移ったことが分かったため、すかさずステラがスクロールを開く。
「……ライトニングボルト」
無詠唱の魔法はただでさえ脅威となる。今現在、物理防御に特化したエンフィールドにとって、それはもはや致命傷ともなり得る。スクロールがハラハラと崩れ落ちた数瞬後、エンフィールドの上空が暗くなる。
「ガァァァ!!」
エンフィールドは前回の戦闘時にライトニングボルトを受けたことがあるため、この予兆も見たことがあった。しっかりと学習しているのか、すぐさま回避行動をとろうとする。が、それは叶わない。しっかりとそれを見抜いているメンバーが、パーチには存在している。
「逃げられたらスクロールがもったいないですからね。」
アリスは状況を正確に判断して、エアバインドを使用していた。回避行動を取ろうとしたエンフィールドの足は空気の蔓で地面に固定されていて、移動することはできない。以前のアリスの魔法であれば振り払うこともできたかもしれないが、今のアリスはカーディナル。魔法適性も使用魔力も増えているそれは、簡単には解除できない。
想像を超える攻撃に動揺したこともあり、エンフィールドは自身の防御特性を変化させることができず、上空から襲い来る雷撃をその体にまともに受ける。
「ギャァアアアアアア!!」
腹にある口からなのか、見える位置にある口からか分からないが、叫び声が聞こえる。先ほどフルールが切りつけた傷が開き、再度血が噴き出す。その量は明らかにエンフィールドの体積を超えているが、どこから出ているのか。腹からは緑色の腐臭を放つ液を垂れ流している。
「おっしゃ!!交代だ!」
すぐさまカインが攻撃に移る。
「待てカイン!早まるな!」
この作戦は焦りが禁物だ。意図的にエンフィールドの防御特性を変化させるのが作戦の趣旨だが、それは見た目では判断できない――つまり魔法攻撃が防がれてから物理攻撃に、物理攻撃が防がれてから魔法攻撃に移る必要があり、今魔法攻撃を受けたエンフィールドが魔法防御へ変化したことを確認しない限り、その攻撃は無意味になる。
カインの思い切りとその行動力は大きな武器だが、タイミングを計り、慎重さを要求される場面ではデメリットになる。一閃の体勢に移行してしまったカインは、もう止まることができない。
「ちょっ!!」
しかも制止が聞こえているため、気持ちが剣に乗っていない。システムと気持ちが一致していない状態での攻撃など、通常攻撃と変わらないか、それ以下である。
ガギッ!!
案の定、まだ魔法防御に移行していなかったエンフィールドの毛はカインの剣を簡単に防ぐ。エンフィールド程のモンスターが目の前に来た獲物を見逃すような真似をするはずもなく、その怒りをしっかりとカインに向ける。
「うおぉぉぉぉぉおお!!」
エンフィールドがカインを睨みつけたその瞬間、横合いからの奇襲でエンフィールドの体は吹き飛ばされる。
「おら!こっちだ!」
カインが襲われると考えたのか、後方から迫ってきていた次の分隊が介入してきたのだ。前衛の兵士は盾を使って体ごと突進して、エンフィールドの体勢を崩す。その後には盾と剣を打ち鳴らして注意を引く。
「今だカイン!引け!」
悠仁がカインに指示を出すと、カインはフルールを連れてすぐに戻ってきた。
「助かったぜ!次はどっちかわからないから、もう一回確かめてくれ!!」
カインが身を引きながら、後退した兵士に声をかける。兵士は少しだけ振り向いてその声に頷き、再度エンフィールドを見つめる。
「俺たちは邪魔になる!一回戻るぞ!次の分隊に任せよう!」
悠仁が声を張り上げてメンバーを撤退させる。後ろにはすでに4番目の分隊が控えていた。先ほどカインを救ってくれた兵士と他の前衛の兵士は、エンフィールドの攻撃を盾で受け流しているが、攻撃の速度は増しており、攻撃にまで移ることはできていない。その細い尻尾と細い脚からは想像ができないような重い攻撃を何度も受けている様子を見ていると、あと何秒持つか、といった具合だ。
「くっそ!」
その様子を見てしまったカインは、撤退する足を翻して兵士の援護に向かってしまう。
「おいカイン!戻れ!」
それに気づいた悠仁がすぐに制止するが、カインは止まらない。カインの性格を考えれば向かってしまうのは分かるが、考えなしの行動に怒りがこみあげてくる。
(もう少し頭を回せ!自分がいなくなってしまったら、このクランを誰が守るのかなんてことくらいわかるだろ!)
心の中で悪態をつくが、それではカインは止まらない。悠仁は砂が少ない地面で砂埃が立つほどのブレーキをかけて方向転換する。
「アリス!頼む!」
横目で状況を見ていたアリスはすぐに停止して、悠仁の場所までやってくる。
「どうしますか!」
「カインの奴を連れ戻す。ただ、あいつは自分を助けてくれた人間が危険な目にあっていたら、テコでも動かない。だから援護をして、安全になったらそのまま連れ戻す。」
「わかりました。では急ぎます。」
アリスは全力で走っていた足を緩めて、小走りになりながら詠唱を始める。
「風よ 私達には重すぎるこの荷を どうか一緒に背負って」
アリスは悠仁にくっつき、傘を描くように杖で空中に円を描いた。
「アクセラレーション」
その魔法が発動すると、急に足が軽くなる。まるで足に羽が生えたようだった。その勢いを借りて、悠仁は素早く3番目の分隊にいる魔法兵の後ろまで接近する。それを掻き分けて戦闘の様子を見ると、既にカインは戦闘に参加していて、ちょうど尻もちをついてしまった兵士の代わりに攻撃を受けているところだった。
(すごいな…)
自分勝手な行動をする奴だ。いつもは一緒にいて楽しいのだが、こういう時の独断専行は勘弁してほしい。帰ったら絶対に説教をしてやる。そんなことを思いながら接近した悠仁は、カインの姿に見とれてしまう。
悠仁の目には追うことのできない攻撃を、簡単とは言わないが必死にいなしている姿に。自分よりも弱い人間の前に立って助ける、その姿に。エンフィールドの攻撃は凄まじいものだ。攻撃速度は高く、クールタイムなんて存在していないように見える。その一撃一撃は重く、カインの持っている盾からは眩いほどの閃光が出ている。
それらをギリギリとは言え防げているカインを見ていたら、怒りの気持ちも少し収まってきてしまった。
呆れと感嘆は、同じ場所から湧くものらしい。命令を無視する男と、人を見捨てられない男は同一人物で、切り離すことはできない。なら怒鳴るのは帰ってからでいい。今はこの背中を死なせないことだけを考える。
「…ったく。アリス、始めるぞ。」
「はい!」
アリスの元気な声を聞いて、悠仁は分隊に指示を出す。
「魔法兵はもっと距離を取れ!今までランダムターゲットはなかったが、いつそれが発動するかわからない!あの攻撃は俺達みたいな魔法職じゃ一撃で殺される!」
その声を聞いた魔法兵は距離を取り始める。
「そうだ、そのままいつでも魔法が発動できるように詠唱をしておけ!カイン!エンフィールドから距離を取れ!残りの兵士もだ!それだと魔法攻撃に移れない!そして何とかして援護しながら攻撃を当ててくれ!」
悠仁が前線で指示を出す。
「おうよ!任せとけ!」
カインが威勢よく返事をしてきた。本当に調子のいいやつだ。今の自分がどんな状況に置かれているかも知らないで。
カインが大きな声で返事を返した次の瞬間、前足で仕掛けてきたエンフィールドの攻撃を力強く弾き、体勢を崩させる。
「よし!やれ!」
カインが他の前線兵士に指示をすると、他の兵士は一斉に攻撃を行った。
ガギンッ!!
また金属音と共に攻撃が弾かれる。この瞬間、物理防御になっていることが分かった。
「今だ!」
「エアバインド!」
悠仁が魔法兵に指示を出す。指示と同時に、エンフィールドはまたアリスによる行動阻害をかけられ、前衛の攻撃に合わせて詠唱を進めていた魔法兵はすぐに詠唱を完了させて魔法を発動する。氷の槍や火球、黒い魔法で作られた剣など、悠仁が見たこともないような魔法が混ざっているが、それらが全てエンフィールドの方向を向き、放たれる。
「引くぞ!遅れるな!」
カインは周りの兵士に指示を出す。その声を聞いた兵士はすぐにエンフィールドから距離を取って、魔法攻撃の余波から逃げる。
ズガガガガガ!!!という、まるで工事現場のような音を立てながら、エンフィールドはその攻撃を全て受けていく。たいていのモンスターなら、この攻撃を受けた時点でバラバラになっていてもおかしくない。魔法同士が干渉したのか水蒸気が発生しており、その姿を見ることはできないが、魔法の着弾点からはくぐもった声が聞こえている。
「よし!今の部隊は次の分隊と交代しろ!」
悠仁が指示を出すと、3番目の分隊は引き上げて次の分隊と交代する。その後ろには消耗品を持った分隊が戦闘に巻き込まれない位置で待機しており、さらにその後方ではガリオンの指示のもと、負傷兵の治療が行われていた。
交代の波は、少しずつ形になり始めていた。攻める者、退く者、備える者、治す者。ばらばらだった軍が一つの呼吸で回り出す。この歯車の音が続く限り、勝ち筋は切れない。
(いや、こっちを担当してもらいたいんだが…。)
何故か成り行きで前線指揮をしてしまっている悠仁は、そのガリオンの姿を見て心の中で突っ込んでしまった。だが緊迫している前線でそんなことを言うわけにもいかず、留まり続ける。
「やったか!?」
水蒸気の向こうから出てこないエンフィールドを見て、兵士が声を上げる。
(それは言っちゃいけないんだが…)
そのお約束がゲームの世界にまであるわけがなく、だんだんと水蒸気が晴れてくる。どのようなダメージを負ったか確認したいが、なかなかそれは叶わない。
(くそっ…どうなってる…。)
一向に動かないエンフィールドにやきもきしていると、水蒸気の中からオレンジの光が見えた。その光がふっと悠仁の顔を掠め、後ろの兵士にぶつかる。
「…え?」
ボトリ…
柔らかいものが地面に落ちる音がする。いやな予感がするが、悠仁はその音の発生源に目を向ける。案の定そこにあったのは。
兵士の鎖骨から先、右腕だった。




