初戦闘
「お二人は、いつもこんな感じで移動してらっしゃるんですか?」
地面の起伏をこれでもかというほど感じる馬車の荷台で、Aliceが二人に尋ねる。
「まぁな。俺たちには自分の馬車を持つ金も無ければ、いい馬車に乗る金も無いし…」
「わ、私は楽しくていいですけどね!」
ホントか嘘か分からないフォローが心にくる。
「俺は好きだぜ!雨の日は遠出できないし、日差しが強い日には嫌になっちまうけど、やっぱりこうやって風を肌で感じるのは、これから冒険するぜ!って感じがしてるからな!」
「私もそう思います!」
Aliceとカインは、冒険が好きという点で共通していたのか、すっかり意気投合している。
(よかった、初対面ではあのでかい図体に驚いていたからな。)
「それにしてもよYuji、せっかく3人になったのに、またいつもの狩場なのか?」
「まぁな。新しくメンバーが増えたといっても、急造の作戦や陣形で新しいモンスターに挑んで危険な目にあうよりは、今まで狩った事のあるモンスターを相手にしたほうが安全だろう。これはただのゲームじゃないんだからな。」
「それもそうか。こんな感じだAliceちゃん、Yujiに任せておけば大体は安全だ!」
「そうなんですね!お二人は仲が良いみたいで羨ましいです!」
「今はそうだが、最初の頃は酷かったな。」
「あぁ…、お互い子どもだった…」
悠仁とカインは、お互い遠い目をする。
「お二人にも、そんな時期があったんですか?」
「ま、機会があれば話すさ。そろそろ着きそうだ。」
森の入り口まで来たので、馬車を止めてもらう。
「じゃあこれ料金。2時間後くらいに来て貰えるかな?」
「すみませんお客さん、私はこれから隣町まで荷台の荷物を運ばなくちゃいけねぇでさ。仲間に来てもらうってことでもええですかい?」
貸し馬車の大半はNPCが御者をしている。このゲームのNPCは、変な人間よりも人間らしい。そして、どのNPCにも職業と生活があり、何から何まで思い通りにいくことはありえない。こういったやりとりもよくあることだ。
隣町へ荷を運ぶ用事は、こちらの都合では動かない。断られてみれば当たり前のことだが、この当たり前が世界を世界らしくしている。呼べば必ず来る馬車しかない場所より、都合の合わない誰かがいる場所のほうが、よほど旅をしている気になるのだ。
「分かった、それで頼む。」
「悪いねお客さん。じゃあお気をつけて。」
馬に軽く鞭を入れて、馬車がそのまま道を進んでいく。Aliceが小さく手を振っているのが印象的だった。
NPCの御者に手を振る客など、そう多くはない。振られた側の御者も心得たもので、麦藁帽を少し持ち上げて応えてから行ってしまった。作り物と割り切るか、生きている相手として扱うか。この子は考えるまでもなく後者であるらしい。
「さて、行くか。とりあえず今日は戦闘の確認をするだけだから、くれぐれも無理をしないように。」
「はい!わかりました。」
「任せとけ!」
意思の統一を行ったところで、3人は森へと足を進めた。
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――アルテミラの森
足音を立てないように、3人は歩を進める。
今日も木漏れ日がまぶしい。それにこのローブは通気性がそこまで良くないため、歩くたびに暑くなってくる。
カインは大きな鎧を着ているため暑そうに見えるが、金属製の鎧は可動性のため隙間も多く、意外と涼しいそうだ。
(Aliceは暑くないのか?神官服だってそこそこ暑いだろうに…)
彼女に目を向けると、ロングスカートだと思っていた服は結構短く、綺麗な足が見え隠れしている。
(まじか…)
見なかったことにしておこう。というか、じろじろ見ているのがばれたら何を言われるか分からない。ある程度信用してくれたのか口調は丁寧で砕けてきたが、初対面で疑われているときは害虫を見るような目と口調だったのを思い出した。ともかく、暑いのは自分だけなようだ。
(何でこんなところまで再現したんだALGO…)
この程度無視していいと思うのだが、何か意図があってのことだろう。と自分を納得させつつも、こういった探索の時には毎回恨めしく思ってしまう。
暑さも、蒸れも、革紐が肩に食い込む感覚も、この世界は省いてくれない。おかげで冒険は冒険らしくなるのだが、快適さを求める人間には向かない仕様だ。もっとも、そういうものを省いた世界をいくら歩いても、たぶんこんなふうに景色は染みないのだろうという気もする。
「Yujiさん、大丈夫ですか?」
息が上がっている悠仁を心配したのか、Aliceが声をかけてくる。
「あぁ、大丈夫だ。このローブ、暑くてな。」
「わかりますわかります。私もこの神官服暑くて、仕立て屋さんに少し改造してもらっちゃいました。本当はもっと長いんですよね、この服。少し防御力が落ちちゃったみたいですけど、快適じゃないとなかなか気分も乗りませんし…」
「確かにそうだな。」
(男に対しての攻撃力は増しちゃってるけどな…。目のやり場に困る…)
先を進んでいたカインが足を止める。
「…どうした。」
「前のほうにモンスターの気配がする。」
「わかった、俺が見てくる。お前はAliceを頼む。」
悠仁はカインが頷くのを確認して前へ進む。鎧は音が出るため、悠仁が偵察をしたほうが被発見率が下がるのは言うまでもない。特に今回は獣系モンスターが相手であるため注意が必要だ。
腰を落として草をかき分けるたび、青い匂いが立つ。背後の二人の気配を背中で感じながら進むのは、一人で偵察に出ていた頃とは別物の心持ちだった。見られていると思うと、足の運びまで少し丁寧になる。
草むらを抜けて前方の確認を行うと、群れからはぐれたのか、一昨日よりも大型のワイルドウルフの個体が小動物の死体を食べているのが見えた。悠仁はゆっくりと後退し、カインにモンスターの情報を伝える。
「…というわけだ。モンスターの数も幸い1頭のようだし、練習にはもってこいだな。」
「じゃあひとまず俺が先に発見されて行動を止めた後、酒場で話した作戦を試してみるか。」
Aliceが頷く。
「じゃあ行くぞ。準備はいいか?」
カインは二人が了承したのを見ると、草むらから飛び出した。
「ウォオオオオオオオオオオオオオ!!!」
咆哮で相手の行動を一時的に止めて、自身にヘイトを集める。
モンスターのヘイトがカインに集中したのを確認してから、悠仁はAliceと一緒に草むらから出る。
「それでいい!倒しきらないように攻撃を受け続けてくれ!」
「おうよ!任せとけ!」
返事をしながら、盾で攻撃を受け流す。
「炎よ…」
杖を構え、手短な詠唱を終えて魔法を発動する。
「ファイヤーボール!!」
魔法は基本的に必中だ。もちろん回避行動を取れば、クリーンヒットを回避したりダメージを下げる事は可能だ。
しかし、魔法抵抗のある呪文や防具で防御を固めない限り、防ぎきることはできない。
こちらの攻撃に反応したモンスターは回避行動を取り、右前脚にかろうじてかすっただけに留まる。さすがに成長した個体は反応も早い。
攻撃行動を取っていなかったカインから、こちらにターゲットが移る。ここまでは予定通りだ。
Aliceに目配せをする。
「光よ」
悠仁が使ったことの無い、光属性の詠唱だ。しかし、故意にターゲット変更を行うのであれば、より高位の術を使わなくてはならない。
「我が道の闇を払い給え」
悠仁が唱えた1小節の呪文よりも高位の、2小節の呪文の詠唱が開始されたことによって、ワイルドウルフの意識がAliceへ移る。右前脚に熱傷を負っているとはいえ、魔法攻撃を回避できる俊敏さだ。早々にターゲットをAliceへ変更して、素早く距離をつめていく。
「フォトンライト」
静かにスキルの名前を呟く。魔法そのものを慈しむような、そんな声色と、どこか寂しさを感じさせるような表情で、魔法石の据え付けられた杖を前に出す。その瞬間、ワイルドウルフとAliceの間で、まるで閃光手榴弾が破裂したかのような強烈な光が辺りを包む。
「うっ…」
予期していなかった光に、こちらまでひるんでしまう。きゃうん、というワイルドウルフの情けない声が聞こえてくる。
「うおぉぉらっしゃー!」
前方を向いていて閃光の効果を受けなかったカインが、ワイルドウルフを背後から攻撃する。
「ぎゃうん!」
短い断末魔をあげた後、『どさり』という音が悠仁の耳に届く。やっと羞明が収まった頃には、そこには死体を見下ろす二人の姿があった。
まぶたの裏にはまだ白い残像が焼き付いていて、瞬きのたびに薄れていく。たった一体のワイルドウルフに三人がかり、それでいて誰一人かすり傷も負っていない。この当たり前のような結果が、二人きりの頃にはどれだけ遠かったか。悠仁は詰めていた息をゆっくり吐き出した。
「ふぅ…まぁいいところだろう。フォトンライト、だっけ?それには驚いたけど、ターゲット変更はうまくいったな。」
「Aliceちゃんすげぇな!2小節のスキルを使えるのか!」
「えぇ、なんとか。しかしこれは2小節の魔法の中でも精神力の消費が少ないものですので…」
実際には3小節の魔法を使用できるはずなのだが、この界隈では必要ないと判断したのだろう。
手の内を全部は見せない。それは相手を信用していないというより、力の出し入れを知っている人間の慎みに見えた。使える力を使えるだけ振り回す時期は、この子の中でもう終わっているのだ。レベルの数字以上の場数が、そういう細部から知れる。
「さて、じゃあ剥ぎ取りをしようか。」
剥ぎ取り用の短刀を取り出して剥ぎ取りを行うが、スキルレベルが未熟なため毛皮までは採取できない。しかしながら、今回は死体の損傷が少ないため、骨と牙、そして肉を採取することができた。
「まぁ肉は腐りやすいから後で食べちゃうとして、もう少し狩りをしてみようか。時間もまだそんなに経ってないしな。」
「おう、そうしよう!」
「私もそれで大丈夫です!」
3人は昼食の準備を行いながら、午後の計画について考えるのだった。
フォトンライト(魔法)
2小節の魔法。強烈な光を放ち目を眩ませる効果がある。効果範囲外からは明るく見えるだけだが前方のかなりの距離まで効果がある。殺傷能力はなくあくまで目くらましの呪文である。下位魔法に「フォトン」があり、持続性のある明かりを灯すことができ松明の代わりに使われることが多い。




