手違い
――未開のダンジョン初攻略から3日後 リアッツォ 宿屋「狐のお宿」
「えー…。」
まるで小学生の体育の授業のワンシーン。胡坐をかいたり鳶足だったり体育座りだったりしているが、その集合したクラン『パーチ』のメンバーの前に立つクランマスターの悠仁が話を続けにくそうな声を出す。実際「そう」ではなく本当に話を続けにくいのだ。しかし首をかしげながら待っているメンバーには伝えなくてはいけない。
「いい知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?」
悠仁がそうメンバーに問いかけると全員が全員なんともいえないような微妙な笑顔を見せあう。誰も言いたがらないのを見たアリスがおずおずと口を開く。
「じゃ、じゃあいい知らせから…。」
「なるほど…。じゃあいい知らせからだ。」
悠仁は皆に話をする前に自分の後ろに置いてあった木箱から件の物を取り出す。
「さてこれがいい知らせだ。」
悠仁が箱から取り出したものを見て皆が「おぉー」と声を上げる。悠仁の手には各人の収納が握られている。
「街の仕立て屋に頼んで皆の収納を仕立て直してもらった。素材はなんとガーディアンリザードマンの皮を使ってもらった。しかもデザインはそのままだからそれぞれの使い勝手は一切変わらない。」
「すげーじゃねぇか!収納の性能はどうなったんだ?」
カインがやや興奮気味に聞いてくる。
「聞いて驚け、カインと俺とフルールのは約2.5倍。アリスとミーナのものは1.8倍程度、ステラのは1.5倍程度になった。」
その言葉に再度場が沸き立つ。
配られた収納を、それぞれが手に取って確かめる。ミーナは留め具を何度も開け閉めし、フルールは革の匂いを嗅ぎ、カインは早速肩に掛けて具合を試している。見慣れた自分の鞄が別物の性能になっている、その落ち着かなさと嬉しさが場に満ちていた。
「そして…。」
その沸き立った空気が急に静かになる。
「悪い知らせだ。」
声色が沈んだ悠仁の声を聞いて皆が嫌な雰囲気を感じた。
「俺のミスで…。パーティーの資金が底をつきかけている…。」
「「「「「……」」」」」
悠仁の言っている意味が半分程度しか理解できないメンバーは次の言葉を続けられずにお互いの顔を見合わせている。そしてまたアリスがおずおずと手を挙げて質問をする。
「ど、どうして底を突きかけているのですか…?」
質問をされたら答えるしかない。悠仁には答える責任がある。
「実は…。」
悠仁は苦々しく話し始める。
「本来は『リザードマン』の皮で仕立ててもらおうとしたんだ。それなら値段も手頃だったから…。それならパーティーの資金でも仕立てられてしかも余剰分すら出るはずだったんだ。」
皆この後の展開がやや予想できていた。
「俺のミスで『ガーディアンリザードマン』の皮で注文をしてしまったんだ…。」
ガーディアンリザードマン。リザードマンの長がいる住処の護衛をする屈強な戦士である。周辺を巡回するただのリザードマンとは桁違いの強さを誇り、討伐するのは危険を伴う。
その皮を使った収納はその討伐難度にふさわしい性能を誇る。
「……どうりで。私の鞄、もともと結構いいやつなのに、1.5倍って聞いて、ちょっと驚いた…。」
ステラが帽子のつばの下で苦笑いする。
「皆で必死に稼いだお金を…。すまない…。」
悠仁が全員に向かって頭を下げる。
ギャンブルで無くしたわけじゃないし、実際役に立つ。2.5倍も入るならポーションも沢山持っていける――ミーナとフルールが口々に必死のフォローをする。
「ま、いいんじゃねぇか?実際問題だったわけだし、いつかそのレベルにしなくちゃいけないわけだろ?先に払うか今払うかの違いじゃねぇか?なぁ?」
「そうですよ!私はデザインが気に入っていたのでそのまま高性能にしてくれてとても嬉しいですよ!お金はまた皆で稼げばいいですし!ほら!今行っているダンジョンは私達しか攻略できないわけですからそこで稼げますよ!」
カインとアリスもフォローをする。ステラまでが、いいんじゃない、というように小さく頷いている。
「み、みんな…。」
パーティーの資金としてプールしていたお金はかなりの金額だ。ノワール討伐のものと今までのプール分で金貨80枚程度あったのだ。15金貨程度を残しておき悠仁の財布からもかなりの額が出ている。
「本当にすまなかった…これはうまく経理をやりくりすることで補填する…。」
中々頭を上げない悠仁にカインが痺れを切らして近づき、頭を小突く。
「誰にでもミスはある、気にすんな。今回はその規模が大きかっただけで誰にだってその可能性はあった。しかも無駄金を使ったわけじゃねぇ、ちゃんと効果として返ってきてんだからいいじゃねぇか。これ以上謝るんじゃねぇ。」
「…わかった…。」
カインに厳しく言われてやっとのことで頭を上げる。これ以上は言葉ではなく行動で示す。そう決めたのだった。
頭を下げている間、視界には床板と、仲間たちの靴の先が見えていた。どのつま先も、こちらへ向いたまま動かなかった。責める者が一人もいない――その事実のほうが、叱られるよりもよほど胸に応えた。
「…じゃあとりあえずこれを配る。鞄の中身は各自馬車の中に入れたはずだから補充しておいてくれ。くれぐれも忘れないでくれよ。ダンジョンに入ってポーションが一つもなかったなんていうのは困るからな。」
悠仁もなんとか元の調子で指示できる様に意識をする。自分のミスではあるがマスターがいつまでもしょげていては示しがつかない。
「あ、そうだ。醸造所に行ってポーション作ってもらってきました。馬車の中にいれてあるので皆さんとって行ってください。鞄が大きくなったので余った分はとりあえず私の鞄に入れておきます。」
アリスがポーションの調達をしてくれていたようだ。
「Yujiさん。私も食料を買っておきましたよ。一緒に持って行きましょう。」
フルールが悠仁の元へ食材を持ってくる。
「そうだな。食材は俺とフルールで担当しよう。」
「あ、俺の収納も結構スペースできたから持っていきたいけど荷物がいっぱいだったら言ってくれ。」
カインが皆にヘルプを申し出る。
鞄に余裕ができると行動にも幅ができる。持っていける物資の量はそのまま戦闘継続能力も繋がるので最優先で強化したい物ではあるのだが、それだけ収納自体の等級も高く、初期でもらえる収納ですら等級が10である。
収納には全て同じ属性が付与されていて、その効果でどのような種類の収納でも2つ以上持つことはできない。しかも収納は取引不可アイテムでもあるので、自身の持っている収納を強化していくしか携帯できる物資の量を増やす方法は無いのである。
宿の前で馬車に荷を運び込む途中、ふと路地の奥が悠仁の目に入った。壁際に追い詰められた軽装の冒険者が、黒ずくめの男に何かを小声で告げられている。男は武器も抜かず、声も荒げない。ただ立っているだけだ。それなのに、冒険者の顔は紙のように白かった。――アリーシャの路地で見かけた取り立て屋と、同じ風体だ。借金か。この世界では、死は痛みと時間を確実に奪っていく。だから、ああして静かに立っているだけで脅しになるのだ。
(……金が無いってのは、笑い事じゃないな。)
関わる理由も、関わる余裕もない。悠仁は目を逸らし、荷物を抱え直した。
「悠仁さーん!皆準備OKでーす!」
馬車の幌から顔を出しアリスが手を振ってくる。悠仁も含め皆の準備が整ったようだ。
「よし、じゃあリベンジと行きますか。」
悠仁も馬車に乗り込み手綱を握る。今日こそは次の階層へ。そう心に決めて未開のダンジョンに馬車を走らせるのだった。
収納ボックス(アイテム)
通称「収納、鞄」取引不可アイテム。収納の形は不定で、使用者が望む形に仕立て上げることができる。肩掛け、リストポーチ、ナップザック、リュックと様々である。収納できるアイテムの量は使用している素材と、仕立て屋 (収納を取り扱っているのは防具屋)のスキルレベルに比例するため、上級者程多くのアイテムを持ち運ぶことができる。初めの収納は冒険者登録をすると聖堂で貰うことができ、収納には漏れなく特殊効果「収納」が付与されており、この収納は2つ以上持つことはできなくなっている。しかも取引不可アイテムでもあるので、自身の持っている収納を仕立て屋に預け、強化していくしか持ち運べるアイテムの量を増やす方法は無い。




