巨木
――未開のダンジョン 第3階層 隠された岩戸
通路の奥は、暗いこちら側からでは確認できないほど明るく、ある種の覚悟をしながら歩みを進めていく。さすがに和やかに会話をしている余裕はない。たかだか数メートルの距離のはずなのだが、長く感じる。絶対的な距離のはずなのに、感じる時間は人それぞれというのは不思議なものだ。
しかし必ず終わりはくる。通路の先まで進んだ一行は、まばゆい光に包まれたように感じた。
「うっ…」
先頭を歩いていたカインが目を腕で覆う。光の正体はすぐにわかる。
奥の空間はかなり広い。草野球くらいならできるのではないかと思えるほどだ。地面は土だが岩がごろごろと置いてあり、壁面は全て岩で覆われている。岩の隙間や奥の方にある地面からは、水晶のような巨大な鉱物が生えている。色は様々で青、桃色、オレンジ、ライトグリーン等だ。光はそれから発せられているようだ。天井は鉱物で覆い尽くされていたため、昼間のように明るい。
光は強いのに、熱がない。結晶の放つ明かりは日向の色をしているのに、肌に届くのは洞窟の冷たい空気のままだった。綺麗という言葉と不気味という言葉が、同じ景色の上で同居している。
煌びやかな雰囲気で、ただそこに観光に来ただけならかなりの満足感を得ることができるだろうが、今回はそうはいかない。一行の目の前には、あまり見たくないものがあった。
「なんだあれ…」
悠仁の口から言葉が漏れる。一行の前にあった――あった、と言っていいのかはこの際些細な問題だが――この広く高い空間の3分の1程を埋めているものがあった。
「あれは…トレント?」
ミーナが目を細めながら、遠くに聳え立つ巨木を見る。
「そう…ですね。大きさから見て別の種族の可能性もありますが、あれからはモンスターの反応があります。」
フルールの感知範囲に引っかかっているようで、モンスターであることに間違いはないようだ。
もしあれが地上にいるトレントと同様のものなら、サイズがかなり違う。遠くからその木をまじまじと観察していると、突然。
ズズズズズズズ…
地面が揺れ始める。立っているのが難しいほどではないが、恐怖感を感じるには十分な揺れだ。10秒ほどすると揺れは収まった。特に変化がないように感じるが。
「…後ろの通路が塞がれてますね…。」
アリスが後ろを振り向いて変化を確認する。丈夫そうな木の根が退路を阻み、小型犬が通れそうな隙間すらない。
【何用か】
突然、声が聞こえる。低く、かろうじて言語として認識できるレベルの声だ。ただ声の大きさはとても大きく、腹に響いてくるようだ。
「…まさか…」
悠仁は塞がれた退路から目を戻し、前方に聳え立つ巨木を見る。よく見ると、トレントの口があった場所がもごもごと動いているのが見えた。
【…】
声の主はおそらく目の前の巨木だろう。無言なのは、返答を待っているからのようだった。
「上でトレントに襲われて、逃げてきた。」
悠仁が答える。話すことができるモンスターなど見たことがなかったが、事実話しているのだから信じるしかないだろう。ひとまず正直に、起きたことを答える。
【そうか。それだけか。】
「あ、あぁ…」
【そうか…。】
その巨木は静かに呟く。
【そなたは冒険者か。】
「そうだ。」
巨木は立て続けに質問をしてくる。心なしか、最初の発声よりも流暢であるように感じた。声を出すことに慣れてきたのか。
【では頼みがある。もちろん対価も払おう。】
「…なんだ。」
言葉を話すモンスターなど見たことがない上に、頼み事をするなんて聞いたこともない。今のところ身の危険は感じないので、話を聞くことにする。ただ、悠仁を含め誰も戦闘の態勢を解いていない。
【私を…殺して欲しいのだ…】
「…なぜだ。」
殺して欲しい。頼みごとをしてくるだけでも驚いているのに、そんな頼みごとまでしてくることに少し警戒をしながらも、理由を聞く。
【もう疲れたのだ。】
巨木はゆっくりと身の上話を始める。
【いつからここにいたかはわからない。気付いた時にはここにいた。そしてここでは常に陽の光が当たっているようなものだ。陽というのがどのようなものかは知らないがな。昔は自由に動いていた気もするが、体は大きくなり動くこともできない。最近では意識も曖昧だ。常に夢の中にいるような感覚だ。もう生きている意味が見出せないのだ。】
「…」
一行は黙って巨木の話を聞いている。
【…同じようなことを経験した者がいるようだな。そなたはいい友に恵まれたようだ。】
フルールがびくりと反応をする。メンバーしか知らないことを、心を読んだかのように言い当てる。
【警戒しなくてもよい。長く生きていることで身についたものだ。…ともかく、もう生きるのに疲れたのだ。こう大きくなってしまってはもう移動も出来ない。これなら生まれ変わって新しく生を受けた方がいい…。】
「そんなことができるのか?」
生まれ変わる。色々思うところはある。ゲームの世界でそのようなことができるのか、ゲームの世界だからこそできるのか。そもそも生まれ変わりはあるのか。悠仁の質問に答えるように、巨木は言葉を続ける。
【これを…】
巨木がザザッと枝を揺らすと、上空から種が落ちてくる。夏みかんほどの大きさがあり、一般的な種子よりもかなり大きい。カインが前に歩いてそれを取る。
【私を殺した後、これを外の世界に埋めて欲しい。ここのような狭い場所ではなく、もっと、広い場所に。そうすれば…】
一呼吸置いて言葉を紡ぐ。
【次は空というものを知ることができるかもしれない。】
何かに思いを馳せるように、その細い目を閉じる。自分はこれから死ぬのだという覚悟を、もう何年も前からしていたように。
「どうすればいいんだ…?」
自分が同じ境遇だったら、悠仁はそう考えた。悠仁は人間として生まれ、これからもそうだろう。何があるかは分からない。もしかしたらこの世界で、あるいは現実世界で何らかの事故に遭い、四肢を失い自由を奪われるかもしれない。それでも今の技術であれば、何とかして動くことができる。それすらもできないとしたら?完全に自由が奪われて、意識があるのにずっと行動もできず、誰とも話すことができず、その場所にいなくてはならない。
考えるだけでも辛くなってくる。それが他者であっても、辛さは想像に難くない。生まれ変わりを信じ、それを望んでいるなら一思いに…、そう思ったのだ。他のメンバーも共感するところはあったのだろう。何も言わずに悠仁の言葉を聞いている。
【結晶だ。私の体の中に結晶の力を感じる。それを破壊してくれれば…。】
「どうやって破壊すればいい。」
やればいいことが分かっても、手段が分からなければ手の打ちようが無い。
【もう私の体は腐っている。根元を少し壊せば中に入れるだろう。その後は…、頼む。】
「わかった…。」
この木は何を考えながら、ここまで生きてきたのだろう。もし悠仁たちがここまで来なかったら、あとどれくらい一人で過ごしていたのだろう。悠仁達もずっとここにいることはできない。一番良い選択肢は、シンプルだった。
「みんなはここで待っててくれ。」
悠仁は一人で進みだす。簡単ではない。もちろん物理的にではなく、心理的な問題でだ。皆心優しい人間で、こういったことをするのには気が引けてしまうだろう。それは悠仁でも例外ではないが、自分がやれば他のみんなの気持ちが少しは楽になる、そう考えた。
トットットッ、と音が聞こえた。横を見るとアリスが並んでいる。カチャカチャという音が聞こえた。後ろを見ると皆がついてきている。
「…。」
悠仁は何も言わない。何も言わなくても、皆分かっているからだ。しばらく歩く。ここに入ってきたときの通路よりも長い距離だったはずなのに、感じる時間は短かった。
巨木が言うように根元は腐っており、幹には所々穴が開いていた。カインが剣で殴りつけると、まるでカステラにナイフを差し込むようにさくりと刃が通って、空洞ができる。
一行はそのまま中に入り込んだ。
中は思ったより静かで、外の結晶の光が穴からいくつも差し込んでいた。これからすることの重さを、その静けさが等身大のまま手渡してくる。誰かが唾を飲む音がした。




