連戦
――リアッツォ 未開のダンジョン 第1階層
キンッ!と金属音があたりに響く。金属音だけではない。炎が草木を燃やす音、矢が空気を切る音、素早い移動に伴う地面を蹴る音などが、先ほどから断続的に聞こえている。
「っくそ!きりがねぇぜ…!」
腕を切られたカインが悪態をつく。それもそのはず、初戦闘から間を空けずに、既に4回ほど同じくらいの集団に襲われているのだ。回復は十分に行えているが、やはり精神的な疲労が大きい。常に狙われ続けるというのは、それだけでストレスになる。
今のところゴブリンしか出ていないが、最初のゴブリンは斥候だったのか、奥に進むにつれて短剣を持っているもの、直剣を持っているもの、酷い時には動物の皮で作った鎧を着ているものや杖を持っているものまでいた。
攻撃手段がどんどんと豊富になっていく戦闘は、追いついていくだけでも大変で、特に全員を攻撃から守るカインの疲労は相当なものだ。アリスも補助魔法で援護をしているが、攻撃が全部防げているわけではない。
戦闘の合間の静けさにも、もう安らぎはなかった。耳は次の足音を探し続け、握りっぱなしの得物は手の中で汗を吸っている。連戦というものの本当の重さは、傷ではなく、この解けない緊張のほうにあった。
「プロテクション!」
アリスが杖を振ると、カインの左前方に青白い壁ができる。度重なる襲撃で防ぎきれなくなった攻撃の防御を、代わりに行う。
「助かった!おらっ!」
カインは接近してきていたゴブリンを蹴り飛ばす。
プロテクションで時間を稼ぐことはできているが、戦闘が停滞するだけなので時間稼ぎにしかなっていない。相手は回復アイテムを所持していないので、こちらだけが回復でき、優位に立つことはできているのだが…。
「戦闘時間が長いな…」
悠仁がぼそりと呟いた。
戦闘をしている時間が長ければ長いほど、ミスに繋がりやすくなる。しかも相手は複数、一度流れを持っていかれてしまったら、そのままなし崩し的に畳み込まれてしまう。
「先のことを考えるとあまり使いたくはなかったのですが…。」
アリスが諦めたように呟き、悠仁に提案をしてくる。
「悠仁さん、今から壁を作り出します。その壁を通して敵を攻撃するように、皆に指示をしてもらえますか?カインさんは前に出ないようにして。」
「いや、でもプロテクションは…」
プロテクションは魔力でできた『壁』である。敵の攻撃も通らなければ、こちらの攻撃も通らない。デメリットはあるが防御できる攻撃が多く、耐久性も高い。流れを中断して仕切りなおせるなどメリットも多いが、アリスの言っている事には合わない。
しかし、使用者であるアリスがそういっているのだ。説明をしないということは、説明しなくても分かる、若しくは説明する時間が無いからだ。悠仁は出しかけた言葉を飲み込んで、全員に指示を飛ばす。
「アリスが今から『壁』を作る!壁の向こうにいる敵をこちら側から攻撃してくれ!カインは壁ができたらすぐに後退しろ!持続時間は…」
「20秒ほどです!」
アリスが補足する。
「間合いを伺いながら攻撃を継続!壁ができるまで維持しろ!」
悠仁が指示を飛ばしてくれているのを見て、アリスは詠唱を開始する。
「神よ…」
カーディナルに昇格したアリスには、クレリックを超える魔法が行使できる。つまり、神聖属性の魔法が使えるようになっているということだ。
「その高貴な羽衣にて我らを包み 御身に仇為す者達へ 粛清する為術をお与えください」
アリスが使う、初めての4小節の魔法。カーディナルになったアリスが行使するのは、神の力。
「ユニラテラルカーテン」
全体に魔法をかけるときのように、杖を半円状に振る。すると悠仁達の前にできたのは、巨大な青白い半透明のストールを広げたような壁だった。プロテクションのような強固さではなく柔らかな印象を受けるが、敵の矢や魔法を通しそうな気配は一切しない。
「今だ!」
近接職であるカインと、魔法の維持をしているアリス以外の4人は、それぞれが持つ攻撃手段で壁の向こうにいる敵を攻撃する。
「水よ 槍持たぬ我の槍となり 我らの敵を討て」
悠仁が詠唱を完了させる。悠仁の頭上には、6本の氷の槍が出来上がる。
「アイススピア…ショット!」
杖を振り下ろすと、攻撃は壁をすり抜けてゴブリンメイジに直撃する。今までプロテクションしか使われていなかったことで、攻撃など届かないと高を括っていたゴブリンたちに動揺が走る。
悠仁の攻撃を見て納得したのか、残りの3人も攻撃を開始する。そこからは一方的だった。敵の攻撃は通らないのに、こちらの攻撃は通る。その理不尽ともいえる魔法により、10体以上いた敵のゴブリン集団は壊滅した。
「ふぁ…はれ…?」
「お、おい!」
高度な魔法を維持し続けたアリスの体から力が抜けて、倒れこむ。すかさず悠仁がアリスの体を抱きかかえる。あまりにも軽い体に驚きながらも、声をかける。
「大丈夫か?」
「え、あ、す、すみません!重いですよね、今どきまs…あれ…。」
悠仁に抱きかかえられたことで動揺したのか、アリスはすぐに立ち上がろうとするが、魔力切れで力が入らないようだ。神聖属性の4小節魔法を20秒ほども維持したのだから仕方がない。悠仁は収納から等級の高いマナポーションを取り出して、アリスに手渡す。
「無理するな。重くないから、ほらポーション。」
「そ、そういうことじゃないんですけど…ありがとうございます。」
恥ずかしがりながらも少し嬉しそうなアリスは、悠仁からポーションを受け取りゆっくりと飲み干していく。等級の高いポーションはその濃度が非常に高いため、一気飲みをするとむせてしまう。ちなみに、飲みやすいように甘い味付けがしてある。
「…何見てんだよ。」
カインとミーナがニヤニヤしながら、アリスを抱きかかえる悠仁を見ている。フルールも「あらあら」といった様子で、ステラも眠たげな半眼のまま、揃ってこちらを見てくる。
「いや?なんでも?」
その様子に気付いたアリスはすぐにポーションを飲んでしまおうと、勢い良く瓶を傾けるが、その濃厚さゆえむせ返ってしまう。
「んぐ…げほっげほっ…」
「ほらほら急ぐな。みんなは倒したゴブリンのドロップアイテムを回収してきてくれ。」
アリスが落ち着いて休めるように、悠仁は他のメンバーに仕事を割り振る。仕事を割り振られたメンバーは、「はいはい」といった様子でその場を離れていく。
「これで平気だろ、ゆっくり飲め。」
「…はい、ありがとうございます。」
「すごいじゃないか、あれはカーディナルの?」
「はい、ユニラテラルカーテンといってプロテクションのそのまま上位互換ですね…。こっちの攻撃は通るけど向こうの攻撃は通らないっていう…。」
アリスがポーションを飲みながら、魔法の説明をする。どうやら悠仁の予想通り、カーディナルの魔法だったようだ。範囲も効果も、クレリックのそれよりも遥かに強い。
「助かったけど無理はしないでくれよ。使うたびにこれだと困るからな。」
「そ、そうですね…。私は、その…なんか得した気分ですけど…。」
「?」
「なんでもないですぅ。」
意味が分かっていないような悠仁の表情に対して、アリスは少しふてくされたようだった。その意味すら悠仁には伝わっていなかったが。
やがて、ドロップ品の回収を終えた4人がぞろぞろと戻ってくる。ミーナが革袋を掲げて振ってみせると、中で細々とした素材が鳴った。休憩の名目だった時間は、ちゃんと実入りの時間にもなっていたらしい。
皆が戻ってくるころにはアリスは回復し、歩けるようになっていたので、体勢を立て直した一行は、どこまで続くか分からない第1層を更に進み続けるのだった。
ユニラテラルカーテン(魔法)
カーディナルのみが使用できる神聖属性の4小節魔法。クレリックが使用できるプロテクションの上位互換であり、双方向の攻撃が通らなかったプロテクションとは違い、こちらの内側からの攻撃は通るという特殊な構造。一方的に攻撃できるものの、使用魔力は多く連続での使用はあっという間に魔力を枯渇させる。




