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ヒーラーの決意①

――リアッツォ 大聖堂


「はぁ…」


備え付けられたベンチに座り、アリスが溜息をついている。その手には自身のプレイヤーカードが握られている。


「どうしようかなぁ…。」


アリスは悩んでいた。肩に乗っているフェリスも主人の異変に気がつき頬を舐めたり一緒にプレイヤーカードを見ていたりしたが反応がないことがつまらなかったのか寝始めてしまった。


「クレリック33レベル…。」


プレイヤーカードに示されているアリスの職業レベルだ。33レベルといえば中堅レベルに到達しており、職業自体を変えるか上級職に転職するか判断がなされる場所である。もちろんこのままクレリックとしてレベルを上げて行ってもいいがあまりメリットが存在しない。


「んー…。」


(私はどうしたいんだろう。)


現実世界でもそうだった。自分の進路を中々決められずに親にやきもきされたものだ。


高い天井から差す光が、床に淡い帯を落としている。行き交う冒険者は誰もが目的のある足取りで、ベンチに座り込んでいるのは自分だけのような気がした。手の中のプレイヤーカードが、提出を待つ進路の紙のように思えてくる。


(いやまぁ今でも決められてないんだけど…。)


優柔不断で未来のビジョンを持たない自分自身を見て軽い自己嫌悪に陥りそうになるが頭を振って何とか持ち直す。フェリスが急に起きた地震に驚いて目を覚ます。


「あ、ごめんね。」


肩に乗るフェリスの頭を撫でてやるとまた眠りにつく。


「あーあ、こんな時悠仁さんがいてくれたr…って私ったら…。」


すぐに頼りになる人に頼ってしまうこの考えを直したい。


(でも、悠仁さんと会ってから、また冒険が楽しくなったんだっけ…。)


出合った頃を思い出す。そんなに時間はたってないはずなのに、大した距離も移動していないはずなのに、大冒険をしてきた、そんな気がする。


(あー、楽しかったなぁ。)


過去形ではなく今現在も楽しいのだが、過去の良い思い出というのは何故こうも楽しく思えるのだろう。きっと時の流れが記憶を美化しているに違いない、大変なことも沢山あったはず。そう思っても過去を懐かしんでしまうのは人間の性なのだろうか。


「私は…」


アリスはもう一度考える。自分が何をしたいのか。自分はどうすれば皆に釣り合う人間になるのか。


(私はミーナちゃんみたいに運動が出来るわけじゃない。カインさんのようにモンスターと対峙する勇気も無い。悠仁さんみたいに全体を見て指示を出すことは出来ない。ステラさんのように生産スキルを突き詰めてるわけでも、フルールさんみたいに各地を回ったわけでもない。)


結局のところ答えというのは決まっているのだ。それは意外と身近に転がっている。


(結局私が出来るのって、この職業だけなんだよなぁ。けど…)


自分は生粋の回復職。みんなの傷を癒して全体を支える。それはもう間違いないだろう。だが…。


(また1のダンジョンの時みたいになったら…)


1のダンジョンでは悠仁が意識を取り戻したからよかった。あの時に意識を取り戻しているのが自分しかいなかったら、もしモンスターに囲まれていたら、そう考えるとあまりにも無力だ。仮にそうだったら、アリスは誰一人として守れなかっただろう、自分自身でさえも。


(せめてみんなの足を引っ張らないように、できるなら力に…。)


そうなると道は決まっている。


「…カーディナル。」


クレリックから転職できる最高難度の職業にして神の使徒。回復職でありながら神の力を行使し敵を滅する。

しかし天性の適性が必要といわれており、試験内容も人によって様々、対応しようが無いのである。つまり試してみる他道はない。


「その試しに金貨60枚かぁ…。」


日本円にして600万円が水の泡となって消える可能性がある。まだ社会人ではないアリスにはぽんと出せる金額ではなかった。


金貨の一枚一枚が、これまでの冒険の日々と結びついている。薬草を摘んだ日や夜通しの見張り、怖い思いをして受け取った報酬。それを積み上げてやっと届く金額を、結果の分からない試験に置く。指が少し冷たくなった。


(……けど。)


それしか道が無いのならそれを選ぶしかないのだ。それにこのことは今に考え始めたことではない。30レベルに差し掛かった時点で考えていたことでもあったのだ。


「……よし、決めた。」


アリスは決意を胸にベンチを立つ。


「試験、受けてみよう。」


立ち上がって決意をした瞬間フェリスが目を覚まして何かに気付いたかのように腰まで降りてきて収納の蓋を上げる。


「あ、こら!おやつはあげたでしょ。」


フェリスの首根っこを掴んで持ち上げるとフェリスの口には意外なものが咥えられていた。


「…羽根?」


(確かこれは…)


アリスがまだ駆け出しだった頃、迷子の女の子からもらったものだった。その時の情景を思い出しつい口が緩んでしまう。


「…よし。」


フェリスが咥えている羽根を取る。フェリスも素直に渡す。そのまま右耳に羽根をつける。女の子の元気を貰うかのように。


「行こう。」


アリスは受付に向かう。


「本日はどのようなご用件d……」


受付嬢が声をかけてきたが一瞬目を見開いて硬直する。


「し、失礼しました。本日はどのようなご用件で?」


すぐに取り繕い案内をし始める。


「…?はい、上級職への転職試験を受けたくて。」


「なるほど、ちなみにどの職業に?」


「カーディナルです。」


「……なるほど、わかりました。ではプレイヤーカードをご提示ください。」


アリスは言われるがままプレイヤーカードを差し出す。受付嬢は色々確認しているようだがアリスにはよくわからない。しばらくするとプレイヤーカードの返却が行われる。


「…はい確かに、カーディナルへの転職試験を受ける資格を持っていると認められます。試験料は金貨60枚ですがすぐにお受けになりますか?」


「はい、お願いします。」


ここで引いたらまた決意が揺らいでしまうかもしれない。そう思ったアリスはすぐにお金を取り出し、支払う。


「金貨60枚、確かにいただきます。ではあちらのポータルにお入りください。」


「はい。」


決意を胸に歩き出す。スキル習得試験で何度も入っているはずだがここまで緊張したことは無かった。

ポータルに入るまでの道のりは長かったが入ってしまえば一瞬だ。アリスは試験会場へ飛ばされた。

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