新規加入②
暗転した視界に光が戻る。横から定型文が聞こえてくる。
「お帰りなさいませYuji様、お気をつけていってらっしゃいませ。」
「ありがとう。」
いつもより早かったか。一応、店に入る前にカインには今からログインする旨を伝えておいた。俺たちの集合は決まっている。同時に入れていた場合には聖堂からスタートするが、どちらかの時間がずれている場合には、いつもの酒場で集合することになっている。
「さて、と。今日も俺が早いみたいだし、酒場に行ってようかな。」
今日の予定を考えつつ、悠仁が聖堂の外へ出ようとすると。
「あの!すみません!」
なんだか最近聞いたような声が、背中に投げかけられた。
「はい、なんで…しょ…」
とりあえず自分にかけられた声だというのは分かったので、返事をして振り返ると、そこにいたのは数日前に別れたはずのAliceだった。
「いきなりで申し訳ないですが、お願いを聞いてもらえないでしょうか!!」
聖堂前の広場に響き渡るくらいの大声で話しかけてくる。回りのプレイヤーは、こちらを見てニヤニヤとしている者もいれば、怪訝そうな顔でコソコソと他のプレイヤーと話している者もいる。
(注目集めすぎだろ…)
「ちょっと!こっち!」
悠仁はAliceの手を取り、階段を駆け下りる。
「あの!あの!」
「しゃべると舌を噛むぞ!」
とりあえず、あの好奇の視線から逃げるように街まで下りきる。
大聖堂の長い階段を、人の間を縫って駆け下りる。手を引いた少女は軽く、それでも一段ごとに遅れまいとする必死の足音がついてきた。何をやっているんだ俺は、と頭の隅で思うが、あの衆目の中に立ち続けるよりはましだった。
「「はぁ…はぁ…」」
街につくころには、二人とも肩で息をしていた。補正が利くとはいえ、ダッシュでこれだけ走れば息も上がる。
「はぁ…いきなり公衆の面前で注目を集めるようなことはやめてくれ…」
「すみません…」
「で?昨日の今日で何の用だ?お願いとか言ってたが…」
「そうだ!あの!」
「聞いてやるから落ち着け。」
「はい…、はぁ…ふぅ…。その、私をパーティーメンバーとして参加させてくれませんか?」
「…はい?」
「あれ、えーと、Yujiさんのパーティーメンバーとして参加させてほしいって言ったんですけど。」
「いや、わかってるよ。問題はなんでかってことで。」
(なんでいきなりメンバーとして加入?そもそもレベル差がありすぎじゃないか。)
「その、昨日のお二人の雰囲気を見ていたら、私もそんな中で冒険がしたいなって思いまして…。ご迷惑にはならないようにします!アイテムの分配なども気にしないでいただいて大丈夫です!」
「いや、そうじゃなくてだな…」
(あまり重い話をするのは好きではないのだが…)
「えーっと、立ち話もなんだから、とりあえず昨日の酒場に行こうか。」
「はい…」
酒場に着き、ドアを開けると今日もムキムキのマスターが一瞥をしてくる。
「…問題は起こさないよ。」
「何も言ってねぇけどな、そうしてくれ。席は自由にしてもらってかまわない。」
昨日よりも早い時間、客もまだちらほらしか見かけない。とりあえず同じ席に座る。
ウェイトレスが注文を取りにくるが、ハーブティーのみを頼んでおく。
断るための話をするのに、酒を頼む気にはなれなかった。湯気の立つハーブティーが二つ、卓の上で細い香りを立てる。少女は両手を膝に置いて、判決を待つ被告のように背筋を伸ばしていた。そんな顔をさせたいわけではないのだが、こちらにも順番に話さなければならないことがある。
「はぁ…それでだな。」
「はい。」
「俺とカインの考えを、君に伝えておく。」
「はい…?」
「俺たちがクランに加入していなかったり、小規模、まぁ二人しかいないんだが、それで行動しているのは昨日の時点で話したと思う。」
「…はい。」
聡い子だ。今の発言だけで、これからの話の流れが分かったのだろう。
膝の上の手が、スカートの布を少しだけ握り込む。それでも目は逸らさない。断られる予感と、それでも引かないという決意が同じ顔の上に並んでいて、悠仁は話しにくくてかなわなかった。
「俺のプレイヤーレベルは知ってるな?君とは大きく離れている。俺たちの考えは昨日カインが言ったように、レベル差が離れている人とパーティーを組んでも、あまり良い結果にならなかった過去があるからだ。」
「…」
黙っているが、話を続ける。
「それは君とも例外じゃない。冒険も、君がやってきたものよりも低レベルで満足いくものじゃないだろう。金銭の問題だってそうだ。この辺りで稼げる金額なんてたかが知れているし、俺たちは毎月の支払いも赤字だ。そして君一人だけレベルが高い状態じゃ高レベルの狩場なんていけないし、多少効率が上がったところで稼ぎが倍になるわけでもない。」
「お金のことなら大丈夫です!それがネックになっているのなら、お二人の月額料金くらいでしたら!」
「いや、そうじゃなくてだな…」
確かにこの子は可愛いし、レベル的にも頼りになる。入ってくれれば戦力増強や、いざという時の保険になってくれるだろう。特にこういったゲームをする人間は爽快感を求めていることが多く、回復職につく人はそう多くない。そのため、レベルが上がってくるにつれて死亡の危険性が増してくるこのゲームでは、回復職の需要はレベルが上がるにつれ増してくる。能力的には何の問題もないのだが…。
「ふぅ…、そうじゃない。俺もカインも社会人だ。残念ながらこれといって趣味も無い身でな、月額料金くらいゲーム内収入が0であっても払うことはできる。つまり、俺が渋っている理由は金じゃない。」
「…」
なんとなく分かっているのだろう、口を閉ざしてしまう。
「あまり話したくない内容だから中身は割愛するが、高レベルの人とパーティーを組んでいい思いをしなかったことがあるんだ。そしてこれはあくまでゲームなんだ。楽しくないならゲームなんてしないほうがいい、っていうのが俺の信条だ。それは相手も同じであってほしいと思っている。俺が参加することで楽しさが損なわれてしまう可能性があるのなら、俺とは関わらないほうがいい。だから君とパーティーを組むのを渋っている。カインも同じだろう。君はそれでいいというかもしれないが、やはり平等性に欠ける関係というのも落ち着かないしな。」
一時の感情でメンバーになって、すぐに抜けるなんてことになりかねない。
我ながら説教くさい長広舌だと思う。それでも省く気になれないのは、楽しくないゲームがどれだけ人を消耗させるかを身をもって知っているからだ。あの頃の澱は、いまだに喉の奥のどこかに沈んでいる。同じものをこの子に飲ませる側には、回りたくない。
「…私も、Yujiさんとは違う方向性ではありますが、大所帯に参加して嫌な思いをしました。助けていただいた時に話そうと思っていたことも、それに関係しています。だから、Yujiさんやカインさんが嫌だと思ったら、不愉快だと思ったら、そのときには再度言ってくだされば潔く脱退します。だから…」
「あと、今入っているクランはどうするんだい?あまりクラン外の人間と多くつるむのは、いい顔されないだろう。」
「クランでしたら、昨日組合に行って脱退してきました。」
(…決意が固そうだな…)
「…そうか。そこまでいうのであれば…、ただ、君が満足できるような体験は提供できないかもしれないし、カインが賛成しない限り俺は加入を認めない。そして、さっきアイテムの分配は必要ないといったけど、アイテムの売り上げの分配は必ず均等だ。誰かだけに行き渡らないなんて事はあってはいけない。それでいいか?」
「はい!!」
「まったく、君は強情だな…。これでもカインと二人っていうのを1年近く続けてきたんだが…。」
「えへへ、ママにも言われます。」
(リアルでもそうなのか…)
「運ばれてきたハーブティーも温くなってしまったが、カインが来るまで少し待っていようか。」
「はい!!」
(会ってから一番の笑顔を向けられては、毒気が抜かれてしまうな。)
そんなことを思いながら、カインの到着を待った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ハーブティーを飲み終える頃、カインがやってきた。
その間のAliceは、腹が決まったのか今度はよく喋った。回復魔法の話、詠唱の癖の話、神官服の仕立ての話。話題は取り留めなかったが、どれも自分の話ばかりで、人の悪口がひとつも出てこない。育ちの良さというのは、こういうところに出るのだろう。
「いやー、待たせた…な?」
カインと目が合ったAliceは、ぺこりとお辞儀をする。
「どゆこと…?」
状況を飲み込めないカインが、悠仁に助けを求めるように目を向けてくる。
「あぁ、これはだな…」
ひとまず事の顛末を話し、最後の決定権をカインが持っている事を伝える。
話しながら気付いたが、自分はもう断る前提の言葉を選んでいなかった。条件の確認、分配の念押し、クランの後始末。どれも入れる方向の段取りだ。カインは腕を組んで聞いていたが、途中からその口元が緩んでいるのを悠仁は見逃さなかった。
「んー、なるほどなぁ。んでYujiは、とりあえず色々考えた末に入れてもいいって思ったんだろ?」
「まぁそうだが、最終的にはお前がGoサインを出さないと入れるつもりはない。」
Aliceは何かに祈るように両手を合わせて目を瞑っている。
祈る先が女神なのかただの癖なのかは分からないが、合わされた指の先が白くなるほどの真剣さだった。この二日のあいだに見た限り、この子は嘘や場のノリでものを言う人間ではない。だからこそ、断り方を探していたはずの悠仁の腹は、もうだいぶ前から決まってしまっていた。
「俺はYujiがいいって言うならいい。なんだかんだ信頼してるしな。」
「軽いなぁ…。だってさAlice。まぁカインがいいって言うなら…」
親の機嫌を伺うように、上目遣いで右目をあけてこちらを見てくる。
「ようこそ。これからよろしくな、Alice。」
「よろしくな、えーっとAliceちゃん?」
二人から微笑をもらったAliceは、満面の笑みで頷くのだった。
クラン(機能)
冒険者が6人以上集まるとクランを作成できる。クランを作成すると専用の家屋を購入できたり、クラン向けの専用の依頼を受注できたりする。大規模クランになると構成員は三桁後半にも上る。クラン同士の公式試合などはないが、仲が良くないクラン同士では小競り合いが多発している。
クラン内での上下関係による、現実世界でのパワハラに近いことも多く報告されている。
冒険者統括組合(施設)
冒険者クランを纏め上げる機関。クランの作成、クランへの加入・脱退、クラン向けの依頼の掲示などクランに関わることをほぼ全てここで管理することができる。聖堂と同じく大規模な街では必ず設置されている施設である。




