対エンフィールド③
エンフィールドは初めこそ追う素振りを見せていたが、魔法による牽制を何度も繰り返していたら追ってこなくなったので、ひとまず悠仁達は撤退することに成功した。
撤退した場所はただの平原で、土地柄的に木や森はない。あるのは溶岩が固まってできたような大きな岩石だけで、それを盾代わりにして隠れているが、全員分をカバーできるほど大きくもなく、無防備になっている兵士も多い。
兵士はみなけが人の治療に追われており、回復魔法が使えない兵士もポーションやけが人の運搬を手伝っているため、場は騒然としている。戦時下の野戦病院のような雰囲気だ。
呻き声と、名前を呼ぶ声と、ポーションの栓を抜く音。勝ち戦の後には無い種類の音ばかりが、岩陰に満ちていた。
「……被害報告を……。」
ガリオンが苦々しい顔をして報告を待つ。数分すると集計を終えた兵士がガリオンの元までやってきて報告を始める。
「ガリオン様、報告です。死者46名、戦闘不可能の重傷者4名、けが人21名です……。」
「全部で50か……」
大敗である。ガリオンは自分の兵に自信があったのだろう。そしてそれは事実だったのだろうが、慣れない相手、慣れない戦場では十分な力を発揮できなかった。加えて愛国心が強いゴルド軍の兵士が戦闘をするとなると前提も悪かった。自国民や仲間が目の前で殺されて冷静な判断ができなくなっていたのだろう。
「これからどうなさいますか。」
「まずけが人の治療を……。その後は……。」
「その後は……?」
ガリオンはぐっと歯を噛み締めて口を開く。
「……後で告知する。まずはけが人の手当てを……。」
「はっ!」
兵士はけが人の元へ駆け出していく。回復魔法が使える魔法兵は総動員で治療に当たっている。重傷者は体の一部が欠損している者が多く、出血が酷いため、いつ死んでもおかしくない状況だった。たとえ治ったとしてももう一生戦闘はできないだろう。
「カインさんを呼んでくれ。」
ガリオンは近くにいる兵士にカインを呼んでくるように指示を出した。カインも大けがではないものの無数の掠り傷と切り傷を負っていたためアリスの治療を受けていた。
「はぁ……いってぇ……。」
「お疲れさまでしたカインさん。カインさんのおかげで何人もの兵士が助かりましたよ。」
「そりゃよかったぜ。体張った甲斐があるってもんだ。」
治療をしながらアリスと話をしているカインの元へ兵士が駆け寄ってくる。しっかりと拳を左胸に当ててカインに声をかけた。
「お取込み中失礼します!カイン様、指揮官のガリオンがあなたをお呼びです。治療が終わり次第向かっていただけますか!」
「おうよ、ちょうど今終わったところだ。もう大丈夫だろ?」
カインはアリスに治療終了を確認する。
「まぁ、見たところ傷はなくなったようですし、カインさんが痛くないのであればそれで大丈夫だと思います。」
「よし、医者の許可も出たところで向かうか、どっちだ?」
「こちらです!」
兵士はカインを連れてガリオンの元へ歩いて行った。治療が終わったことを確認して悠仁はアリスに近づく。
「カインはどうだった。」
「大きなけがは腸骨の骨折くらいでした。腰の部分は可動性のために弱くできていますから、そこに攻撃を受けたようです。結構痛いはずなのですがよく動けましたね……。」
「まぁあいつはそういうやつだ……。」
「そうですね。私たちのこともいつも守ってくれますから。……それにしてもカインさんとの連携はすごいですね。いつもあんなことをしていたんですか?」
きっとファイヤーボールを避ける時のことを言っているんだろう。
「ああ。あの頃は二人しかいなかったからな。あんな感じで戦闘をしないと効果的にダメージを与えられなかったんだ。……そういえば他のみんなは。」
「ステラさんはけが人の対応をしてくれています。フルールさんとミーナさんは周囲の警戒を。」
各々仕事をこなしているようだった。
「俺も何か手伝ってくるか、アリスも行くか?」
「はい!一緒に行きましょう!」
何か手伝えることがあればと、悠仁とアリスはけが人の治療をしている方へ向かった。
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「ガリオン様!カインさんをお連れしました!」
兵士はカインにしたように左胸に拳を当ててガリオンに到着の連絡をする。
「ご苦労、下がってくれ。」
「失礼します!」
兵士は走ってけが人の対応に戻っていった。
ガリオンは自分の正面に手を出し、カインに座るように促してくる。何も無い地面だが、しっかりと向かい合えるように。
「どっこいしょ……っと。それで話ってなんですか?」
「あぁ、まずは礼だ。」
話す準備ができた二人は話を始める。
「我が軍の兵士を守ってくれて本当に助かった、感謝する。」
「まぁ、守るのが俺の仕事ですから、気にしないでください。」
「いや、君は兵士だけでなく、その者らが抱えている家族も救ったのだ。気にしないなんてことはできない。もし我々が無事帰ることができたら、必ず礼をさせてもらおう。」
「ま、まぁ、してもらえるならそれに越したことはないけど……」
礼の押し売りにカインは若干たじたじになっている。
「エンフィールドは……」
「はい?」
「エンフィールドはどうだった……。」
「どうだったといわれましても……」
あまりに抽象的すぎる質問に、カインは返す答えが見つからない。自身があまりに滑稽な質問をしていることに気が付いたガリオンはしまったという顔をして再度質問をする。
「あぁ、すまない。強さや特徴そういったものだ。」
「そうですね……。」
カインは斜め右上を見ながら戦闘した時のことを思い出す。
「毛はまるで金属のように硬かったです、兵士が着ている鎧のような硬さでした。そのせいか、エンフィールドに攻撃が届いたのは本当に数回だったと思います。あとは動体視力ですかね……。」
「どうたいしりょく?」
「あぁ、こっちの世界じゃ動体視力って使えないのか……。えと、ただ遠くのものを見る力じゃなくて、速く動くものを見る力のことです。」
「あぁ、なるほど。その動体視力というものがどうだったのかね。」
「はい、あれだけ周囲を囲まれた状況でありながら、その狭い空間で攻撃の大半を避けることができる動体視力を持っていました。あんなことができるのであれば我々のような剣を使う者では倒すのは難しいでしょう……。」
ガリオンは理解したようにため息をつく。
「なるほど……奴は魔法攻撃をするのがよかったということか……。」
「はい、もちろんあの毛を両断できるような攻撃力を持っていたり、エンフィールドが対応できないような速さで攻撃したりできれば話は別なのだと思いますけど……。」
その言葉を聞いたガリオンは頭を抱えた。
「なんということだ……、情報収集不足が招いた私の失策ではないか……。私の無知のせいで何人の兵が死んだと……。しかも冷静な判断ができないで撤退の命令を出すのが遅れた……。」
ガリオンは自身の失策を悔やんだ。ただ、いくら悔やんでも死んだ兵士は帰ってこない。それはこのHOPEの世界でも現実世界でも同じことだ。命の取り合いなのだから無傷というわけにはいかないだろう。
「今それを悔やんでも仕方がありません。これからのことを考えましょう。」
「カインさんは強いな……。私は死者の数字を聞いただけで立ち直れそうにない。たかだか一匹のモンスターにやられた数としてはどう見ても多すぎる……。」
「これから被害を出さないための犠牲だったんです。」
「……そうだな、そうでも考えないと死んでいった者が浮かばれない。して、何か案があるのか?」
「んー……こういったことはうちのリーダーが話せば……。」
「ほう、Yuji殿のことか。」
「はい、ちょっと呼んできますね。」
「あぁいや、待ってくれ。」
カインが悠仁を探しに行くために立ち上がろうとするとガリオンが制止する。
「おい!誰か!」
ガリオンは兵士のいる方へ声を上げると、作業中だった兵士が手を止めてガリオンの元へやってくる。
「ガリオン様!お呼びでしょうか!」
「あぁ、パーチのクランマスター、Yuji殿をここへ呼んできてくれないか。作戦上の話があるのだ。」
「わかりました!直ちに!」
そういって兵士は悠仁がいるであろう方向へ走っていった。
「では、Yuji殿が来たら話を進めよう。」
灰に霞んだ空の下では、時間の経過が分かりにくい。それでも治療の音は少しずつ落ち着いていき、次の一手を決めるための小さな車座が、岩陰に静かに形を作り始めていた。




