雪に氷柱②
「くそっ!あれモンスターだったのかよ!」
カインは盾を構える。出てきたのはヘラジカのような大きな体を持つ鹿のような動物だった。角が氷の柱でできており頭部は馬のようにスラっとしている。鼻息で顔周辺の空気が白く染まる。
「ブフッブフッ!」
前脚で雪を掻くような動作をしながら荒い呼吸をしている。馬であれば興奮している時の動きだが…。
「ブモォォォオオオオ!」
咆哮と共にモンスターが突進してくる。雪で足をとられているというのに凄まじいスピードだ。先頭にいたカインめがけて突っ込んでくる。
「左右に避けろ!俺が何とかする!」
カインが叫ぶ。あの巨体で、雪がマフラーの壊れた自動車が吐き出す排気ガスのように巻き上がる程の力とスピード、何をするのか分からないがカインの指示通り左右に散り、アリスが詠唱を開始する。
「光よ 我が魔力を糧に…」
「何もしないで大丈夫だ!!」
カインは、恐らくプロテクションを発動させようとしたアリスの詠唱を止める。アリスの魔力が注ぎ込まれ始めて輝きだした杖の宝石が暗くなる。言われた通りに詠唱を止めるがその表情は不安げだ。
任せろと言われて任せる側にも、覚悟は要る。悠仁は杖を握り直し、割って入るなら何秒あれば届くか、その間合いだけを頭の中で測り続けた。信じることと備えることは、両立させていい。
「ここで…このくらい…」
カインがぶつぶつ呟きながら盾を背中に背負う。剣を両手に持ち剣先を斜め後ろに下ろした。この体勢になっているならばカインがこれから何をしようとしているか、メンバーには分かる。
カインが走り出す。雪で足をとられそうになる様子も無く、どんどんと速度を上げ、向かってくるモンスターに正面から攻撃を仕掛ける。
「一閃!」
カインのスキルが発動する。角をこちらに向けながら走ってきたモンスターを左に向かって避け、その右前脚に強烈な一撃を加える。
前脚の切断まではいかなかったものの、バキッ!という骨が折れるような音と共に出血をする。一面の白いキャンバスに赤い斑点が広範囲に描かれる。
「ブモォォォオオオオ!」
モンスターは叫び声と共に転倒し、そのままメンバーの間を滑っていく。その質量と速度のせいで10m以上と思われる距離を滑った。すぐさま立ち上がろうとするが前脚を負傷したため完全に立ち上がることができずもたもたしている。
「頼む!」
遠くに離れたカインが叫ぶ。すぐさま全員は戦闘態勢をとる。弱点なんか分からない。だがこういった敵はどこを攻撃すればいいか相場が決まっている。
「ミーナとカインは脚にまとわりついて攻撃!アリスは全員に加速魔法の付与!魔法が使える3人は角を攻撃しろ!」
悠仁が手短に指示を飛ばす。この手の動物は脚が3本でも立ち上がれるはずだが、機動力は格段に落ちる。しかし目の前の敵には牙の代わりに鋭利な氷の角がある。立ち上がってあれを振り回されたら近づくのも面倒だろう。
よって完全に立ち上がる前に仕留める必要がある。
「アクセラレーション!」
詠唱を終えていたアリスが全員に加速魔法を付与する。
「猛々しく燃える火の精霊よ私の手を取り力を貸して」
フルールが詠唱を始める。その間にステラもスクロールを取り出して魔法の発動をする。
「……ライトニングボルト。」
魔法名を唱えるだけで魔法が発動する。放たれた雷は氷でできた角の先端に落ち、感電させ、雷撃をモロに受けた敵はがくがくと痙攣している。
「魔手に握られたその槍を 貴方の僕に仇為す輩に 裁きの灼熱を」
フルールの手に炎でできた槍が握られる。かなりの温度なのか炎の色は白に近い黄色である。その高温のせいか、この寒さの中でも熱が伝わってくる。柄の部分をしっかりと握りこみ、大きく振りかぶって投擲する。
「フレアジャベリン!」
投擲された槍は風で勢いを落とすことなくモンスターの首につき刺さる。突き刺さったその瞬間首周辺が真っ赤に燃え上がる。
「…!ブフッ…ゴッ…」
「これを首に受けてもまだ動けるってタフですね…。」
首を刺されたことによって声が出せなくなったのかくぐもった声をあげてじたばたしている。攻撃を終えたフルールはマナポーションを飲みながらぼそりとつぶやいた。
「だがこれで…!」
悠仁も杖を構えて詠唱を始める。ポーションならしっかりと用意してきた。残弾に余裕はある。モンスターの足下ではカインとミーナが他の脚に攻撃を加えて行動を阻害している。
「顕現せよ我が炎 峻烈なるその揺らぎで包み込み 焼き尽くせ」
覚えたばかりの3小節魔法、使ったのは試験の時だけで実践での使用は初めてである。
まさかこんなに早く使うことになるとは思わなかったが好都合、実験台になってもらう。
「フレアトルネード!」
魔法名を宣言するとモンスターの頭部を炎の渦が包み込む。身動きが取れないため顔を振り回すが、その程度では魔法の効果範囲からは逃れることができずそのまま焼かれていく。氷でできた角は溶け外皮は焼け焦げ、骨が露出したところで息絶える。
巨大な体と地面とを打ち鳴らしながら絶命し行動を停止した。
「はぁ…はぁ…やったか…?」
カインが肩で息をしながら聞いてくる。
「やめなさいって、それ死亡フラグよ。」
ミーナが発言に突っ込みを入れるが、やはりこの手の話はわからないのかアリスが首をかしげながら聞いている。
「……でも、さすがに動きそうに、無いね。……完全に、死んでる。」
ステラが死体に近づいて確認している。確認するも何も首に大穴が開いており、顔は焼かれて頭蓋骨が露出している。眼球なども既に無く生物としては完全に死んでいるようにしか見えない。
「さすがにこれで立てないでしょう…。じゃあ…。」
悠仁は剥ぎ取り用のナイフをモンスターの体に刺す。モンスターの体は光となって消え失せてドロップアイテムが転がる。
「骨…。臼歯…、ってやっぱりこいつ草食なのな、この不毛の地で何を食ってんだか…。他には…。」
悠仁がドロップアイテムを拾いながらぼそぼそと呟いている。前回も同じように鍵がドロップしたので探しているが見当たらない。
「んー、鍵は無いみたいだ。こいつはボスの個体じゃないな。」
「おいおい、あんだけでかかったのにボスじゃねぇのかよ…。じゃあボスってもっとでかいのか?」
カインが呆れたような口調で聞いてくる。確かに既にかなりの大きさだったがボスではないと分かった以上更なる大きさを想像してしまうのも無理はない。
「ま、でかいから強いってわけじゃないだろ。確かにでかいと強いんだが…。っていうか…」
悠仁はこのモンスターの発生手段を思い出していた。
カインが氷の木だと思って蹴ったのがモンスターの角であった。ということは今まで歩いてくる時にあった無数の氷の木は…。
「もしかしてこれ全部…。」
悠仁はドロップ品回収を終えて辺りを見渡す。雪原にはいたる所に氷の木が立っている。今ではそれは木ではないと分かってしまったが。
「多分、そうですよね…」
アリスもそれを理解したのか辺りを諦めたように見渡す。他のメンバーも同様なようだ。ここからボスの個体を探さなくてはいけない。闇雲に叩き起こしていたのでは20体や30体を同じように倒す必要があるだろう。しかし、今の悠仁たちにはそれを判別する手段はない。
「一つ一つ比較しながら確認していくしかないのか…。」
寒さのせいで嫌になりながらも、そうしなければならない現実を目の前にして溜息が止まない一行だった。
それでも、誰も戻ろうとは言わなかった。氷の木にしか見えなかったものが敵だと分かった以上、ここから先は一歩ごとに答え合わせになる。溜息の下で、全員がもうその覚悟だけは済ませていた。
フレアジャベリン(魔法)
炎属性の4小節魔法。炎の精霊イフリートが持つとされる燃え盛るジャベリンの複製品を作り出す魔法。基本的には投擲をして攻撃する。イフリートの持つジャベリンは全て魔力で生成されており、本物を作り出すことは難しい。人の身では、その魔力の全てを補うのにあまりに魔力量が乏しいからだ。よって複製品にすることで人間にも使用可能にしている。
フレアトルネード(魔法)
炎属性の3小節魔法。火炎を竜巻の様に渦巻かせ敵を包み込む。持続時間が長くDPSは低いがずっと当てられ続ければかなりのダメージが期待できる。込める魔力の量によっては更に高温になる。




