動く木
――第3階層 沼地
悠仁たちはリザードマンとの戦闘後、何事も無く先へ進んでいた。不思議なことに、リザードマンとはその後、戦闘になっていない。
「なんか、拍子抜けだな。」
悠仁が、思っていたことを口に出す。リザードマンは集団で行動する生物であり、大抵、仲間の声が聞こえたら寄ってきて加勢するものである。
「……いえ……、気は抜けません……。」
フルールが神妙な顔をしている。ミーナも同様だった。
「……何かいるのか?」
悠仁が何かを察したようにテンションを変えて、フルールに尋ねる。
「恐らく……。ただ、正体が分かりません。既に囲まれているというか、そこかしこに反応があるんですけど、姿が見えないんです……。木の上を見ても敵はいないし……。」
フルールは、確かに感じているモンスターの気配があるのに、その実物が無いことに不安を覚えているようだった。感覚系を惑わせる魔法なども存在するが、ハンターのパッシブスキルを誤魔化すのは、そう簡単なことではないはずだ。
見えない敵というのは、見える敵よりも歩みを重くする。誰もが視線だけを方々に配り、木の一本一本がただの木であることを目で確かめながら進んだ。それでも、疑い続けるには森は広すぎた。
「でも、配置もまばらだから、リザードマンではないんですよね……。」
「襲ってこねぇならいいじゃねぇか。そいつみたいな環境生物かもしれないぜ。」
心配そうにするフルールを尻目に、カインはフェリスを指差して笑っている。フェリスはカインのことをむっとした顔で睨んだが、乾燥した果物の欠片を下投げされると、器用にぱくりとキャッチする。
「よかったね。」
アリスは、果物をもらったフェリスの頭をぐりぐりと撫でる。鬱陶しそうにしているが、抵抗はしない。
「まぁ、確かにそうね……。襲ってこないなら……。」
「そうだぜ。あんまり気張りすぎると、この先でばてちまうぜ。」
そう言って、カインは近くにあった木に手をついて一休みする。
ヌルッ……。
「は?」
カインが間抜けな声を上げる。皆がカインのほうへ目を向けると、木から出ている粘液で手を滑らせて、転びそうになっている姿があった。
「なにやってんの、あんた。」
ミーナが呆れたようにカインを見ている。しかし、その時。
ジュルリ……。
木の幹の皺から、大きな白い舌のようなものがはみ出してくる。カインが手をついたあたりを、べろりと舐め回している。
「うぉあああ!!」
間近にいたカインが、あまりの驚きで飛び跳ねて、悠仁たちの方向へ下がってくる。木は一通り舐め回した後、振動を始める。
「な、なに……?」
ミーナが弓を取り出して身構える。
ブチュブチュと沼地から何かを引き摺り出す音がしたと思ったら、木の根っこが沼地から出てくる。足のように大きく太く発達した根っこを地面から出した木は、その樹高を数十cm高くしたように感じた。
それもそのはずである。3本の根っこで立っているのだから。
「……スキルに反応してたのは、こいつか……。」
外見は普通の木だった。しかも、全ての木がモンスターだったわけではないようで、気付くのが遅れてしまった。そもそも、今回のことが無かったら気付かなかったかもしれない。ミーナもフルールも、この相手は初めてだったようだ。
「トレント……。忘れてました。」
アリスが思い出したように口に出す。
「トレント?そんなの本にあったか?」
「はい。少しだけ。」
アリスは、このモンスターのことを知っているようだった。
「バーゴルドンのみならず、各地に存在してる木の形をしたモンスターですね。痛みを感じないそうです。なので、中途半端な攻撃は挑発してしまうだけで効果は無いと……。ただ、見ての通り木なので、火属性の魔法に弱いそうです。ただ、生木なのでかなりの高温で無いと焼けないようですが……しかも……。」
アリスはあたりを見回す。目の前のトレントだけに気を取られていたが、周囲で3本ほどの木が動いている。
「地面の中で交信をしているという噂で、1体が起きると他の個体も目を覚ますとか……。あぁ。そっか……。」
「おいおい……冗談だろ……。」
あまりの多さに、森全体が動いているような錯覚に陥る。アリスが何かを思い出したように呟いている。ただ、この数である。後ろの木も、今まさに動き出そうとしている状態。逃げるには、まず前の敵を倒す必要がある。
(考えるのは、まずこいつを倒した後で……!)
悠仁は杖を構える。なるべく短時間で、かつ早く。
「炎よ その權勢留まることを知らず 沸き立つ喊聲のように燃え盛る」
詠唱を完了させる。火属性魔法は使いどころを選んでしまうことはあるものの、やはり何かと使い勝手がいいと思って習得しておいたものだ。
「インシニレイト!」
トレントの体が瞬時に燃え上がる。効果の程は定かではないが、少なくとも前方は見えていないようで、フラフラとしている。魔力を込め続けていると、そのうちパチパチと生木が爆ぜる音が聞こえてくる。
「……くっ!」
魔法の持続時間に限界が来る。火は霧散して、体の表面が黒く焼けたトレントが残った。その細い目は、悠仁のことを睨みつけているように見える。現段階で最もダメージを与えているのが悠仁なのだから、当然といえば当然である。
「猛々しく燃える火の精霊よ私の手を取り力を貸して 魔手に握られたその槍を 貴方の僕に仇為す輩に 裁きの灼熱を」
詠唱を終えて、フルールは手に紅蓮の槍を握りこむ。
「フレアジャベリン!」
槍投げをするように、トレントに向かって投擲をする。動きが鈍いトレントが、それを防御したりかわしたりできるはずも無く、ど真ん中にクリーンヒットする。
「……ブレイズ。」
続いてステラも、スクロールを取り出して魔法を発動する。気だるげな声とは裏腹に、トレントの足下が赤く輝き出して、そのまま柱を作るように白い炎が立ち上がる。途中でボンッという音が聞こえる。フレアジャベリンの爆発だろう。立て続けに炎属性の魔法を食らったトレントは、為す術無く燃え尽きる。恐らくフレアジャベリンの効果で内部まで燃えたのだろう。真っ黒になったトレントは、ズシャンと音を立てて後方に倒れこんだ。
「炎の魔法って豪快だな……。近くにいるだけで日焼けしそうだぜ。」
一番間近でそれを見ていたカインが、口をあけたまま感想を口にする。遠くにいても熱を感じるのだ。近くにいれば尚更だろう。
カインはすぐに死体に近づいてナイフを刺し、ドロップアイテムを回収する。
「よし、一旦離脱だ。走るぞ!」
回収が終わったカインを見て、悠仁が指示を出す。一行は、歩く木が蠢く森の中を駆け出した。
走りながら、悠仁は魔力の残りを数えていた。インシニレイトの維持は思ったより食う。一体にこれだけ掛かるなら、この森を焼き払いながら進むという選択肢は最初から無い。逃げ足も立派な戦術だと、自分に言い聞かせる。
トレント(モンスター)
木の形をしたモンスター。動いていなければただの木と何も違いはない。基本的には普通の樹木と同様に地面から栄養を摂取しているが、可能であれば口から獣を食べることもする。基本的に長く生きているので、その土地にある栄養や地面の質によって個体差が出る。その中でも特に長く生きているものは、魔法を行使したりするという。
インシニレイト(魔法)
火属性の3小節魔法。相手の体に炎を纏わりつかせて焼き尽くす。相手の形状や場所を問わず使用できるので便利だが、使用魔力が多く、維持するのは難しい。
ブレイズ(魔法)
火属性の4小節魔法。相手の足下に魔法の起点を生成して炎の柱を作り出す。使う魔力の量によって持続時間と柱の太さ、長さが決定する。火属性魔法の中ではかなりの高温である。




