機転
――未開のダンジョン 第2階層
「カイン左!」
フルールの声がカインに飛ぶ。言われた通りにカインは左に回避をする。吹雪が強くなってきて視界が悪くなっているカインをサポートしているのだ。カインがいた場所を猛スピードで敵が駆け抜けていく。通った後に雪が残らないほどの勢いだ。
「あんなの食らったら体バラバラだぜ…。」
この寒さの中でも汗をかく位に動き続けている。皆肩で息をして敵が消えていった方向を見つめる。影が微かに見えるのだがこの悪天候、はっきり姿を捉えるのは難しい。
(くそっ…戦闘開始からもう10分は経っている…。)
奇跡的に他の角にぶつかっていないので1体を相手に出来ているが時間の問題だろう。凄まじいスタミナのせいで上手く攻撃を与えられていない。これでは戦闘が長引く一方である。
敵の攻撃はその一撃でメンバーを死に至らしめると思えるほどの威力。カインも気をつけているが完璧というわけではなく、今ではフルールのサポートがないと完全に回避し切れない。
(考えろ…、どうすれば…。)
悠仁は思考する。何故この状況に陥っているのか。どうすれば戦いやすくなるのか。
(何故ダメージを与え切れてない?あいつが動き回るからだ…。あいつの動きを止めるためには…。さすがにアリスのエアバインドじゃ力が足りない。そもそもここはあいつに有利なフィールドだ。雪をもろともしない脚力に巨大な体躯。平地なフィールド…。何か障害物でもあれば…、だがあの勢いに耐えられるのは…。)
悠仁は考えうる限りの情報をかき集める。
「カインそっちじゃない!」
「は?」
フルールの指示が上手く通っていなかったカインが意図していない行動をしてしまう。
「ぼさっと突っ立ってんじゃないの!」
間に合わないと踏んだミーナがカインに全力の蹴りを入れる。寸でのところで攻撃を避けることができた。
(時間が無いな…。カインがあんなことをするってことは相当疲労が…。)
戦闘開始直後、カインは一度だけ攻撃を真正面から防御したことがあったが、その時は苦悶の表情を浮かべていた。きっとどこかを負傷しているのだろう。
「…そういえば…。」
悠仁の頭に一つのオブジェクトが浮かぶ。
(あのログハウス…。壊れるのか…?)
次の階層に続くログハウス、このダンジョンの攻略に必要不可欠なものだ。あれが壊れてしまってはダンジョンは実質攻略不可となりゲームとして成立しない。何か救済措置があるのか、それとも『壊れない』のか。
(試してみる価値は…。)
「…アリス。」
「はい。」
傍にいるアリスに声をかける。
「ログハウスの方向まで走る。全員にアクセラレーションを。」
「わかりました。」
アリスには悠仁の意図が伝わっているのかわからないが、すぐさま返事をして詠唱を開始する。
「聞いてくれ!ログハウスまで走る!今からアリスがアクセラレーションをかける。発動したらすぐに走れ方向は10時だ!」
カインは剣を、ミーナとフルールは弓をしまったことから聞こえているのが分かる。ステラもこちらを見て頷いている。全員に指示が通っていることを確認してアリスに向かって頷く。
「アクセラレーション!」
魔法が発動し体が軽くなる。今なら雪の上を走れそうな気分になる。
「行け!」
丁度カインが攻撃を避けて、敵は悠仁達の後方へ走り去っていった。完璧なタイミングだ。
走り出す。後ろは見ないがきっと今頃Uターンをしてこちらに迫ってくる頃だろう。走り寄って来る音は聞こえない、だがそこにいる。背中を守るものは何も無く今攻撃をされたら間違いなく死ぬだろう。
「見えた!」
悠仁が叫ぶ。ログハウスだ。
雪が積もって見えにくくなっているがこの白銀の世界に似つかわしくない茶色の肌、見つけるなというほうが難しい。後ろからはついに音が聞こえ始めた。4足歩行の動物特有のリズミカルな足音と、雪を全て吹き飛ばす音。
(一か八かは好きじゃないが…!)
あまり確約が持てない作戦は好きじゃないが、逃げ切れもしない状況ではこれが最善策に思えている。
「裏に隠れろ!」
先頭を走るカインが到着する瞬間にあわせて指示を出す。たどり着いたメンバーは次々と裏に隠れる。
(よし、全員隠れたな。)
「…!?悠仁さん!」
アリスが叫ぶ。悠仁は全員が隠れたのを確認してログハウスと敵との間に立ち、両手を広げている。
「ほらこい!俺はここだ!」
システム的にはなんの挑発にもなっていないはずだが、それでもモンスターがその挑発に乗った、そんな気がした。角を前に向けてぐんぐんと迫ってくるモンスター。
(まだだ…まだ早い…。ってか怖すぎるなこれ、カインのやつ1回目にこれを真正面から受けたのかよ…。ウェイルさんも化け物だけどお前のメンタルも相当化け物だぞ…。)
「悠仁さん!」
(今だ!)
逃げない悠仁を見て飛び出してくるアリス。視界の端に映ったアリスに驚きながらも、アリスの手を引き悠仁は裏に逃げ込む。
凄まじい速度で迫ってくるモンスター、だが標的はもういない。角を前に出している時点で何も見えず走り続けている。誘導されているとも知らずに。
(頼む、合っていてくれ…!!)
ゴゴ!!グチャッ…。
モンスターはそのままログハウスに激突する。
ログハウスは、壊れない。
(よし!!)
悠仁の予感は的中した。これが壊れてしまったらゲームの進行は不可能になる。ということは重要アイテム、または重要建造物扱いになっているはず。それらは破壊されるようなイベントが発生していなければ壊れることは無い。
大砲の弾がぶつかった様な衝撃を受けながらも一応無傷である。衝突する時の音はあまり気持ちの良い音ではなかった。悠仁が後ろを見ると…。
「…うげっ…。」
つい声が漏れてしまう。
「うっ…あまり見たく無かったですね…。」
アリスも目を逸らしてしまう。
ログハウスの向こうには角が折れ、首が折れ、千切れている首と胴体から血が噴き出して雪を真っ赤に染めている光景が広がっていた。その巨大さ故出血量も凄まじく、ログハウスの裏にいるこちらまで流れてきている。
「……早く、消してあげよ。」
ステラが立ち上がりモンスターの傍までいき、剥ぎ取り用のナイフを体に突き立てると体が消える。血までは消えなかったが。
ステラはそのままドロップアイテムの回収をして、その中の一つを手に取りこちらに見えるように高く上げる。
「……あったよ。……鍵。」
ステラの手にはガラスのように透明な氷でできた鍵が握られており、その持ち手の上には先ほどのモンスターの頭部が彫られていた。角までしっかりと再現してあり見事な装飾である。街中で飾られていたら見惚れてしまいそうな程の造形だ。
「ありがとう。」
悠仁はステラから鍵を受け取り、そのままログハウスの鍵穴に差し込む。
カチャン。
小気味いい音と共に鍵が回り、そのまま溶けて消えてしまう。ギィィィ…と音を立てて開いたログハウスの中には案の定何もなかった。
「やったな…。」
「もう、あんな無茶はやめてください。心臓が何個あっても足りません…。」
思いに耽る悠仁の横にアリスが並んでくる。
「全く、お前があんなに無茶するとは思わなかったぜ。」
カインもログハウスの中までやってきた。
「…お前のこと、少し見直したよ…。俺には前衛は無理そうだ…。」
「ま、適材適所ってやつだ。お前は後ろが向いてるぜ。」
カインと拳を突き合わせる。
「それじゃあ…。」
全員がログハウスに入ってきたことを確認して悠仁は宣言する。
「休憩だ。」
全員その場にへたり込んで生きていることを実感していた。
ログハウスの床は固く冷たかったが、誰も文句を言わなかった。外では降り続く雪が、血の色を少しずつ埋めていく。心臓の音が平常に戻るまでの時間を、それぞれがそれぞれの座り方で過ごした。フェリスだけが、いつもと同じ顔でアリスの膝に丸まっていた。




