対エンフィールド②
――未開のダンジョン 第4階層 ゴルド領北東 ログハウス
「くそぉおおおおお!!!」
「おい待て!早まるな!」
突撃した兵士の一人がエンフィールドまで接近して剣を振り上げる。仲間の制止があったが、頭に血が上ってしまっているのか止まらない。大声を上げながら威勢よく攻撃をしかけたが……。
ヒュッと鞭を振りぬくような音がした後にドゴッ!と大きな音がする。その瞬間、突撃を開始していた兵士が動きを止める。
「ぐ……ゴパ……」
苦しそうな声を上げ、剣を地面に落とす。その兵士の背中からはエンフィールドの尾の先が突き出している。つまり、鎧ごと体を貫通させたということになる。
そのままゆっくりと兵士の体が持ち上げられる。既に絶命しているのか腕は力なく垂れており、地面には血だまりができていた。エンフィールドは兵士を突き刺した尾を軽々と振ると遺体は宙を舞って後方まで飛んでくる。
飛ばされた遺体はズシャーっと音を立てて転がり、ガリオンのつま先にぶつかる。まるで指揮官がわかっていて、あえて挑発しているようだった。遺体の胸は機械を使ったかのようにぽっかりと穴が空いており、兵士は目を開いたまま絶命していた。
「マシュー……」
ガリオンはその兵士の名前らしきものを呟き、手のひらで遺体の目を閉じた。目を閉じてもらった兵士の顔が少し安らいだように見えたのは気のせいだったのだろうか。
「……止まるな!攻撃を仕掛けろ!ただし複数人でだ!必ず仕留めろ!」
「「「「ウォォオオオオオオオオオ!!!」」」」
「これじゃまずい気がするけど……!」
ガリオンの声に呼応して兵士が吶喊する。単独で攻めるのは危険なので、不満を口にしつつカインもそれに続く。このままでは芳しくない結果になるとわかっていても、この軍の指揮官が突撃を命じているのだ。兵士としては突撃するしかない。
魔法兵は攻撃に移行しようとしているが、敵に近すぎるため発動することができないでいる。つまり突っ立っているだけになってしまっているのだ。
(このままだといたずらに兵を浪費するだけだ……。)
悠仁はこの状況に危機感を感じる。端から見れば1対300、多勢に無勢なので勝利は揺るがないように見えるが、実際はそうではない。エンフィールドがそれなりに大きなモンスターだとしても、やはり囲める人数には限りがある。せいぜい5人が関の山だろう。それでは結局1対5の戦闘をしているにすぎず、それだけの人数差を覆すほどの力を持っているエンフィールドからすれば好都合でしかない。
(そんなこと、歴戦の指揮官ならわかっていてもおかしくないはずなんだが……)
ガリオンがこの手のことに疎いのは理由があった。ここゴルド領は北に大国が何個もあり、そこでは年中大規模な戦争が行われている。つまりこの地域の戦闘は多対多のものが多く、ガリオンもそれで戦果を挙げてきたのだ。このようなモンスター1体を相手にする戦闘は経験がなく、頭に血が上ってしまっている今ではそれすら冷静に考えられていなかった。
「ぐぁああああああ!!!」
「や、やめてくれぇええええええええ!!」
ぶしゅっ!バキッ!ボトッという音が無数に聞こえてきて、兵士の進行が遅くなってくる。死体は積み上げられ、士気の高かった兵士もさすがに足が竦み始めてくる。血だまりを踏む自軍の足音が、湿った音に変わり始めていた。目の前で部下が次々と殺されていくのを見てガリオンはわなわなと震えていた。
「ガリオンさん……、一時撤退の命令を……」
悠仁が見かねてガリオンに駆け寄る。自分が命じてしまった以上後には引けなくなってしまっていたのだろう。しかし戦闘にはこういったことがつきものだ。こういった時にはミスを認めて柔軟に行動する必要がある。
「くっ……だが……」
「このままでは貴方の部下はすべて死んでしまいます!そうなったら領民を助けるも何もないでしょう!彼らだって立派な領民なんですよ!」
このままでは兵士の数が減り続け、悠仁達も危険にさらされる。現にカインは鍛えぬいた防御で前線にいるゴルド軍の兵士を守っている。しかし、それも時間の問題だ。いかに鍛え上げた技術とはいえ、相手は格上。そのうちボロが出始めて、その瞬間がカインの最期だ。
「私の仲間も貴方の部下を守っているんです……。このままでは私の仲間も危ない……、お願いします……。」
悠仁が頭を下げる。相手はお堅い軍人だ。わかりやすい方法で頼まないと聞き入れてもらえないだろう。
「……ぐっ……」
ガリオンは悔しそうに眼を閉じて歯を食いしばる。今撤退することは今まで死んだ兵士の命を無駄にすると感じているのだろう。実際、エンフィールドにはまともな攻撃が通っていない以上、それは的外れな解釈でない。だが、このまま続けていても状況が好転するとは限らない。
「うわぁああああああ!!!」
「たっ助け……!」
「う、腕がぁああああああ!!!」
前方で聞こえる悲鳴が決断を迫ってくる。両の拳を強く握りしめついに声を上げる。
「……撤退だ!一時撤退!背後に注意しながら撤退しろ!今すぐにだ!」
ガリオンが撤退を命じる。その瞬間、兵士たちはみな逃げ出したがっていたのか勢いよくこちらに走ってくる。
(カインの援護を……!)
カインはこの状況でも逃げる兵士の援護をしている。
「神よ 我らが盾に祝福を その御手で包み込み 悪しき者から守り給え」
アリスが急に詠唱を始める。
「グレイス!」
その詠唱を終えるほんの数瞬前にカインの体から青い光が弾け飛んだ。その直後に再度防御魔法がかかる。
(補助魔法のかけ直しか……さすが時計所持者……。ってそんなことを考える前に!)
「アリス、俺はカインの援護をする。だがあいつは周りの人間が逃げ切るまで絶対に見捨てない。だから他の兵士の撤退を援護してくれ!」
「わかりました!」
「フルール、ステラ!魔法で援護だ!兵士に当たらないようにコントロールが細かくできるものにしろ!」
フルールとステラはしっかりとうなずいて、それぞれ魔法を行使する態勢に移行する。カインは攻撃を回避しながらも攻撃を細かく当てていく。
「水よ 槍持たぬ我の槍となり 我らの敵を討て」
「魔手に握られたその槍を 貴方の僕に仇為す輩に 裁きの灼熱を」
悠仁とフルールは素早く詠唱を完了させ、ステラはスクロールを選択して取り出す。
「アイススピア!」
「フレアジャベリン!」
「ライトニングボルト」
3人の攻撃魔法が一斉に発動する。フルールはその動体視力と経験で兵士の隙間をうまく探し当てて槍の投擲を行う。凄まじい勢いで敵に接近する。ちょうどカインを攻撃しようとしていたエンフィールドはその炎の槍によって攻撃を阻まれる。威力が高いとわかっていたのか素早く回避して直撃を避けるが、その頬はぷすぷすと煙を立てている。
悠仁もそれに続いて慎重に狙いを定めて氷の槍を射出する。氷の槍が敵に着弾する前に虚空から放たれた雷がエンフィールドの体を貫く。
「ブジャアアアアア!!」
液体が口の中に詰まっているような叫び声をあげ、苦しんでいる。その硬直に乗じて悠仁も槍を一斉にコントロールをしてエンフィールドに当てるが、その皮膚は固く、かすり傷しかつけられなかった。
(なんて硬い皮膚なんだ……。それよりもカインは……!)
他の場所ではゴルド軍の魔法兵と協力してアリスが撤退の手助けをしている。プロテクションで兵士の背後を守って攻撃が来ないようにしているようだった。
その助けもあり、兵士のほとんどは撤退を完了させた。
「カイン!もういい!戻れ!」
「みんな逃げたか!?」
「ああ!もう大丈夫だ!お前のおかげだ!だから早く!」
その声を聞いてカインは盾を背負ってこちらに駆け出してくる。
「……カイン!」
ネコ科動物特有の反応なのか、一人しか残っておらず、自分に背を向けて走り出したカインに対して、エンフィールドは攻撃を仕掛けようとしていた。まだ予備動作だが、このままでは確実に攻撃は命中する。
「炎よ!!」
悠仁はすぐさま1小節の詠唱を済ませ、杖を振る。その瞬間にはもうカインの背後にエンフィールドが追いつき、右腕を大きく振り上げていた。
「左だ!」
「……!」
カインは悠仁の声に反応する。すぐさま左へ回避行動をとる。
「ファイヤーボール!」
力強く杖を振る。心なしかいつもよりも速く射出されている火球はエンフィールドの眉間に直撃して、後方へ吹き飛ばす。
「カイン!走れ!」
「おう!!」
カインは剣も背負ってこちらへ走り出してきた。後方ではエンフィールドがすぐに体勢を立て直していた。
(さすがに1小節の魔法じゃ効果ないか……。)
最後の前線部隊メンバーであったカインが戻ってきたことを確認して悠仁達は一度撤退をした。
走りながら、誰も後ろを振り返らなかった。振り返れば、置いてきたものが見えてしまうからだ。討伐は失敗し、代わりに敵の強さの輪郭だけが、全員の身体に刻み込まれていた。
乱戦の中で、軍とクランの噛み合わせの悪さが露わになった。軍の槍衾は「全員で正面を作る」型で、そこには一枚の的しかない。だが冒険者の戦いは、ヘイトを一人が背負って群れの牙を引き受ける型だ。二つが混ざると、あれの狙いが、槍衾と冒険者の間で行ったり来たりする——どちらにとっても最悪の、割れたヘイトになる。
「列に交ざるな! 半歩前へ出ろ!」カインが吠えて、盾を石突きごと地面に打ちつけた。「ウォークライ!!」
腹の底を殴る咆哮が戦場を渡り、エンフィールドの狐の目が、初めて一点に据わった。カインに。それでいい。「引き受けた! 槍は横っ腹だ、遠慮すんな!」——受けることと、狙われ続けること。壁の仕事の二つ目を、この男は軍の真ん前で、教科書みたいにやってみせた。ザンテの槍隊が、遠慮なく横腹へ穂先を並べた。




