第3階層
――未開のダンジョン 第2階層 ログハウス内
カチャカチャ、と食器を片付ける音が聞こえる。第2階層のボスを倒した後、しばらくログハウス内で食事を取っていた。どうせ燃えないんだろうとログハウス内で焚き火を始めたら煙が充満して大変なことになったのはいい思い出である。
食事中にはこれからの方針について話し合った。このまま先に進むのか、それとも戻って補給と休息をするのか。しかし消耗品もまだ残っているということで次の階層に進むことになった。食器は悠仁とフルールが片付けて、他のメンバーは装備の点検をしている。アリスだけはフェリスに餌をあげているが。
「…よし、こんなもんか。助かったフルール。」
「いえ、食事関係は分担で運ぶって話でしたから。」
フルールが持ってきた食材の量は凄まじくどれだけの期間キャンプをする予定だったのかと思うほどだった。おかげで全員が十分に腹を満たせる料理が作れている。ひとまず食器を片付け終わった2人も装備の点検を行う。
「アリス、ここもスイッチがあるのか?」
「はい、ちょうど悠仁さんが座っている辺りにありますよ。」
悠仁がアリスにスイッチの場所を聞くと、アリスは悠仁の尻がある場所を指差して答える。どうやらスイッチの上に座っているようだ。
「なるほど、じゃあ押しちゃってもいいか?」
「おいおいおい!!まてまて!そのまま押したら俺が階段から転がり落ちる!」
丁度部屋の中央にいたカインが装備を両手で抱えて逃げ出す。悠仁は冗談のつもりだったのだが結構本気で驚いていたようだ。誰も階段があると思わしきところにいなくなったのでスイッチを押すと「ゴゴゴゴゴ」と音を立てて前の階層と同じように階段が出現した。
「ま、変わり映えはしねぇわな。」
カインが鎧を着用しながら呟く。このギミック自体はこのダンジョンに入ってくるときと全く同じ仕組みなので目新しさが無いといえばそこまでだ。
「それじゃ毎度のことだが、カイン頼むぞ。」
悠仁の促しで、装備の装着が終わったカインが先頭に立って階段を下りていく。カインの肩越しに見える階段の先では既に光が射している。そのまま一行が進み続けるとそこには。
「わぁー!きれー!」
アリスが思わず声を出す。見えたのは夕暮れ。綺麗な橙色に染まる空と、その光を受け取った芝がキラキラときらめいている。ログハウスの出口があったのは丁度高台になっている場所で先の風景までが一望できた。
「こりゃ絶景だな…。」
建造物が多い現実世界では中々お目にかかれない。植物も現実世界のものではないだろう、タンポポの綿毛のように光る粒をふよふよと漂わせている。平原の左右に見える森林からは鳥が飛び立ち、マナだと見られる光がそこからも漂っている。
「……いいね。……いいねぇ、これ。」
ステラのテンションがかなり上がっている。
(そういえばステラはコテコテのファンタジーが好きなんだっけか。)
ステラがアリーシャを拠点に活動していたのもバザールの風景がファンタジー世界のそれだったからだ。今回のこの風景はステラが求めるものそのものなのだろう。
しかしここはダンジョン内、やるべきこともある。悠仁は辺りを見回すがログハウスは見当たらなかった。
「ここからじゃログハウスは見つけられないか…。」
「いや…。」
悠仁の発言をミーナが遮る。
「あそこ…。」
ミーナが指差す。悠仁には何も見えないがミーナには何かが見えているようだ。フルールもミーナが見ている方向をじっと見つめている。他の4人はさっぱりだ。
「多分あれ、ログハウスよね。見える?フルール。」
「はい、あれログハウスですね。間違いないと思います。」
ハンターの2人は職業特性が掛かっているのか悠仁たちが見えない場所まで見えるようだった。
「ってことは俺達の目では見えないレベルで遠いところにあるのか…。」
「んー、ここの高さから考えると…。」
フルールが視線を上に上げて思考する。何かを計算しているようだ。しばらくすると顔を悠仁のほうへ戻す。
「多分15kmとかその辺りだと思うので、そんなに問題ないと思いますよ。」
フルールがにっこり笑いかけてくるが連戦が続いた後に15kmを歩ききるのは相当に大変だ。悠仁とカインとミーナは苦笑いになる。
「しょげててもしかたねぇか…。」
カインが歩き出す。それに続いて皆歩き出す。
苦笑いはしたが不満があるわけではない。風はさわやかで、空気も美味しく感じる。景色は最高でシチュエーションも完璧だ。まるで皆で学校帰りの通学路を歩いている気分になる。
夕暮れの光が六つの影を長く伸ばして、芝の上に並べている。戦いに来ているはずなのに、誰の歩幅にも急ぎがない。こういう時間のためにこの世界に来ているのかもしれない、と悠仁はふと思った。
「いやー、でも危なかったよなあの鹿。」
「あれ鹿なの?」
「カインは安直過ぎるのよ、鹿じゃないかもしれないじゃない。」
「でもでも、肉の味は鹿でしたよね。」
「Aliceさん、鹿なんて食べるんですか?」
「何でも食べますよー。」
皆、疲れながらもこの雰囲気が合っているのか、話が弾んでいる。
「悠仁さんは鹿肉食べたことありますか?」
アリスがこちらに話を振ってくる。話の流れは見えていなかったが質問に答えるくらいならできる。
「あぁ食べたことあるぞ。北海道に行ったことがあってな、その時にエゾシカの肉を食べたことがある。」
「わぁ、そうなんですね。私北海道行ったことがないので行ってみたいです!」
「そうだな。落ち着いて、みんなの時間ができたら、皆で行ってみてもいいかもな。北海道にもALGOの施設はあるだろうしフルールにも会え………。」
悠仁は何気なく旅行計画を口にして思いを馳せるように空を見上げる。
「わぁ!それはいいですね!きっと行きましょう!……悠仁さん?」
目を見開いて空を見上げる悠仁の横顔を、アリスは不思議そうに見つめその視線を追う。するとそこには…。
「何よ…あれ…。」
ミーナもそれに気付く。
「冗談じゃねぇぜ…。なんだよあれ…。」
「あれは…。」
アリスが追ったその視線の先には。怪物がいた。
形状はまるで蛇、しかしその体は全て骨でできており、肉は一切ついていない。
頭蓋は人間のもののような形をしている。蜘蛛のもののような足を数え切れないほど生やしており、飛行しながら腐汁のような液体を口から垂れ流している。何より。
「どんだけあるんだよ…。」
悠仁が口を開く。その生物はひたすらに巨大だった。その生物が作る影は平原の半分以上を埋めてしまうほどに。見える空の3分の1を占めてしまうほどに。
「あれ倒せっていうんじゃねぇよな…。」
カインが絶望した声を出す。
「……それは、無いと思う。……それと、これで分かった。」
確信めいた目と口調でステラが呟く。
「何が分かったんだ?」
悠仁が尋ねる。この状況、何でもいいから情報があるなら手に入れておきたい。その質問が来ることを分かっていたかのようにステラが答えた。
「……ここは恐らく、ダンジョンの中じゃ、ない。」




