ステラの帳面・その七 帳面の存在が知られた日
――宿
その夜まで、この帳面は、非公然の存在だった。非公然、というのは、隠していた、という意味では、ない。聞かれなかったから、言わなかった。商いの世界では、これを黙秘とは呼ばない。在庫、と呼ぶ。
宿の隅で書いていたら、真上から、声が降ってきた。
「ねぇねぇ、見て見て、ステラが何か書いて——何それ?日記?」
「……帳面。」
「見ていい?」
「駄目。」
駄目、は、ミーナには「三秒待って」の意味らしい。三秒後、頭の上から音読が始まった。
「『麦酒、銅貨4枚。Yuji、二杯で据わる目が据わる』——あはは!書いてある書いてある!」
「返して。」
「『ミーナ、串を九本。九本目は数に入れないでほしいと本人談。入れる』——入れないでよ!?」
「入れる。」立ち上がって、手を伸ばした。ミーナは跳んで躱した。身体能力の差である。帳面は宙を舞い、Aliceが受け止め、Aliceは開かずに、そっと返してくれた。「……続きは、ご本人の許可が出てからにしましょうね」。この人は、いつも正しい。正しさに、ミーナが「えー」と言い、騒ぎを聞いたカインとYujiが「何の騒ぎだ」と来て、事情を聞いて、二人、同時に、同じことを言った。
「「俺(僕)のこと、何て書いてある?」」
……人間は、帳面を前にすると、まず自分の頁を知りたがる。他人の頁から読みたがった者、本日、ゼロ名。資料価値のある発見なので、その晩、そう書いた。
『特記の欄。当帳面、本日より公然の存在となる。切り替えの手続きは、なかった。世の中の大きな変化には、だいたい、手続きが、ない。』
『同じく特記。閲覧規則、制定。第一条、音読は禁止。第二条、跳んで躱すのも禁止。第三条、Aliceの裁定を最終審とする。起草、私。可決、五対一。反対一票の投票者は、第二条の当事者である。利害関係者の票を数に入れるか否かで、もう一悶着あった。略。』
『同じく特記。規則の制定後、カイン「で、俺のことは何て書いてあんだ」。本日、二度目の照会である。第四条(自分の頁の照会は、一人、一日一件まで)の新設を、検討中。』
『私事の欄。……第一条は、たぶん、守られない。以上。』




