反撃①
――未開のダンジョン第4階層 ゴルド領東北東 ログハウス前
ザザザザザッと10数人の足音がエンフィールドに迫る。流石にこの人数が動くと音も振動も届くのか、エンフィールドは頭をあげて周囲の確認を始める。眠気の残っていた眼が、瞬きひとつで狩るものの眼に変わる。迫ってくる人影を見つけるとすぐに戦闘態勢をとるが、その時には既に、剣の届く間合いまで兵士が迫っていた。
「くそぉぉぉぉおおおおお!!」
自分が先鋒で、捨て駒に近いことは兵士自身もわかっているのだろう。少し自暴自棄になった声をあげながらエンフィールドを切りつける。
ガギンッ!!
重厚で硬いものに金属を叩きつけたような音がする。案の定その刃はエンフィールドにダメージを与えることはできずに弾き返され、攻撃をした兵士はゴムを殴ったかのように体が開き、自分の腹をガラ空きにしてしまう。
エンフィールドが持つ燃え盛る尻尾はその隙を見逃すことはなく、無慈悲にもその兵士の体を貫く。悠仁たちはその尻尾を前回よりも近くで見ることができたが、その形状は想像していたものとは違った。炎に包まれているのは確かなのだが、先端は鋭く尖っており突き刺すことに特化した形状だった。
兵士は最後の力を振りしぼってその自分の腹を貫いているその尻尾を左手で掴み、後ろを振り向いて叫ぶ。
「い、今だ!!やれ!!」
その傷ではもう助からない、それは一番近くにいた仲間がもう分かったのだろう。彼らとて戦闘経験のある兵士、傷を見れば致命傷かどうかはわかる。魔法兵は目に涙を浮かべながら杖の先に火球を作り出して攻撃を開始する。魔法兵が行った攻撃がエンフィールドに着弾するその前に、兵士は最後の力を振りしぼってもう一度攻撃を行う。
「うぉおおおおおお!!」
尻尾を掴んでいた手を放し、両手で剣を握り直して攻撃をした。体は空中に浮いているが、それはエンフィールドの尻尾が自身の体を貫いているからであり、その痛みは相当なはずだ。それでも兵士はその攻撃が反撃の初手だと信じて当てる。
ガギンッ!!
その攻撃は最初の一撃のように弾かれるが、それが目的である。兵士の手には、弾かれた攻撃で跳ね返った剣を把持している力はもう残っておらず、剣は弾き飛ばされて待機しているガリオンたちの方まで滑ってきた。
ガリオンも自身が命じた以上、兵士が命を懸けて行ったこと、命を捨てる覚悟をしていたことを重々承知している。それが指揮官の最後の役目であるように、剣にはもう一瞥もくれずにガリオンはその行く末を見据えている。
ゴォッと待機している悠仁達にも伝わってくる熱気と光を湛えながら、魔法兵数人が火球を放った。今はもう力なく項垂れている兵士で見えなかったのか、エンフィールドは回避行動が遅れ、その攻撃は直撃する。
「グォォォォオオオオオオ!!」
火球が全身を包み、その攻撃は直撃したのだと確信できた。火球の中からは苦痛に歪んだ叫び声が聞こえる。その声を聞いた悠仁は、自身の仮説は間違っていなかったと判断して立ち上がる。
「カイン、頼んだ。」
「おうよ!任せとけ!」
カインが走り出す頃に火球が霧散し、中にいたエンフィールドがその姿を現す。その体からは煙が上がっており、攻撃をした魔法兵は腐敗した肉が焦げる悪臭を感じていた。
(よし、いける!)
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――40分前 撤退後の作戦立案時
「恐らくですが、エンフィールドは物理攻撃と魔法攻撃の両方を同時に防ぐことはできないと考えられます。」
「それは…文字通りの意味だよな…。なんでそうだと思ったんだ?」
カインは、その言葉を理解はできているが理由がわからなかったのか、悠仁に聞き直す。
「それは私も気になるところだ。何故そう思ったのだ?」
「はい。まずあの防御力は異常です。ゴルド軍の兵士は上級職ではないとは言え、それなりの鍛錬を積んでいるのだから攻撃力もそれなりのはず。それなのに傷一つ負わないなんて、おかしいとは思いませんか?」
悠仁は自身の仮説を説明するためにガリオンに言葉をかける。
「あぁ、確かに。マシューは短気な奴ではあったが、軍の中でも剣の腕は低くはなかった。実際あいつに剣を教えてもらっている下の兵士がたくさんいたはずだ。」
「そこで考えたんです。その防御力は、何かを犠牲に得られているものではないかと。」
「それが魔法防御力ってことか?」
カインが自分の考えを悠仁に伝えるが、悠仁は素直に首を縦に振らない。
「それだと不十分だ。現に俺がお前を助けるために使ったファイヤーボールは、ダメージが通っていなかった。だが…」
悠仁は一呼吸おいて、二人を見渡してから言葉を続ける。
「あいつが物理攻撃を防いだ後の魔法攻撃は、ダメージが通っていた。確実にだ。ステラが使ったライトニングボルトを受けて、あいつは悲鳴を上げていたんだ。雷攻撃だけ効くかと思ったら、フルールのフレアジャベリンも効果があった。だが最後に放ったファイヤーボールでは、かすり傷しかつけることができなかった。つまり属性が原因ではないことが分かった。」
「ってことはつまり、どっちかを防いだ後はもう一方の攻撃が通りやすくなるってことか?」
カインは悠仁の言いたかったことをくみ取り、答えともいえる回答を導き出す。
「あぁ、恐らくその通りだ。あいつは片方の攻撃に対する防御力を飛躍的に上昇させられる代わりに、もう片方に対する防御力を著しく下げていて、その切り替えには短いが時間が必要なんだと思う。」
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「引け!俺達が前に出る!」
カインが攻撃をしていた魔法兵の背中に言葉を投げつけると、魔法兵は攻撃が通ったことに動揺しながら後退する。カインはできた隙間から素早く接近して攻撃を行おうとするが、火球が当たってから時間が経とうとしていた。
「私が行く!」
カインよりも敏捷性が勝るフルールが前に出る。
「あ!お前!」
カインの制止も聞かずに突撃したフルールは、短剣を取り出してエンフィールドの側面に刃を当てがう。右手で柄を掴み、左手は柄の尻に当てて刃を刺し込む。刺し込んだ刃をそのままに、通り過ぎるように切りつける。
「鋭刃」
静かにスキル名を呟いたフルールの短剣の先からは、血でいっぱいにしたビニール袋を破ったかのようにエンフィールドの血があふれ出す。フルールは返り血がかかる前に横を通り過ぎて、カインの横へ戻ってくる。
「ギェエエエエエエエ!!!」
汚い悲鳴を上げる。作戦は成功だった。
成功、という言葉の裏側で、悠仁は先鋒の兵士の姿を頭から追い出せずにいた。仮説を確かめる最初の一撃は、あの人の命で支払われた。この作戦が終わるまで、その勘定を忘れるつもりはなかった。
反撃の口火は、音のない一射だった。
ミーナは戦列にいなかった。開戦からずっと、右手の岩場を独りで移動し続けていた。ハンターの目は、獣の癖を数える。狐の頭が「別のことを考える」瞬間——次の狙いを選ぶ、あの一拍。頭が止まる。目が据わる。まばたきが、一つ。
(そこ)
「ペネトレイトショット」
射貫くためだけの一矢が、狐の右目を通った。世界がひっくり返ったような咆哮が上がり、あれの図案の落ち着きが、初めて崩れた。深追いはしない。ミーナはもう岩場を三つ移っている。「目は、あと一つあるからね」と、誰にも聞こえない声で言って、次の矢を番えた。




