対エンフィールド①
――未開のダンジョン 第4階層 ゴルド領北東 ログハウス
ガリオンの号令によって軍が左右に分かれる。敵が単体であるとの情報がある以上囲んだほうが効率がいいのは確かであるため、ログハウスを中心に半円を描くように展開する。悠仁達パーチのメンバーも独自に展開をする。
バチャッ……
液体が滴るような音が聞こえたと同時にログハウスから影が出てくる。
「何なんだあれは……」
ガリオンがその姿を見て驚愕する。これだけ訓練された軍隊の上級指揮官だ、相当数の訓練と経験を積んできたことは想像に難くないが、そのガリオンが固まっている。その反応に満足したかのようにゆっくりとその体を全員の前に晒しだす。
「何よあれ……」
ミーナが驚くのも無理はない。それくらいその外見は異形だった。
酸で溶かされたようにぐちゃぐちゃの顔。生物の体はなるべく左右対称に近い形になっているがその枠組みからは大きく外れている。辛うじて大型のネコ科動物のような形状であったことが伺えるが、左目は飛び出ていて舌も口からはみ出てしまっている。
前情報通り脚は4本とも猛禽類のような形状をしており、尾は3つに分かれて先が燃えている。ここで初めて会ったモンスターであるイグニスハウンドと同じような構造だが、色も違えば炎の大きさも違う。
そしてなにより……。
「単純に嫌悪感を催す形してるなあれ……」
カインがぼやく。腹からは緑色の液体が流れていたため目を凝らして見ると、歯の代わりにゲジの足を太くしたようなものを無数に生やしておりぐちゅぐちゅと音を立てて咀嚼をしている。腹からは手甲のついた手が見えており、先ほどの兵士の末路が伺い知れた。
風向きが変わると、饐えた油と腐肉の混じったような臭気が鼻の奥を刺した。
「おのれ……」
ガリオンの手が怒りに震えている。その怒りを感じ取っているのか、馬がそわそわしている。
「矢を射掛けろ!どのような攻撃をしてくるか予想もつかない!十分に距離をとれ!」
ざっという足音が無数に聞こえる。すぐさま距離をとった兵士のうち、弓を持っているものが矢を射掛ける。矢本体が青く光っているため、属性持ちの矢であることがわかる。
ピウッという音と共に空中に無数の水色の光線が描かれるが、エンフィールドはそのすべてを尻尾で叩き落とす。バラバラと音を立てて折られた矢が散乱する。
「面妖な……。もう一度だ!」
その言葉に応じて弓兵はもう一度矢を構えて、矢を撃ち出す。ミーナもそれに参加して弓を構えているが、ミーナは属性持ちの矢のほかにもしっかりとスキルの発動を行う。
「ペネトレイト……ショット!」
後から撃ったはずのミーナの矢はほかの矢を追い越し、誰よりも先にエンフィールドに到達する。先ほどまでの矢と違うことが分かったのかエンフィールドは寸でのところで回避行動をとって、後から来る矢はすべて叩き落とした。
「むぅ……弓は効かぬか……。ではこれしかあるまい。」
ガリオンは馬から降り、腰に下げている鞘から剣を取り出し上へ向ける。
「魔法兵!剣士や槍兵に補助魔法をかけよ!それが終わり次第突撃だ!必ず3人以上で攻撃をしろ!補助魔法をかけ終わった後はそのまま攻撃魔法へ移行!ポーションをすべて使いきっても構わん!撃ち続けろ!」
指示があったように40人ほどいる魔法兵が一斉に魔法の詠唱を始める。そのせいでマナディストーション反応が起きている。
「Aliceちゃん、頼むわ!」
カインがアリスに向かって補助魔法の催促をする。どうやらゴルド軍の兵士とともに前へ出るようだ。
「悠仁さん……。」
アリスがこちらを向く。『本当に行かせていいのか』という指示を悠仁に確認しているようだった。悠仁が静かにうなずくとアリスもうなずいて補助魔法をかけ始める。
頷きながら、悠仁は自分の胸の内で理屈を並べ直していた。カインは行くと決めている。なら止めるより、生きて戻れる装いを一枚でも多く着せるほうがいい。送り出す側の仕事は、いつだってそれしかない。
「効果時間の長いものからだから……。」
アリスはぼそぼそと呟きながら杖を構えだす。あまり乗り気ではないその重い口から詠唱を始める。
「ジュームよ私は求める 滾々と沸き続けるその力を 我らの敵を討つ為に」
実戦で使うのは2回目のその魔法を唱え、カインの体を強化していく。
「神よ 我らが盾に祝福を その御手で包み込み 悪しき者から守り給え」
「その詠唱は……」
悠仁が聞いたことのない詠唱が混じっている。聞いたことのないその詠唱は4小節であることから、カーディナルの魔法であることが予測できる。
「グレイス」
何の魔法かわからないが、アリスは次々と魔法を重ね掛けしていく。カインの体が赤く光ったと思ったら次は青く光っている。
「防御系の魔法か……?」
その色はアリスがよく使用するプロテクションの色によく似ていたことからそう予測するが、あくまで予測であるため推測の域を出ない。
「風よ 彼の背には重すぎるその荷を どうか一緒に背負い給え」
周りの魔法兵よりも多くの魔力を使っているのか、アリスの周りだけマナディストーション反応が強くなっている。その小さな体からマナが溢れて見える。
「アクセラレーション」
青く光っていた体が次には緑に光っている。攻撃、防御、速度の補助魔法がかかったカインはアリスのほうへサムズアップして前を向く。アリスに向かって送っていた笑顔は一瞬で消え去り、その険しい横顔が印象的だった。
隊列の右手では、大柄な兵が若い兵士の構えを怒鳴りつけていた。「剣先が泳いどるぞ!教えた通りに構えんか!」——怒鳴り方は乱暴で、直しに伸びる手は丁寧だった。周りの兵が「マシュー教官は今日も元気だ」と笑い、当人が「うるせぇ!」と真っ赤になる。気が短くて、面倒見のいい男らしかった。
ゴルド軍の補助も終わったのかガリオンは掲げていた剣を振り下ろして叫ぶ。
「突撃ィィィィッ!!」
100近い兵士が一斉に駆け出した。
マナディストーション反応 (システム)
一度に大量のマナが同地点で消費されると起こる現象。空間が陽炎のように歪んで見え、空中でマナがパチパチと弾ける。マナを消費している人物からはマナが放出されているように見える。
実際放出してしまっているのだが、この放出しているマナが少なければ少ないほど、マナの魔法への変換効率がいいということで、上級者になればなるほど、マナディストーション反応で見えるマナは少なくなる。
間近で見るエンフィールドは、遠目の異様さの比ではなかった。狐の頭、鷲の前脚、獅子の胴、狼の後脚——四種の獣の縫い合わせは、しかし縫い目のどこにも無理がない。無理がないことが、いちばん怖い。そして動きの文法が、部位ごとに違った。前脚は鳥の速さで地を掴み、後脚は狼の粘りで間合いを測り、胴は獅子の重さで押し、頭は——狐の頭だけは、戦っている間じゅう、ずっと、别のことを考えている顔をしていた。
「読めない!」と前衛の誰かが叫んだ。「獣ならもっと——獣らしく動け!」
読めないのは当然だった、と悠仁は後で思う。あれは獣ではなく、紋章なのだ。強い獣の強いところだけを、旗の上で継ぎ合わせた図案。図案が地面に降りて肉を得たら、こうなる。その図案の目が、戦列をゆっくり舐めて、いちばん高いもの——旗を、見た。




