雪に氷柱①
――未開のダンジョン 第2階層
悠仁たちが階段を降りるとそこは白銀の世界だった。辺り一面は雪で覆われており、軽く吹雪いている。ところどころにアリスほどの高さをした氷でできた木が乱立している。当たり前だが気温は急激に下がっており現実世界であれば確実に体調を崩す環境だ。先頭を歩くカインが足を踏み入れると足首までしか雪に埋まらなかったところを見るとそんなに深く積もっていないことがわかる。
息を吸うと、鼻の奥が針で刺されたように痛んだ。音という音が雪に吸われて、自分の呼吸と衣擦れだけがやけに近くで聞こえる。さっきまで汗ばむ森にいた身体が、この白さに追いつくまでには少しかかった。
「さみぃな…」
皆装備のお陰でいくらか緩和されているものの寒いものには変わりない。
「これで上の階と同じように探索しなくちゃいけないのか…。」
入る方法が同じだった以上きっとこの階層でも同じようなことをするのは容易に想像ができる。
「ううぅ…寒いです…」
アリスが寒そうに体を抱いている。そもそもアリスの装備は暑さを緩和させるためにスカート仕様になっている。周りが寒かったらその服装は逆効果だろう、だがそれよりも…
「これ、わたし死ぬわよ。」
一番問題なのはミーナだ。ハンターは動きやすさを重視した服装のため袖は二の腕までしか無く、脚の方も太ももしかない。幸いブーツなので雪は大丈夫そうだが…。
「これ使え。さすがにこれは予想できなかったからな。」
悠仁は収納からローブを取り出す。もともと悠仁が装備していた茶色のローブだ。特段防寒性能が高いわけではないが、ないよりは遥かにマシだろう。
「ありがとう、助かるわ。」
ミーナはローブを受け取って早速装着する。
「なんかせんp…Yujiの匂いがするわね…。」
ミーナは装備したローブの匂いを嗅いでいる。
「文句あるなら返せ。」
「と、とんでもないです。ぜひ使わせてもらいます…」
さすがに返すのは嫌だったらしく急に丁寧語になって答えている。アリスがそれをじっとみている。
「ゆ、悠仁さん…ローブってまだありますか?」
アリスが悠仁の袖をくいくいと引いて尋ねてくる。ミーナの方が寒そうだったから先にミーナに渡してしまった。
「あー、すまないアリス。一つしかないんだ。」
「そ、そうですよね。すみません…。」
それを聞いたアリスはものすごくしょんぼりしてミーナの方を見ている。
(そんなに寒かったのか、悪いことをしたな……流石に今装備しているローブは貸すわけにいかないし…これからはミーナにローブを持つように言っていこう…。)
ミーナはそれを見てため息をつく。
「……Alice。私の、使う? 予備、あるから。」
ステラから助け舟が出る。ステラの手には緑色のローブが握られている。ステラも悠仁同様予備を持ち歩く性分のようだ。アリスはステラからそのローブを受け取る。
「あ、ありがとうございます。」
温かそうなローブを借りることができたのにアリスは少し浮かない顔だ。
(せっかく貸してもらったのにあまり嬉しそうじゃないな。)
悠仁はアリスの様子を見てあれこれ考える。
「あー、Alice。なんかそっちの色の方が好きだから交換してくれる?」
ミーナがアリスに向かってローブを交換する提案をする。
「本当ですか!わたしも悠仁さんの…じゃなかった。その色の方が好きなので交換して欲しいです!」
アリスは嬉々として交換に応じる。
「じゃあステラさん、私がこのローブを貸してもらいますね。」
「……ん。もちろん、どうぞ。」
ミーナはステラの了解をとってローブの交換をする。
「えへへ」
アリスは交換してもらって嬉しそうに装備する。
(なるほど…茶色が好きなのか。っていうか装備の色にそこまでこだわりがあったのか、そりゃ悪いことしたな…これからは水色とか白とか茶色のものを…)
「はぁ…きっとわかってないんだろうなぁ…」
ミーナが誰にも聞こえないくらいの声でボソリとつぶやいていた。
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――未開のダンジョン 第2階層
「……」
皆無言である。軽くとは言え吹雪いている中、あまり口は開ける空気ではない。寒さや暑さはあくまで擬似的なものとは言え、さすがに堪える。
この極寒の世界だからか、モンスターは見当たらない。ただところどころに氷の木が立っているのみ。
「…何も無いですね。」
カインの後ろに控えていたフルールが声を出す。カインを吹雪避けにしているようだ。
「風は強くねぇんだが、降ってる雪の量が多くてまともに前がみえねぇ…。雪山で遭難してる気分だぜ…。これ帰り道分からなくなったりしねぇよな…。」
「一応マーカーストーン落としてるのと、通ってきた跡が消えるほど雪が多いわけじゃないから大丈夫だと思うが…。」
カインの心配に悠仁が答える。ただ降っている雪の量が少ないわけではない。長く探索をしていれば分からなくなるだろう。マーカーストーンも今は見えているが完全に雪に埋もれてしまえば見えなくなる。
しかし本当に何も無い。完全にまばらになった木が、進むにつれて群生しているようになったが、変化はそのくらいだ。
「やってらんねぇな…。」
「ほら、イラつかないの。」
余裕がなくなってきたカインの気持ちをフルールが抑える。城を出てからなんだかいいペアになったように見える。
列の並びも、いつの間にか寒さ仕様になっていた。風上にカイン、その陰にフルールとアリスが続き、フェリスはアリスの襟元に潜り込んで丸くなっている。誰かが決めたわけではなく、寒いほうから身を寄せた結果がそのまま隊列になっていた。
立ち止まるわけにも行かないのでそのまま歩き続ける一行。良かろうが悪しかろうが、結果が出ればどうとでも気持ちの整理ができるのだが、何も結果が無いのは心に堪える。この状況が変わるのはいつなのか。誰も口にはしないが皆が思っているそれにやっと終止符が打たれるときがやってくる。
「…ん?……何か見えねぇか?」
カインが吹雪から目を守りながら全員に伝える。それを聞いて皆目を凝らすと確かに遠くのほうに四角い塊が見える。
「本当ね、何かしら…。」
さすがにハンターでもこの雪では見えないようだ。仕方がないので近づく。すると…
「…これ、ログハウスか?」
カインが遠くに見えていたその物体をノックするようにコンコンと叩き、確認する。どうみてもログハウスである。しかも大きさも形状も、このダンジョンに入るときとこの階層に下りてくる時に中に入ったものであった。しかもご丁寧にここも鍵が掛かっている。
悠仁が前にでてノブをガチャガチャと上下させるが開くはずも無く、音が回りに響くだけだった。
「ま、そうだよな。」
「……ってことは、また、鍵?」
ステラも鍵穴を覗きながら予想を伝えてくる。恐らくそうだろう。同じログハウスに同じ鍵穴、第1階層と同じ手順を踏むのは間違いないのだが…
「きっとそうなんだろうけど、モンスターいなかったよな。」
「……だね。」
悠仁が見てきたことを伝えるとステラも同意する。第1階層では出てくるゴブリンを倒して、恐らくその長である大きな個体を倒したら鍵をドロップした。ここでも同じような手順を踏みたいがモンスターがいない。
「この寒い中何すりゃいいってんだよ、まだモンスターがいてくれたほうが張り合いがあるぜ…。」
手持ち無沙汰で目的のなくなってしまったカインは近くにあった氷の木を蹴りつける。
ガスッ!という音を立てて氷の木が揺れる。すると…
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…
地面が揺れる。急な揺れに驚くがひとまず円形になり前方向からの異変に備える。
しばらく揺れが続きカインが蹴った氷の木の根元の雪が割れ…
「ズモォォォォオオオオオオ!」
低い鳴き声と共に4足歩行の動物が地面から飛び出してくる。




