一騒動
「大丈夫ですか?青木さん。」
石橋が心配そうに声をかけてくる。
「あぁ、大丈夫だ。体調が悪いわけじゃない。…悪そうに見えたか?」
「いえ、なんか仕事中、上の空みたいに見えたので…」
まぁそれはそうだろう。面倒事をなるべく避けて活動していたのに、ここ数日はどたばたしている。今日だってこの後に予定が入っていることを考えると、仕事も予定通りに終わらせなくちゃいけないし、懸念することは盛りだくさんだ。
手帳の隅には今日締めの案件が二つ並んでいて、定時までの残り時間を逆算する。ゲームの約束のために本業の段取りを組む日が来るとは、去年の自分に聞かせたら鼻で笑われそうだ。それでも不思議と、嫌な忙しさではなかった。
ちなみにカインからは
『さんくす!今日の飯は俺がおごるわ!』
と携帯にメッセージが飛んできていた。調子のいいやつだ。
「何かお手伝いしましょうか…?」
「え?あぁ、お前に手伝ってもらうようになったら、俺もいよいよ退職だな。」
「えぇ!それは困ります!」
「冗談だって。さぁ仕事仕事…。」
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――雑居ビル
「お帰りなさいませ青木様、現在ブースには空きがあるのですぐに利用することが出来ます。」
いつもの定型文を聞き、いつものように返す。
「じゃあお願いします、特に場所の指定はありません。」
「承知いたしました、ではこちらに手を入れてください。」
いつもの動作をこなす。
「最近は楽しそうですね。」
「!?」
ばっと音が出るような勢いで、受付嬢を見てしまう。
「あら、すみません。我々はゲーム内での出来事は全て把握しておりますので、青木様がゲーム内でどのような体験をしているのかを把握しているんです。」
「え、あぁ…そうなんですね。」
そこじゃないんだが…。まさか受付嬢が定型文以外を話すなんて考えてもみなかったから、驚いている。
そんな悠仁の驚きをよそに、機械についているランプがピッという音とともに緑に変わる。
「ありがとうございます、では下の部屋へお進みください。」
「え、えぇ。ありがとうございます。」
(ここ最近なんか色んなことが起きるな…。本当に大丈夫か俺…?)
不安になりながらもポッドへ入り、時間を確認しながら液体の充満を待つ。階段を降りる間も、なぜだか背中に視線が残っている気がした。
(時間はちょうどいいくらいか。さて、どうなることやら…)
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――ヴァリエスタ 大聖堂
「さて、時間ちょうどくらいだけど…」
「あ。Yujiさーん!」
Aliceがこちらに向かって手を振っている。ぴょんぴょんとジャンプをしながら存在をアピールしている。人よりも大きい胸部が上下している。
「…」
横に居るミーナは恥ずかしいのか、手は振ってこなかったがぺこりとお辞儀をしてきた。ログイン早々女の子二人に出迎えてもらうとか、随分いい身分になったものだ。
「あぁ、お待たせ。遅れてすまない。」
「いえ、私たちが早く着いていただけだから大丈夫です。」
「カインは来てないのか…?」
「私たちが来たときにはいらっしゃらなかったです。」
「そうか。じゃあ先に酒場に行ってるかもしれないな。カードで確認してもいいが、どちらにせよ酒場には行くんだ。ひとまず行こう。」
「わかりました。行きましょう!さ、ミーナちゃんも。」
「うん…」
ミーナはAliceに連れられて、悠仁の後ろをついてくる。
後ろから聞こえる会話は、ほとんどAliceの声だ。ミーナの返事は短く、時折こちらの背中に刺さる視線を感じる。昨日の今日で警戒を解けというほうが無理な話で、こういうものは時間をかけて薄めていくしかない。悠仁はあえて振り返らず、歩調だけを少し緩めた。
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――酒場「栄光の杯」
例のごとく角席に座る。
マスターがこちらを一瞥して、何も言わずに水を三つ運んでくる。数日通っただけの客の、連れの数を覚えている。無愛想の皮を被っているが、この店の商売はきちんと目の行き届いた商売だ。
「さて、まぁ食事はカインが来てからってことで。昨日のことは、何か事情があるんでしょ?」
「えぇ、まぁ。」
「せっかくだから、話せることだけでも話してくれるかな?」
さっさと用事を済ませるために、話を持っていきやすい方向へ誘導する。
昨日の夜の時点で、聞くべきことと聞かないでおくことの線引きは決めてあった。Aliceの過去の中身には踏み込まない。聞くのはミーナ側の事情と、これからの話だけでいい。
「ええと…」
そういうと、ミーナはAliceに視線を送る。
「まぁ、ミーナちゃんに話したことはYujiさんに話してしまっても大丈夫ですよ。」
「そう、じゃあ…」
そういってミーナは口を開き始める。
「Aliceはちょっと前までクランと、そのパーティーに入っていたんですけど。」
「あぁ、それは聞いたことがある。」
「そのパーティーでは酷い扱いを受けていたようで、前に少しだけ相談されたことがあったんです。私が居た街でもあまりいい噂は聞いてなかったですし、すごく心配していたんです。そこで昨日のあの光景を見たら、前のメンバーの人に捕まってるのかと思って…。」
「なるほど…。君は何でAliceが新しいパーティーに入ったことや、そもそもAliceのことを知っているんだい?」
「それは私から話します。」
Aliceがバトンタッチする。
「ミーナちゃんとは、もともと私がソロで活動している時に知り合った人なんです。たまたま複数人でないとクリアできそうに無いクエストがあったので募集をしたのですが、そのときに一緒になったんです。」
「ソロで活動していた時期があったのか。」
「はい。その時に色々気にかけてくれて、仲良くなったので珍しく関係を続けていたんです。レベルに少し差はありましたが、活動していた町が同じだったので、固定パーティーではないですがそれなりに一緒に活動をしていました。」
とりあえず黙って話を聞いておく。
「それで、私がその…、今まで居たパーティーだったりクランだったりの話を、酒場の手紙経由で相談したこともあったんです。それを聞いて結構心配してくれていたみたいで。抜けたことも、新しいパーティーに入ろうとしていることも馬車便で話していたので、気になって見に来てくれていたそうなんです。」
なるほど、話の流れは大体分かった。
「なるほど。友達を助けるためにこの街にきて、あの現場を見たから殴りかかったと。」
「はい…」
ネコ系の亜人特有のネコ耳が、しょんぼりするように垂れている。
威勢よく殴りかかってきた昨夜の勢いはどこにもなく、座り方まで一回り小さい。話を聞けば聞くほど、責める気は失せていった。手紙と馬車便だけを頼りに、友達の様子を確かめにこの街まで来る。その足の速さと拳の速さは、たぶん同じ場所から出ている。
「まぁ大体の話は分かった。そういうことなら気にしなくていい。」
「…え?」
「Aliceから詳しい話は聞いていないが、大変だったことは聞いているし、君も友達を助けるためにやったことなんだろう?ならそれはとても大切なことだ。まぁ確かに殴られたことはびっくりしたが、街中だったから死ぬことは無いし、気にしなくていいよ。」
「…そういっていただけると助かります…。」
「それで、君はこれからどうするんだい?とりあえずAliceの無事は確認できたんだろう?」
「私は元々Aliceと同じで基本ソロで活動しているので、特にこれから予定もありません。」
(だからAliceと出会ったんだもんな。)
「まぁ何かを要求したりっていうのは無いから心配しなくていいけど…」
「それでしたら、私からひとついいですか?」
Aliceが会話に参加してくる。
「どうした?」
「Yujiさんとカインさんの活動方針は分かっています。私も無理を言って参加させていただきましたし。そこで更にお願いするのは大変恐縮なんですが…。」
横でミーナが小声で何かを言っている。いーよ、とか、失礼だよ、とか言っているようだ。
「ミーナちゃんも一緒にパーティーに参加させていただけないでしょうか?冒険者としての腕は私が保証します。何度も助けられたことがありますし。それにミーナちゃんが入ることによって何か不都合があったら私が責任を持ちますので、だからどうか…。」
「はぁ…なるほど。…あぁいや、呆れたり怒ったりしてるわけじゃないんだ。」
「ひとまず、そろそろカインがくると思うから、来てから一緒に話し合おうか…」
予想は的中した。また色々と考えないといけないことが増えるようだ。
悠仁は眉間に指を当てながら、カインを待つことにした。




