リザードマン
――未開のダンジョン 第3階層
「向こうでも話したように、俺とアリスの考えでは、あいつは討伐対象外だと考えている。」
悠仁は空に漂うモンスターを指差して、全員に話す。討伐は不可能なわけではないが、今の自分たちでは難しいのは誰もが分かっている。
「階層を経るたびに難易度が上がっていくのは、まぁいつものことなんだが、さすがにあれはな……。だから、ここにいる他のモンスターが対象だと考えた。一応聖堂で調べたところ……。」
悠仁は、アリスと調べた内容を全員に告知する。
「ってことは、あの森の中って沼地になってるのか?」
カインが森を指差しながら質問してくる。
「あぁ、恐らくな。一応ステラの仮説をもとに、ここがバーゴルドンであるってことで調べた結果だ。」
まだ本当に転移させられているのかは分からないが、何も情報が無いよりはましだろう。
「第1階層みたいに、向こうから出てきてくれればいいのによぉ……。」
カインは面倒くさそうに頭をかいている。第1、第2と偶然ともいえる状況でボスに出会うことができたが、今回はマップが広く、そういうわけにもいかなそうだ。
「ま、行ってみるしかないさ。毒耐性のポーションは俺が買って来ておいたから、これを飲んでから沼地に入るぞ。」
悠仁は全員にポーションを配布する。全員が受け取ったのを確認してから、カインを先頭に高原を下りていった。
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――未開のダンジョン 第3階層 沼地
「うぅ……服につきそうです……。」
アリスが嫌そうに、沼地へ足を踏み入れている。ぐちゅり、という音と共にブーツが泥に沈む。
幸か不幸か、ほぼ水が無い。泥が中心となって沼地を形成しているようだ。普通の森林のように木が乱立しているが、不安定な土壌で巨大な木が倒れないのか疑問に思う。小さな虫が常に飛んでおり、あまり衛生的ではないことが窺える。
かろうじて日の光が届いているため、足下や手元が見えなくなることは無さそうだ。
一歩ごとに泥が足を掴み、離れる時に湿った音を立てる。空気は重く、腐った葉と水の匂いが鼻の奥に居座った。誰も口にはしないが、ここでは歩くこと自体が体力を削っていく。
「こういうとき、魔法を使う職業ってかわいそうよね……。」
それに比べてミーナは、ローブなどを使用しない革装備で動きやすさを重視しているため、服に泥がつく心配はない。ちなみに悠仁のローブは、既に裾が泥まみれになっている。
「……Yujiのそれ、私と似たデザインでしょ。……裾、上げればよかったのに。」
ステラが、自分のローブを指差しながら悠仁に言う。ステラと悠仁のローブのデザインは似ていて、ステラは腰のベルトで裾を調整して、泥がつかないようにしていた。小柄な彼女は、何もしなければ裾ごと泥に浸かってしまう。この手の支度には抜かりがないらしい。
「……もっと早く言ってくれ……。」
悠仁は今更ながら、ベルトで裾の調整をする。溜息をつきながら裾を調整していると、前から声が聞こえる。
「カイン、おぶって。」
「勘弁してくれよ……。」
フルールが、カインに無理難題を押し付けているところだった。
「だって、私の装備が泥まみれになるのよ?それでもいいっていうの?」
「全員そうなんだから、しかたないだろうが。」
「そう……。」
フルールがしょんぼりした表情をして、顔を背ける。
「んーあぁ……深いところがあったら考えてやる……。だから、あんまりしょげんな。」
折れたようにカインが呟く。フルールの肩に手を置いて自分のほうに振り向かせると、笑いを堪えているような表情をしている。
「嘘に決まってるじゃない。みんながいるところでおぶってもらうなんて、恥ずかしすぎて死んでしまうわ。」
「てっめ……。」
夫婦漫才のような光景をおかずに、足場が悪い沼地を進んでいく。上から見る限りかなり広大な森だったので、まだ10分の1すら進んでいないだろう。
しかし、しばらくすると、冗談を飛ばしていたフルールの目つきが変わる。
「……カイン、前。」
口調が変わったことでモンスターの気配を察知したと、カインにも分かったのだろう。すぐに盾を取り出して防御の体勢に入る。
他の4人には、何も聞こえないし何も感じられない。だがフルールは、じっと森の奥を見つめている。そのうち、ミーナもはっとした顔で同じ方向を見つめる。レベルによって、気配を感じられる距離に違いがあるのだろうか。
段々と、遠くから音が聞こえてくる。
ズチャズチャと、平べったいもので泥を叩くような音だ。見つからないように木の陰に隠れて様子を窺う。しばらく待つと、音のしたほうから、緑の肌をしたトカゲが4匹でこちらに歩いてきた。体には動物の皮で作ったと思われる鎧。手には、粗雑だが槍が握られている。尻尾や手足は太く、力の強さを物語っている。
すんすんと鼻を動かして、匂いをたどっている。
「……。」
悠仁はカインに目配せをする。4匹程度なら問題ないだろう。悠仁が頷くと、カインはそれを読み取ったかのように頷き返してくる。他のメンバーもそれを見て、これからの行動を理解したようだ。
カインは木の陰から飛び出して、先制攻撃を加える。
「爪痕!」
前を歩いていた2匹に攻撃が命中する。傷跡から青色の血を出すが、量は大したことない。
「かってぇ!」
鱗に守られた肌は思った以上に硬く、今のカインの攻撃では深く傷つけられなかった。
「ファイヤーボール!」
悠仁が魔法を発動する。しかし……。
キュゥン……という音と共に、魔法が後ろに受け流された。
「は!?」
「魔法の防御が施されてます!あれに魔法は効果が薄いです!」
驚いている悠仁に、アリスが指示する。
「クルルルルル……。」
舌を出し入れしながら、リザードマンが間合いを窺っている。
「ってことは、物理攻撃だけしか効かないのか?」
「いえ、高威力のものを使えば多少は通りますけど、物理攻撃ならそのまま攻撃が通るので、物理攻撃を中心に戦闘を組んでいったほうがいいです。」
初めての、魔法が効かない敵を前にして悠仁は戸惑った。カインの剣が通らなかった今、まともな戦力になるのはフルールくらいしかいない。
「フルールの補助に回るのが……。」
「いえ、覚えた魔法を使えば……。」
アリスが詠唱を始める。
「ジュームよ私は求める 滾々と沸き続けるその力を 我らの敵を討つ為に」
3小節の魔法の詠唱を終え、前衛に杖を振る。
「フォルツクレアーレ」
アリスが使用しているのは、ウェイルが使用した強化魔法だった。
「多分これで……!」
「カイン!もう一回だ!」
悠仁がカインに指示を出す。
「おうよ!」
カインが前進する。リザードマンは槍を突き出しカインを刺そうとするが、盾で後方に軌道を逸らして更に前進する。もう一体の攻撃は防げなかったので、体をよじって避ける。その身のこなしは実に見事だった。
「爪痕!」
もう一度、同じスキルを使用する。すると。
「ギッ!ギッ!」
体から血を噴き出す。さすがに戦闘不能までは持っていけなかったが、それでもさっきよりは大きなダメージを与えることができた。
「おっしゃ!」
歓喜の声をあげて、カインはバックステップして元の位置に戻ってくる。
「これも……!」
ミーナが弦を引き絞って、狙いを定めている。リザードマンの後ろを見て、こくりと頷いた後に矢を放つ。
「エクステンシブ……ショット!」
弓に3本の矢を装填して打ち出す。広範囲にわたる攻撃のため、リザードマンは広がることが出来ずに小さくまとまってしまう。その時。
「鋭刃」
黒子のように木の影からフルールが忍び寄り、リザードマンの首をかき切る。喉を切断されたリザードマンは、声も無く地に伏した。急に仲間が倒れたことで動揺した集団は、もう統率が取れていない。
フルールはそのまま、もう1体も仕留める。
「後ろを気にし過ぎで、前がお留守だぜ!」
カインは、動揺している2匹に向かって再度走り出す。先ほどはしっかりと迎え撃っていたリザードマンも、さすがにこの状況では、接近してくるカインを見つめることしかできず……。
「一閃!」
鋭い一撃が、2体のリザードマンの腹部を切り裂く。手ごたえがあったようで、カインは満足げな顔をしている。
「ふぅ……っておわぁ!!」
完全に倒しきれていなかった片方のリザードマンが、短剣を手にカインへ襲いかかろうとしたが。
「ふっ!」
ミーナが矢を放つ。ドッという音がしたと思ったら、リザードマンの頭部を矢が貫き、その勢いで木に縫い付けていた。
「余所見しないでよ。」
「ふぃー、助かったぜ。」
ミーナに片手を上げて、無事をアピールする。
「……今日、私、何もしてない。……紙も、1枚も減ってないし。」
「俺たちは魔法職だから、今回は空気だったな……。」
ステラと悠仁は顔を見合わせて苦笑する。今回は物理攻撃特化の戦闘だったが、きっと逆のパターンもあるのだろう。
「よし、じゃあアイテムを回収して、すぐに移動だ。リザードマンは群れで行動しているモンスターらしいから、あまり長居すると、今の戦闘音を聞いた他の個体が集まってくるかもしれない。」
悠仁の指示に頷いたメンバーは、すぐにアイテムの回収をして移動を開始した。
回収の手は速かった。青い血の匂いが泥の匂いに混ざりきる前に、一行はその場を離れる。魔法がほとんど通らない敵がいる――その事実だけを、全員が新しい荷物として背負い直していた。




