逃走
――未開のダンジョン 第3階層 沼地
「インシニレイト!」
目の前のトレントが炎上し、動きを止める。悠仁の魔法が最後の一撃になったようだ。しかし……。
「カインさん!1時の方向からまた!」
「何体いんだよ!」
アリスの声に反応して、カインが盾を構える。トレントが勢い良く振った枝が盾にぶつかり、鈍い金属音を響かせる。その衝撃で後ろに飛ばされ、沼地のせいで倒れそうになっている。
「っと!」
何とか持ちこたえたものの、追撃が激しい。犬が水を飛ばす時に体をぶるぶると回すように枝を振り回してくるため、攻撃の間隔がかなり小さく、カインは防戦一方になっている。ガンガンという音が聞こえるが、聞こえているうちはまだ防御ができているということなので、安心していいだろう。
「早く何とかしてくれると嬉しいんだが!」
カインは前を向きながらこっちに要望を伝えてくるが、そうもいっていられない。
「今こっちで違うやつを攻撃してる!もう少し持ちこたえてくれ!」
「冗談きついぜ、全く……!」
ここのモンスターは、総じて悠仁とカインの適性レベルを超えている。もしかしたら、ミーナのレベルすらも超えているかもしれない。属性攻撃を含めて、やっとダメージが入っている状況だ。
「フルール!後何体くらい反応がある!?」
「えーと……。近くには5体ほど、遠くからこっちに向かってきている個体も相当数います!」
フルールの索敵に引っかかったモンスターだけでもかなりの数がおり、これからやってくる個体も多いらしいことが分かった。
「……こんなことなら、火属性、もっと作っておくんだった。……ブレイズ。」
ステラもスクロールを使用し、戦闘に参加している。効果的にダメージを与えられているが、如何せん数が多い。
倒しても、次から次へと新しい個体が現れる。隙を見てミーナが跳び回り、器用にドロップアイテムの回収をしている。意外とちゃっかりしている。しかし、先のことを考えると非常に重要なことには変わりない。
「フレアジャベリン!」
フルールが炎の槍を投擲する。外皮が新鮮で硬いトレントと、フレアジャベリンとの相性はとても良かった。突き刺さることで内部に攻撃が出来るため、爆発的なダメージを与えることができるが。
「はぁ……はぁ……。」
フルールは肩で息をしている。使用魔力が多すぎるのだ。イフリートの槍を模倣するのは簡単なことではない。ポーションを何度も使用しているが、ポーション酔いを起こしそうになっている。そろそろ間隔を空けないと、大変なことになりそうだ。
戦線というのは、音で分かる。カインの盾の音の間隔、詠唱の声のかすれ、ポーションの栓を抜く回数。どれもが少しずつ悪いほうへ動いていて、悠仁の中で「撤退」の二文字が急速に重みを増していた。
「フルール!一旦下がれ!」
悠仁の指示を聞いたフルールが、少しふらつきながらバックステップをして、後ろに下がってくる。
(しばらくフルールに魔法は使わせられない……。個体数も多い……。この森、どのくらいトレントがいるんだ……。)
「Yujiさん!反応の出方からして……この森、半分以上がトレントです!2本に1本は、木じゃなくてモンスターだと思ってください!」
下がりながらも索敵を続けていたフルールが、信じがたい報告を寄越す。森の5割以上がトレント。それを知らずに森へ入ってきてしまった時点で、やや軽率だったのだ。
「ミーナ!どこから逃げられる!」
「えぇ!?えーっと……今なら10時の方向!」
ミーナもハンターなので、フルールの範囲ほどではないが、モンスターの感知ができる。
「10時の方向だ!走れ!」
走る指示を出す。これ以上の戦闘は、リスクのほうが大きすぎる。少なくとも、休憩を挟まなければ命の危険があるだろう。カインと悠仁に関しては、既に命の危険があるのだが……。
「アクセラレーション!」
タイミングよく、アリスが加速の魔法をかける。このあたりの状況判断はさすがである。全員で10時の方向へ走る。こちらを感知したトレントが振り向いたり近づいてきたりするが、所詮は木。高い防御力を誇っているが、動きは鈍い。それでも、囲まれてしまうと大変だが。
「……カイン!しゃがんで!」
フルールの声が響く。カインは咄嗟のことだったが、しっかりと反応をして、スライディングをするように体を下げる。
ドゴッ!
近くの木が凹む。凹んだ木の根元には、ゴトリと拳大の石が落ちている。どうやら、遠くから投石をされたようだ。
「あっぶねぇ……助かった。」
カインはすぐ立ち上がって走り出す。追撃されないように方向を修正しながら走っているが……ドゴッ!ドゴッ!ヒュッ!という音と共に、投石が続けられている。
「何なんだよ!トレントの他に、まだ何かいんのか!?」
ここに生息していたリザードマンは、武器を所持していた。もしかしたら、その中に投石をする個体がいるのかもしれない。そう考えるが、姿が見えない以上は憶測だ。しかし、周りにはトレントがおり、そっちまで集中している余裕はないため走り続ける。
しばらく走っていると、目の前に苔生した岩が見える。
「あそこ!入れるみたいです!」
アリスが指を指して声を上げる。少し右にずれていて、奥が空間になっているのが見えたのだ。岩戸はけして大きいわけではないため、すぐに動かせそうだった。
後ろからは、トレントがゆっくり迫ってくる。謎の投石は止んでいるが、いつ再開されるかも分からない。
悠仁とカインは、岩戸を力いっぱい右方向へ動かす。苔でうまく滑ってくれたのか、ずずずと横にずれた。
奥に何があるか分からない。罠があるかもしれない。トレントよりも強大な敵がわんさかいるかもしれない。悠仁の頭にそんな不安がよぎるが、少なくとも、ここに居続ければ確実な全滅が待っている。
(それよりは……!)
「とりあえず入れ!」
悠仁が率先して中に飛び込む。すると。
ズルッ!
「は!?!?」
岩戸の奥は、滑らかになっている岩の表面に苔が薄く生えている上に、傾斜の緩い縦穴のようになっており、さながら自然の滑り台が完成していた。そこに勢い良く入ってしまった悠仁は、問答無用で奥へ滑っていってしまう。
手で地面を押さえようにも、滑ってしまって上手くいかない。
「悠仁さん!」
アリスが悠仁を追って飛び込む。2人が中に入って、それしか選択肢が無いならと、全員その後に続く。
「うおわぁあああああああ!」
「「「きゃぁあああああああ!」」」
悲鳴を上げながら、全員は命からがら、どこへ続くかも分からない滑り台を下り始めた。
ポーション酔い(システム)
ポーションの連続使用によって、酩酊のときの不快感のようなものを感じるシステム。ポーションの連続使用が困難になる。気分不良と、効果が段々と薄くなってくるデメリットがある。等級の高いもののほうが早く症状が現れる。ポーション全般に起こるものだが、種類が違えば(ヒーリングポーションとマナポーションのように)起きない。逆を言えば、種類さえあっていれば起こってしまうものである。




