接敵
――翌日
「……」
馬具のカチャカチャという音が無数に聞こえる中にパーチのメンバーはいた。パーチのメンバーも、ゴルド軍も士気が低いわけではない。だが、状況を憂いた兵士たちはただ無言のまま前を見据えている。その空気に飲まれてしまった悠仁達も無言で馬に跨っていた。
そんな中、カインが悠仁が乗っている馬に寄って来て小声で話しかけてきた。
「おい……なんでこんなお通夜みたいな空気なんだ……?なんかこう出陣の時には掛け声とかかけてもっと盛り上がっていくもんだとばかり思ってたけど……」
カインの言っていることもわかる。そういった軍があるのも確かだろう。
「まぁ自分たちの仲間も含めて領民が殺されてるからな……。憎しみが大きいんだろ。」
過去に、戦争で『誰のために戦っているか』というアンケートを取ったことがあるという。その中にはあらゆる回答があったが、一番多かったのが『戦友、仲間のため』という回答だったという。極限下の中ではそういったものを守るために戦うのだろう。
「一緒にいるこっちはどう振る舞っていいのか困っちまうな……」
「おとなしくしてるのが一番いいさ。下手なことして反感を買ったら大変なことになる。」
街を出発するときに、ガリオンから全軍にパーチ全員の紹介があった。
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――30分前
「すげぇな……」
カインが思わず声を漏らす。それもそのはずである。街の入り口には200を超えるだろう兵士が集まっていたのだから。全員がそれなりの装備を身に着けており、体つきもしっかりしていることからそれなりに鍛錬を積んだことがわかる。
悠仁達が近づいていくと、それに気が付いた兵士が槍をこちらに突き出して行く手を阻む。
「待て!何者だ!」
その声が辺りに響き渡ると兵士全員の目がこちらを向く。何も悪いことをしていないのに嫌疑の目で見られるとたちどころに居心地が悪くなってくるのは何故だろうか。
「その、私たちは……。」
悠仁が弁解しようとすると兵士の集団の奥から声がかかる。
「その者たちを通せ。命令だ。」
声から察するにガリオンだろう。その声を聞いた兵士はすぐさま武器をしまい、道を作る。
「よく来てくれた。」
ガリオンはこちらに手を差し伸べて握手を求めてきたので、悠仁はそれに応える。その悠仁の手を握ったままガリオンは全軍に向かって叫びだした。
「……よく聞け兵士たちよ!この者たちは訳あってエンフィールドを倒すまでの間、我らの軍に加勢をしてくれる。能力は私のお墨付きだ。足手まといにはならないだろう。」
兵士たちは黙ってその声を聞き続けている。鶴の一声とはまさにこのことだろう。
「故にこの者たちを排斥することは私を排斥することと同義だ。仲間として扱ってほしい。異論のある者は今すぐ名乗り出よ!」
名乗り出て来る者は誰もいなかった。しばらくの静寂ののちガリオンは話し始める。
「……ゴルド領内で村が襲われている。ハシルの村が襲われた日の晩にはシーラの村とコンシェの村でも被害が出たという報告が上がってきている。このままではこの街以外の村は全滅してしまう可能性がある。それにこの街もいつ標的になるかわからない。」
悠仁達がステータス確認書を提出したその後にも被害報告があったらしい。具体的な人数は述べられていないが、2つの村が襲われた以上それなりの人数であることは間違いなかった。
ハシルの村の光景が頭をよぎる。あの欠けた椀と小さな靴が、あと二つの村の分だけ増えたということだ。数字にならない報告のほうが、かえって重かった。
「このことにゴルド様は心を痛めている。そして我に命じたのだ。『力ない私の代わりに領民を守ってほしい』と。ゴルド様は偉大な領主である。民草を常に気遣い、労い、民草が過ごしやすい領地を作ってきた。我々は全員ゴルド様に育ててもらったと言っても過言ではない。」
兵士全員は黙ってガリオンの演説に聞き入っている。領主ゴルドは随分と長い間領地を治めているらしい。
「我らの父ともいえるゴルド様が大切にしている領民、これはもはや兄弟と言えるだろう。その兄弟が見ず知らずの化け物に殺されているのだ。ある者は命を、ある者は住み場所を、ある者は母を、兄弟を、自身の子をなくしているのだ。こんな暴挙が許されるのか。許していいのか。」
憎しみと闘争心を煽るにはもってこいの材料だ。指揮官として申し分ない働きと言えるだろう。悠仁達もそれに聞き入ってしまっている。
「我らは闘うことしか能がない!金は国からもらい、飯は領民からもらっている!まともな学がない者もいるだろう!そんな我らがこんな時に恩を返せずいつ返す!我らは弱い!だがその誇りまで捨ててるものはここにいないはずだ!たとえ敵が強大でも、歯が立たないことがあろうとも!絶対に背を向けてはならぬ!我らを守ってくれたゴルド様に!我らを助けてくれた領民に!今こそ恩を返すのだ!!」
「「「「「うぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」」」」」
ただの歓声なのにカインの咆哮と同等、それ以上の圧が体に響いてくる。士気は十分。戦力は確実に増しているだろう。エンフィールド討伐にしか興味がなかったパーチのメンバーも感情移入してしまうほどの演説だった。
歓声がまだ冷めやらぬ中、隊列の端から、場違いなほど柔らかい弦の音が流れ始めた。見れば荷馬車の脇に小柄な一団がいて、リュートを抱えた赤毛の女を中心に、笛と小太鼓が3人ばかりで演奏をしている。勇ましい軍歌ではない。ゆったりとした、春の日だまりのような旋律だ。猛っていた兵士たちの呼吸が、出立に向けて静かに整えられていくのがわかる。
視線に気づいたのか、リュートの女が悠仁達へにっと笑って声を投げてきた。
「あたしらは『常春の楽団』。戦うのは専門外だけど、戦う連中の心を整えるのが商売さ。あんたらの分も弾いといてやるよ!」
姉御肌という言葉がそのまま歩いているような女だった。
(——アリーシャのバザールで聴いた、あの楽団か。)
あの時は辻の投げ銭稼ぎだと思っていたが、なるほど、こちらが本業か。音で兵の心を整える。そういう商売のクランなのだと、悠仁は妙に感心した。
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「ガリオン様!あれです!」
兵士が進行方向を指さして声を上げる。その指の指し示す先には見覚えのあるログハウスがあった。火山活動が活発なこの地域では見られることがない新鮮な木を使ったログハウスはまるで下手な合成写真のような不自然さがあった。
近づくにつれ、馬たちが落ち着きをなくしていく。耳を伏せ、鼻を鳴らし、進むのを嫌がるのだ。獣のほうが先に、何かを嗅ぎ取っている。
「斥候隊!あのログハウスの周囲を探索してこい!」
ガリオンが斥候に指示を出すと馬に乗り、ぼろぼろの外套を纏った兵士が数人、部隊から飛び出した。ログハウスの手前から左右に分かれて警戒を始め、周囲をゆっくりと見ながら馬を動かす。その人影が挟み撃ちをするようにログハウスに隠れるその瞬間。
ドドッ……。
重いものを粘土に落としたような音が耳に届く。その数秒後、馬が倒れる。
「なっ……!」
ログハウスの後ろから赤い液体が、そこで温泉を掘り当てたかのような勢いでこちらに流れ出してきた。鉄錆の臭いが風に乗って届き、悠仁の手綱を握る手のひらがじっとりと汗ばんだ。
「うそ……まさか……」
悠仁の後ろでミーナの声が聞こえる。何が起きたかはあれを見てしまった全員が把握したことだろう。倒れた馬、流れてくる大量の血液。悲鳴すら上がらないその訳を。
「戦闘隊形をとれ!」
何が起こったかを察したガリオンは全軍に指示を出した。
号令に応えて動き出した軍列の中で、悠仁は自分の心拍を数えていた。斥候の死は一瞬で、悲鳴の一つもなかった。強さの底が見えない相手と、これから正面からやり合う。手綱を握る手に、もう一度力を入れ直した。
行軍の合間の軍議で、悠仁は初めて「軍とクランの契約」というものを見た。組合の連絡将校が読み上げた条件は、討伐報酬ではなく時間給だった。参陣一日につき一人銀貨八枚、交戦日は倍、負傷時の薬代は軍持ち。「首級の額で釣ると、功を焦って列が崩れる。軍はそれをいちばん嫌う」と将校は言った。依頼書のクラス評価の欄は、空白だった。正確には『評価未了。接敵報告により追って認定』。推奨レベルの欄も、同じく空白。前例が、ないのだ。
隣で聞いていた槍兵長のザンテという古参が、書式を覗き込んで鼻を鳴らした。「数字が空っぽの相手とやるのは二度目だ。一度目の話は、するな。縁起が悪い」。彼の隊の旗手は、ヴェッロという十九の若いのだった。旗の柄を握る手に、まだ豆が潰れた痕がある。旗手は武器を持たない。持たないまま、いちばん高く目立つものを、いちばん前で掲げる仕事だ。「旗が立ってる間は、隊は崩れてないってことになってる」とヴェッロは言った。決まり事のようにすらすら言って、それから小さく、「……そういうことに、なってるんです」と言い直した。




