不意打ち
――ウェイル領 未開のダンジョン
入り口自体がログハウスの中だったため自然光は差し込まず、各々が持っているカンテラのみが光源となっている。けしてじめじめはしていないが、生暖かい風が一行の肌を撫でる。
石段は真新しいもののように角が立っていて、埃も蜘蛛の巣もない。誰かが作って、誰も使っていない――そんな気配のする階段だった。カンテラの光が届く範囲だけが世界の全部で、自分たちの足音が上からも下からも返ってくる。
「…長いな。」
カインが呟く。確かに階段の先には明かりが見えているのだが、それが大きくなっていく速度が遅すぎる。つまり単純に、距離が長いのだ。
「今地下何階の深さまできてるんだ?」
「もう2分以上降りてますね…。3階分くらいは降りてるのではないでしょうか…。」
時間がはっきりと分かるアリスが、悠仁の質問に答える。
その問答があってから更に3分ほど経過した時、やっと光の元に着いた。ずっと淡い光源しかなく、暗い中に目が慣れていたので、着いた瞬間に目が眩む。
「うっ…。」
先頭のカインが、光で目が眩んで呻く。
皆同じような反応をして目を開けると、そこには…。
「おぉ…なんだここ…。」
「これ本当に地下なの?」
カインとミーナが感想を漏らすが、それもそのはず、皆の前にあるのは一面の緑。森が存在していたのだ。
「わぁ、綺麗ですね。」
アリスは予想外の光景に少し嬉しそうだ。
「地下に森があるなんて…。ステラ、こんなことあるの?」
フルールがステラに質問を投げる。
「……無い。こんなところ、見たこと無い。……地下にあるダンジョンって言ったら、基本、アリーシャの郊外にある5つのダンジョンみたいな形が主流……の、はずなんだけど。」
眠たげな半眼が、ほんの少しだけ開いている。長く冒険をしてきたステラでも、このような形式のダンジョンは見たことが無いようだ。辺りにはマナが漂っており、視覚として捉えられる時点でかなりの濃度であることが分かる。環境生物も生息しているようで、鳥や動物の鳴き声が聞こえてきたり、蝶が飛んでいたりしている。
「目が覚めてここなら確実に地上の森の中って勘違いする自信があるな…。」
地理に弱いわけではない悠仁も呟くほどに、完璧な森が広がっているのである。
「ここで立ち止まってても仕方ないから先に進むか。カイン。」
「おうよ。」
悠仁の言葉を聞いて、カインが盾を構えながら歩みを進める。
「…いますね。」
フルールが静かに告げる。
「離れた場所からこちらを伺っています。配置も計算されていることから見て恐らく敵でしょう。カイン、2時の方向に注意して。」
「わかった。」
カインはフルールの指示で、2時方向からの攻撃からメンバーを守れるよう位置取りをする。
ヒュッ!
風を切る音と共に、メンバーの後ろにある木に矢が刺さる。カインの頬から、たらりと一筋の血が流れる。
「ってぇ…。」
口でそう呟くも体勢は一切崩さないのは、盾役としてさすがである。が、次の瞬間。
「うっ…」
カインの体が、呻き声と共に崩れる。
「まさか!」
ミーナが木に刺さっている矢を引き抜くと、先端に紫色の液体が塗ってあった。
「Alice!この矢、毒が塗ってある!」
「!!わかりました!」
ミーナの発言で何をすればいいか判断をしたアリスは、すぐに詠唱を始める。
「光よ 彼の者の体を蝕む悪しき物を その力で浄化せよ。」
アリスがカインに向けて杖を振る。
「キュアポイズン」
カインの体が淡く白い光に包まれて、苦悶に歪んでいた表情が緩む。
「助かったぜ…。」
カインは追加で、腰に据え付けてあるポーションを取り出して飲み干す。
「にしても…。」
カインは矢の飛んできた方向へ視線を向ける。
「とんだ歓迎をしてくれたな。」
カインは不意打ちをされたことで頭に血が上っているのか、目は血走り、口角は不自然に上がっている。
「こらっ。」
そんな様子を見たフルールが、カインの鎧を小突く。
「興奮しないの。危ないよ。」
お姉さんのようにカインをたしなめる。ここがダンジョンの中ということを忘れてしまうような語気だった。
「…あぁ。」
それですっかり毒気を抜かれてしまったカインは、ふぅと息を吐いて冷静さを取り戻す。
(カインの制御はもうフルールに任せて平気そうだな。配置も少し変えてみるか…。)
冷静さを取り戻した悠仁もそんなことを考える。
しかしすぐにその思考を振り払い、目の前の状況に集中する。
「フルール、敵までの距離は分かるか?」
「……恐らく15メートル程だと思います。数も概算ですが6体。体はそこまで大きくありません。」
ハンターの特殊スキルで敵を感知して、情報を共有してくる。
「6体で飛び道具を使うのか。それなら…。」
敵は地の利がある。それに対し悠仁達は初めての場所。相手の正体も分からない状況だ。本来なら後退すべき状況なのかもしれないが、まだここはダンジョンの最上層。ここで逃げていてはダンジョン攻略などできない。
(ポーション関係はしっかりと用意してきている。解毒薬もしっかり持ってきているのだから…。)
「相手は飛び道具を装備している。相手が白兵戦ができるかは不明だがこのまま一方的に攻撃を仕掛けられれば体力を削られるのはこちらだ。人数は恐らく同じだが、距離をつめて攻撃をすれば先にこちらが数を減らせるだろう。」
メンバー全員が、悠仁の指示を聞いている。
「だからカインを先頭に2時の方向へ距離をつめる。接敵し次第攻撃を開始して危険を排除する。この作戦に異論は?」
誰も発言をしない。つまりそういうことだ。
「アリス、全員にアクセラレーションを。それがかけ終わったら俺が3秒カウントする。そのカウントに合わせて一気に距離をつめるぞ。アリス、頼んだ。」
「分かりました。」
アリスが杖を構える。
「風よ 我らの背には重すぎるその荷を どうか一緒に背負い給え」
詠唱を完了させ、杖を全員に向かって振る。体が淡い緑の光に包まれる。
「3」
悠仁がカウントを開始する。各々陣形の確認を行う。カインが左手に盾を持ち、右手には剣を持つ。
「2」
全員が同じ方向を向く。ミーナは構えていた弓をナイフに持ち替え、フルールは短剣を構える。
「1」
悠仁とアリスは杖を構える。ステラもベルトに括りつけてあるスクロールを手で触り、場所の確認を行う。
「0!」
ダッ!
地面を蹴るその音と共に、全員が走り出す。急な行動に驚いたのか前方からは矢が飛んでくるが、カインの盾がそれを弾く。しかし全てを弾けるわけではない。後ろのアリスを狙った矢が、カインの横をすり抜けて後ろへ流れる。
「しまっ!」
カインが呟く。
「ふっ!」
後方を狙ってくることを想定していた悠仁が、ローブを矢の進行方向へ広げ、アリスへの攻撃を遮る。ボロボロであってもミーナの矢を防いだ位のローブだ。新品同様になった今、それを防げない道理は無い。
「大丈夫だ!進め!」
悠仁はカインに指示を出す。
「ひゅー!やるなナイト!」
悠仁に軽く視線を投げたカインは、すぐに前を向いて走り続ける。
数瞬が過ぎたその時、木の上と地面に、弓を構える緑の小人が見える。
「見えたぞ!ゴブリンだ!」
カインが全員に伝達する。後ろのメンバーもすぐにそれを認識する。
「ウォオオオオオオオオオオオオオ!!!」
敵の視界にいち早く飛び込んだカインが、咆哮で自身にヘイトを集める。
弓を持っているゴブリンは、矢を装填してカインの方向へ向ける。
「させるわけないじゃない!」
ナイフが届かない場所と判断したミーナは、すぐに弓に構えなおして木の上のゴブリンに向けて矢を放つ。
「ギェ!」
ミーナの放った矢が首に命中し、木の上にいたゴブリンが落下してくる。落下してきた仲間を見て動揺したのか、地上にいたゴブリンの動きが一瞬硬直する。
「鋭刃」
いつの間にかカインの前方に身を乗り出し、ゴブリンに接近していたフルールは、その一瞬の硬直を見逃さずに1体のゴブリンの首筋に短剣を当てる。魔力が込められ、スキルも発動させているその短剣は、まるで寒天に包丁を入れるかのように首を切断する。
切断された首からは鮮血が噴き出すが、鮮血を浴びる前にバックステップで距離を取る。
残りは4体。
「切り裂け 我が障害を」
「……じゃあ、私も。」
悠仁は詠唱をし、ステラはスクロールを取り出す。
「ウィンドカッター!」
「ライトニングボルト」
悠仁の放った空気の刃が地上にいた2体のゴブリンの腕を切り落とし攻撃能力を失わせ、同時にステラの放ったライトニングボルトが「パーーンッ!」という音と共に木の上にいたゴブリンに直撃し、断末魔すら上げさせずに黒焦げにする。
「ギェエエエエエエ!!」
腕を切り落とされたゴブリンは、腕を押さえて絶叫する。痛みで行動が止まるのは人間と同じなようだ。
「これで!」
数が減ったことと、仲間を攻撃しようとしているゴブリンがいないことを確認したカインが、盾を捨て剣を両手持ちにして飛び上がる。
「爪痕!」
力強い宣言と共に、赤い3本の線が空中に刻まれる。次の瞬間、最後の3体の体が縦に割れた。
「よしっ!!!」
全てが成功したカインはガッツポーズをする。
これが、未開のダンジョンの初戦闘だった。
勝ち鬨のあと、短い後始末の時間が流れた。矢の刺さった木の幹、焦げた下草、転がったままの粗末な弓。ミーナは毒矢だけを慎重に集めて布に包み、カインは頬の傷をもう一度確かめている。誰も口にしなかったが、毒という一手の嫌らしさは、全員の胸に残っていた。
鋭刃 (スキル)
鋭く砥がれた刃物をその器用さを利用して最大限まで切れ味を増大させて相手を切り裂く戦闘スキル。
自身の武器を適切に使う技能と、敵の急所を的確に把握する観察眼が重要である。
ライトニングボルト(魔法)
風属性の3小節魔法。基本的に電気系統の魔法は風属性に分類される。使用者の魔力源から雷を放ち敵を感電させる。感電と言っても非常に威力は高く小型のモンスターであれば炭になることは間違いない。




