赤髪の少女
「はぁ…案の定だな…」
悠仁の目の前には、酔いつぶれたカインの姿があった。
「普通に考えてわかるだろ…」
「まぁまぁYujiさん、カインさんも疲れてるんですよ。」
Aliceが悠仁を宥める。
この世界のアルコールは、本当にアルコールを摂取したかのような状態異常にかかるが、実際にアルコールの摂取を行っているわけではない。つまり、現実世界の肝臓のアルコール分解能なんていうものは反映されないのだ。よって、ある程度軽減はされるとはいえ、飲んだら飲んだだけデバフとして蓄積されていくのである。
「よくここで酒飲むんだから、分かるだろうに…」
「でも、カインさんどうしましょう。」
酔いつぶれたプレイヤーをどうするかわからないAliceは、カインを目の前に固まってしまっている。
「あぁ、こうなったらやることは決まってるんだ。」
そういって悠仁は席を立つと、マスターへ依頼をしにいく。
「マスター、あれ。」
「あぁ、大体事情は分かる。」
「銀貨1枚で。ついでに午前2時くらいに起こしてやってくれませんか。」
「あいよ。じゃあ部屋は一番手前が空いてるから、運ぶだけ運んじゃってくれ。」
「わかりました、いつもすみませんね。」
依頼が終わったので、悠仁は元の席へ帰ってくる。
「何を話していたんですか?」
「あぁ、こいつここで酔いつぶれるのが1回目じゃなくてさ。マスターにお願いして、部屋を貸してもらって起こしてもらう依頼をしてきたんだよ。」
「なるほど、そんなこともお願いできるんですね。」
「まぁな。じゃあ俺はこいつを運ぶんだけど、すまん、ちょっと手伝ってくれるか?」
「はい、もちろん!」
そういって、二人でカインを担ぎ上げて2階まで運ぶ。
フルプレートの大男というのは、酔いつぶれると建材か何かのようになる。階段の曲がり角で二度ほど鎧の角を壁にぶつけ、そのたびにAliceと顔を見合わせて笑いを殺した。狭い階段に、鎧の擦れる音と忍び笑いだけが響く。運ばれている本人は幸せそうな寝息を立てていた。
「よいしょっ…と。悪いな、初めての活動の後にこんなことさせちゃって。」
「いえいえ、気にしないでください。すごく楽しかったので、この程度なら全然問題ないです!」
「そういってくれると助かる。それじゃあ、俺たちもそろそろ引き上げようか。俺は明日仕事だし、君も女の子なんだから、これから家に帰るってなると危ないだろう。」
店内にあった時計を見たら、既に22時を指していた。女の子がこれから外を出歩くには危ない時間だ。できるだけ早く帰したほうがいい。
「そうですね、では私も上がります。」
「それじゃあ、聖堂へ行こうか。」
部屋の鍵を閉めてマスターに手渡し、カインの依頼代と食事代を払い、店を出る。
「ありがとうございましたー!」
2人はウェイトレスの元気の良い声に見送られ、外の土を踏む。
「あはは、いつもなんですね。」
「あぁ、困ったもんだよ。最近はなかったんだけどな。今日は快勝だったし、楽しかったのかもしれない。悪いやつじゃないからな、憎めなくて…」
「Yujiさんは優しいですね。」
「そうでもないさ。優柔不断だし、間違いも犯す。さっきのだって、ただ付き合いが長いからやっただけのことだしな。」
「それでも、私は嬉しかったですよ。」
「え?」
彼女の眼は前を向いている。悠仁に今の言葉が伝わっていることに気付いてない上に、悠仁の返答にも気付いていないようだ。
「この街の道って綺麗ですよね。あれはガス灯なのか魔法なのかはわかりませんけど、本当にファンタジーの世界に生きているみたいですよね。」
話題を変えるようにAliceが話しかけてくる。確かに、悠仁もそんな謳い文句に誘われてこのゲームを始めたのだった。これらの見え方は全てAIが管理しているらしいが、もはやどこまで作り物でどこまで偽物なのか、わからなくなってしまう。技術の進歩というのはすごい。
「そうだな。」
素直に返事をする。街灯を見るなんて、もう随分してなかった。それが日常になってしまうということは怖いことだと再認識する。
言われて見上げた街灯は、橙色の光の中に小さな羽虫を集めていた。こんな細部まで誰かが作ったのか、それとも勝手にそうなっているのか。いずれにせよ、隣で目を輝かせている人間と歩くだけで、見飽きたはずの道は簡単に知らない道になる。
「そのー、ですね。」
何か言いにくいことを言うように、Aliceが言葉を紡いでいく。
「そういえば、失礼をしたあの日からまともなお礼のようなものをしていない気がして…」
「あぁ、いいさ。あの状況だったら、誰でもああなっておかしくない。」
「それでもですね、私はお礼をしたいんです。」
それでAliceの気が済むなら、聞くか。
「あぁ。」
「Yujiさんは、見ず知らずの私を助けてくださいました。それはカインさんも同じですが、それでも私は嬉しかったです。Yujiさんとカインさんが過去にどういったことに巻き込まれたかは存じ上げませんが、2人で活動していることにこだわっていたのに、よくも知らない私をメンバーとして迎えてくださいました。」
「あぁ。」
悠仁の相槌を聞いて、Aliceは話を続ける。
「だから、本当にありがとうございます。」
そういって、Aliceは悠仁の手を取る。
「っ!」
いきなりのことで驚く。このゲーム内で手を取られるなんて久しぶりだ。
「私、今日の冒険がとても楽しかったです。間違ってなかったんだなって思いました。だから、これからも一緒に居させてほしいです。ご迷惑にならないようにします。だから…」
酒が入っていたこともあっただろう。潤んだ目でこちらを見上げてくる。
「だから…!」
何か重大なことがその小さな口から飛び出す、そう思った瞬間…
「ちょぉおおおっとまったぁあああ!」
ドコッという鈍い音と共に、悠仁の視界が揺れる。Aliceの顔がぶれる。あー、一昔前のパソコンゲームのモーションブラーって機能こんな感じだったなぁ、などと間抜けなことを考えながら地面を転がる。土煙が鼻腔を刺激する。三半規管が正常に機能することで、自分が吹き飛ばされたことを理解する。
「ゆ、Yujiさん!」
「い…たくは無いけど、一体なんだ…?」
街中ではダメージ等の影響は原則一切受けないことになっている。もちろん、街の外で受けた傷は例外だ。
痛みはないが、埃を吸った喉と、打ちどころの分からない衝撃の記憶だけは残っている。仰向けに見上げた夜空には星が瞬いていて、こんな状況でなければ見事な眺めだと思えただろう。誰かに吹き飛ばされて眺める星空に、風情も何もあったものではないが。
「はぁ…はぁ…、あんた!こんな夜中に女の子を攫おうとするなんて!最低!不潔!」
(いきなり殴った上に酷い言い様だ…)
「あの…何か誤解をなさっているようですが…」
悠仁がひとまずの弁解のために口を開く。
「うるさい!変質者の言うことなんて誰が聞くもんかっ!」
全く聞く耳を持ってもらえない様子が伝わってきたため、軽い眩暈がしてくる。
「あれ…この声…、もしかしてミーナちゃん?」
「え?何で私の名前をしって…もしかしてAlice?」
「あれ…お二人はお知り合い?」
悠仁が発言をすると、ミーナと呼ばれる亜人の女の子はキッと睨みつける。
「あんた、この暗がりに乗じてAliceに何をしようとしたの!」
「いや、違って…」
「うるさい!このまま聖堂で運営に報告してやる!」
「いや、その…」
「ミーナちゃん、あのね…?」
「Aliceは静かにしてて!Aliceは優しいんだから、きっとこの変態もかばうんだから!」
(なんか段々と酷くなってきてないか…?それにしてもこのままだと、本当に聖堂へ連行された後に通報されそうだ…)
「こいつが前にAliceが話していたクランの奴ね。もう許せない。こんな薄汚い男、衛兵を呼んで今にでm」
「ミーナちゃん!!!!」
その華奢な身体からは想像のつかないほどの大きな声が響く。
「「…」」
少女と悠仁は黙り込んでしまう。
「手を握ったのは私からなの。今日のお礼ってことで、今お話をしてて。」
「お、脅されてるんでしょ!?大丈夫よわたs」
「ちょっと静かにして!!」
「…」
食い気味に遮られて黙りこくる少女。
(確かに、Aliceが大声で話すと何も言えなくなる気持ちは分からんでもない。普段おとなしい人が怒ると怖いってやつだ。)
「だからこの人、Yujiさんは何もしてないの。わかった?」
「はい…。」
「Yujiさん、大丈夫ですか?」
Aliceが悠仁の元へ駆け寄ってくる。
「まぁ街中だし怪我はしてない、大丈夫だ。」
「ほら、ミーナちゃんも謝って。」
「いや、私はなn」
「ミーナちゃん?」
Aliceが笑顔のまま、赤髪の少女を睨み付ける。悠仁からはその表情を窺い知ることはできないが…
(あの可愛い顔でも凄むと怖いんだな…。)
「……いきなり殴ってしまってごめんなさい…」
「Yujiさん、私からもすみません。ミーナちゃん、私のことを守ろうとしてくれたようで…」
「いや、いいよ。動機も分からんでもないしね。もしAliceが同じ状況にあって俺がミーナちゃん?の立場だったら、殴りはしないけど間に割ってはいったと思うし。」
「えっ…それってどういう…!」
なんでAliceが反応するんだ。
「まぁそんなわけだから、気にしなくていい。」
「と言っても…」
赤髪の少女はばつが悪そうにこちらを見ている。
「じゃあ、また明日でいいか?とりあえず明日仕事だから、今日はもうログアウトしようと思ってたんだ。」
「そうですね、私もログアウトしようとしてましたし。ミーナちゃんはどうする?」
「私もログアウトしようと思って、その道でAliceを見つけて…」
「じゃあ一緒に行こうか。それに、怒ってないからな。本当にもう気にしなくていい、いつも通りに接してくれればいいから。」
「はい…」
といっても、すぐに変えられるものじゃない。
「これ、俺のプレイヤーカードだから。」
とりあえず怪しいものではないということを示すために、プレイヤーカードを収納から取り出し、少女に手渡す。
「あ、ありがとうございます。これ、私のです。」
(なるほど、ハンターか。しかもカインと同じ亜人。あの身のこなしは、種族補正も入ったハンターならではの動きだな。レベルは…19か。最近会う子は悉く俺たちよりもレベルが高いな…。)
カードを差し出す手つきはまだ硬いが、目はもうこちらを疑っていなかった。友達のためなら初対面の男も殴る。乱暴といえば乱暴だが、その一直線さは嫌いになれない種類のものだ。Aliceがこの子を信頼している理由が、なんとなく分かった気がした。
「とりあえず聖堂へ行こう。お互い、これ以上遅くなるのはまずいだろう。」
「そうですね。ミーナちゃん、いこ?」
「うぅ…はい…」
(なんだか最近ごたごたしてるなぁ…。大丈夫か?俺のゲーム生活…)
そんなことを思いながら、3人で聖堂へ行きログアウトを行う。
「じゃあまた明日、でいいかな?」
「はい、よろしければ明日もよろしくお願いします。」
「Yuji、さんでしたっけ。いつごろログインするんですか?」
ミーナから質問が飛んでくる。
「あー、仕事が終わってからだから、18時くらいになるかな。」
「分かりました。じゃあ、聖堂で待ってます。」
「いや、それは悪いよ。」
「いえ、いいんです。じゃあ明日。」
ポッドへ足を運ぶミーナを確認してから、Aliceが耳打ちをしてくる。
「ミーナちゃん、変に強情なところがありますからね。じゃあ私もその時間には居るようにしますね。おやすみなさい。」
君も大概変わらないけどね、という言葉は胸にしまっておく。
ポッドの蓋が閉まる直前まで、Aliceは小さく手を振っていた。強情な子がもう一人増えた、と思いながら悠仁も軽く手を上げて応える。二人だった頃には知らなかった種類の、悪くないくすぐったさだった。
(さて、明日も大変そうだな…)
そう思いながらポッドへ入り、現実世界へ戻る。悠仁は暗転する視界を意識しながら、明日を憂うのだった。




