頼み
――未開のダンジョン 第3階層 岩戸の奥 巨木の中
「ジメジメしてるな…」
悠仁が中へ入ると、むわっとした湿気に包まれた。まるで夏の雨上がりのようだった。ただ、木の良い香りにも包まれている。匂い的には檜に近い。巨木に言われた結晶は、探すまでもない場所にあった。
「あれですね。」
アリスが上を見ながら呟く。皆が上を見ると、白く輝く結晶がゆっくり回転しながら爛々と輝いている。心臓が動いているかのように、その光も規則的に強くなったり弱くなったりしている。
「ありゃ俺じゃ無理だな。魔法で頼む。」
カインは上空に浮かぶ結晶を見て、お手上げだというようにおどけてみせる。成人男性3人分くらい上にあるので、確かに近接職じゃ届かないだろう。
「じゃあ…」
悠仁が杖を構えて詠唱を始める。その結晶がどのくらいの硬度なのか、そもそも魔法が通用するのかわからないが、それを確かめるためにもシンプルな魔法でいいだろう。
「炎よ…」
杖に魔力を込める。せめて痛くないように、苦痛がないようにと祈りながら。
「ファイヤーボール」
杖を結晶の方へ振る。杖の先端に空気中から炎が集まり、火球を形成して結晶に向かって飛んでいく。火球が結晶にぶつかると、「ピシッ」という音を立てて結晶表面に亀裂が走る。
【あぁ…やっと寝られる…】
安心したような声が巨木の中に響く。亀裂からレーザーのように光が漏れ出す。生命力が外へ流れ出しているように。
【冒険者よ、頼んだ。】
「任せとけ。空が綺麗に見える場所に埋めてやる。」
【…それは楽しみだ。】
その言葉を最後に、結晶が一層輝いて、弾けた。
砕けた結晶がダイヤモンドダストのように降り注ぎ、悠仁たちの体を包む。
「ん?あれ?」
悠仁は違和感を覚える。今までよりも感覚が鋭敏になっているような気がする。これは他のメンバーも同様なようで、カインも手を握ったり開いたりして何かを確かめているようだった。ただ、その違和感の正体がわからないので、ひとまず置いておく。
「では。」
フルールが剥ぎ取り用のナイフを取り出し、巨木の内壁に突き刺す。なぜフルールがやろうとしたのか、少しわかるような気がした。
巨木も一応はモンスター扱いなのか、淡く光って消える。
バラバラバラ!
と、上からアイテムが降ってくる。
「うおっ!いってぇ!」
未だに自分の掌を見ていたカインの頭頂部に、落ちてきたアイテムがぶつかる。巨木の核になっていた結晶の小さいものが十数個や、枝、大量の葉などが残った。モンスターの体は全て消えるはずなので、残っているこの葉もアイテムだろう。どんな栄養を摂取したのかわからないが、その葉はガラス細工のように綺麗で硬く、薄緑だった。
落ちているアイテム、特に葉は数が多いので、手分けして回収をする。
拾いながら、誰もあまり口をきかなかった。ついさっきまで話していた相手の残したものを集めている――そう思うと、葉の一枚一枚が妙に軽く、妙に重かった。種だけは、カインが胸元の一番深い場所に仕舞い直していた。
「よし、これくらいか?」
悠仁は額の汗を腕で拭いながら全員に問いかける。ちょうどミーナが最後の葉を拾い終えたところだった。
「これ、周りの鉱石も採集できるのか?」
「やってみるか。」
カインの質問に対して、悠仁は杖を持ち出す。かなり太い結晶だ。物理攻撃では壊すのは難しいと思った悠仁は、魔法でそれを破壊し、採集しようと考えた。
「炎よ…」
難しい魔法で試す必要はないので、簡単な魔法で試す。
「ファイヤーボール」
悠仁が生成した火球が結晶にぶつかった瞬間、驚くべきことが起きる。ふっと、結晶の中にファイヤーボールが飲み込まれたのだ。
「は?」
初めて見る光景だった。魔法が避けられたり、弾かれたりするのはそこまで珍しいことではないが、かき消え、飲み込まれるのは初めてだった。
「……これは。」
ステラが興味深そうにそれに触れる。いつもの眠たげな半眼に、珍しく光が差していた。
「……扱ったことは、ないけど。これ、シュミッククリスタル。高品質の魔具の作成に使えたはず。……完成品は見たことあるけど、こうやって生えてるのは、初めて見た。」
コンコンとノックをするように手の甲で叩く。
「……たしか、物理攻撃に弱い性質だったはず。……カイン、攻撃してみて。」
「おうよ、任せてくれ。」
カインはステラの要請で剣を構えてスキルを発動する。
「一閃!」
「……あ。ストップ。」
「え!?」
ステラの制止は気だるげな声のままだったため間に合わず、そのまま一閃を発動してしまう。ガキンッと大きな金属音が鳴り響く。アリスの肩にいたフェリスが驚いて目を覚ました。多少力を抜くことはできたのだろうが、音から察するに相当な力で攻撃を放っていたのだろう。しっかりと体の移動も終わっていた。
「…いってぇえええええ!!!!」
カインは剣を落として、痛みを逃すように手を振っている。もちろん結晶は割れておらず、欠けてすらいない。
「……これ、縦に伸びてるから。割るなら、横方向じゃなくて縦方向。……一閃は、向かない。」
「もうちょっと…はやく…」
カインは少し涙目になりながら訴える。落とした剣を拾って、もう一度構える。
「…そういえば縦に切るスキルって覚えてないな。」
カインは剣を構えながら間抜けな声を出す。
「いいから普通に攻撃しちゃいなさいよ。」
ミーナが催促するように言葉を投げる。それもそうかと、カインは力を込めた通常攻撃を結晶に向かって放つ。
ピシィィ!!という音と共に結晶に縦方向の大きな亀裂が走り、砕ける。砕けた結晶は、高さはA4サイズの紙くらい、太さは拳2個分くらいの六面体になって地面に落ちる。ちょうどピラミッドをくっつけたような綺麗な形だ。
「おー、こりゃすげぇな。」
カインはズシッと重いそれを地面から拾い上げる。
「これは何になるんだ?」
「……それは、ね。」
ステラの言葉が、そこから少しだけ速くなる。
「魔具——マジックシャードの素材。魔具作成師が中に細工をすると、割ることで効果を発動するマジックシャードが作れる。……スクロールと同じで即時発動。でも、こっちは投げられるから、色々な使い方が、できる。」
流石に生産スキル持ちのステラは、このあたりに明るい。語る声に、ほんの少しだけ熱が乗っていた。
「……ただ。シャードの原料のクリスタルも、スクロールの羊皮紙と同じで、等級の高いものの方が良いものを作れる。……でも、採集が難しいから、中々使われてないのが現状。……それだけの価値も、ある。」
専門的なことはステラ以外わからないが、それなりに貴重なものらしい。持てるだけ持っとくに越したことはないだろう。
「んじゃカイン、他の結晶も頼む。横に切るなよ?」
「馬鹿じゃねぇんだから同じことは繰り返さねぇよ。」
軽口を叩きながら結晶を割り続ける。それを他のメンバーが拾うという、なんとも面白い光景が繰り広げられた。
重い空気が、作業の音で少しずつほどけていく。悲しみに蓋をしたのではなく、手を動かすことで順番に消化している――そんな割り方と、拾い方だった。




