モーブグレーの挑戦①
ステラ編です。ちなみにモーブグレーというのはステラの着ているローブの色ですよ。灰がかった藤色、と言えば伝わるでしょうか。あまりローブの色に触れられないので忘れてらっしゃる方もいると思いますが…。
――リアッツォ 商業区 小道具屋『老婆の休日』
「……高い。」
商業の一角、魔具製作素材を扱っている店にステラの姿はあった。造形豊かなインク瓶がこれでもかと並んでいる棚を眺めながら、ぼそりと呟く。ステラの戦闘方法は基本的にスクロールだ。珍しくて出費の多い戦闘方法だとは理解しているがやめられない。なぜなら…
(……スクロールで戦うのって、かっこいい。)
このような思考を持っているからである。魔法は基本的に詠唱を必要とする。それを省略して攻撃できるのは大きなアドバンテージになる。そして読んだ瞬間にはらはらと消え去り、魔法に転化されていくその姿は美しい。そうステラは思っているのである。気だるげな半眼が、この棚の前でだけ少しだけ輝いている。
「……でも、買わないわけにもいかないし。……さすがにこれ全部、Yujiに経費として計上してもらうわけにも、いかないし。」
例えばドラゴンの血を混ぜて作ったインク等は非常に高く、小瓶ほどの大きさなのに金貨60枚は下らない。スクロール3枚も書けば枯渇してしまうだろう。
(……まぁ、そもそも私のレベルだと、まだ扱えないんだけど。)
ステラが保有しているスクロール作成師22レベルではそこまで高位のものは扱うことが出来ない。
「…お嬢さん、何かお探しかい?」
しわがれた声で話しかけてくるのは藍色のローブを着た老婆だった。
「……インクを、探してて。」
「ほう、スクロール作成師かい?」
「……はい。ただ、ここに、ガルーダのインクが置いてなくて。」
「ガルーダ…。ということはお嬢さんは20レベルそこそこってところかい?」
「……よく、分かったね。……お婆様も、スクロールを?」
「おうともさ、もう長いんだよ?」
見たところNPCだが、スキル持ちとは珍しい。ステラの眠たげな目が、わずかに開いた。
「ただ、ガルーダのインクは今切らせちまっててね…。…そうだ、私と勝負をしないかい?」
「……勝負?」
急に店主に勝負を挑まれる。一体どういった思惑があるのか。
「なぁに、ローリスクハイリターンの賭けじゃよ。そっちの掛け金は金貨1枚。こっちの掛け金は…」
店主は棚に陳列してある瓶を手に取る。
「これじゃ。ユニコーンの血を使って作られたこのインク。」
「……え。でもそれって、金貨20枚くらいの価値が……。」
「だからローリスクハイリターンだっていっとろーが。」
店主は持っている杖を地面にコツコツと当てる。しかし、勝負事である以上双方が対等だと思うものをかけるのは当然のことである。2倍以上の価値があるものをかけられても困ってしまう。
「……それで、勝負っていうのは……?」
「このインクがどのレベルから使えるか、知っているだろう?」
「……スクロール作成師の、24レベルから。」
「その通り。」
店主はにやりと口角を上げる。
「勝負の内容はこうじゃ。今日の日暮れまでにスクロール作成師の24レベルに合格することが出来たらお嬢さんの勝ち、出来なかったらこっちの勝ち。どうだい?」
なるほど、とステラは納得する。掛け金の差はステラの努力で埋めろということだ。きっと先達として後輩の育成をしようとしているに違いない。ただ既にスキルレベルは20を超えている。それを更に飛び級するとなるとかなりの知識と技能を要求されるといっても過言ではない。時間的にも飛び級をしないと間に合わないだろう。
(……飛び級。……めんどくさい。……けど。)
棚の上のインク瓶を、もう一度だけ見る。
「……わかった。その勝負、受ける。」
「さすが、やる気じゃな。受けるとおもっとったわい。」
かっかっかと愉快そうに笑う店主。ステラも受けた以上は真剣にやるしかない。いつも気だるげなステラの半眼が、いつになく真剣な光を帯びる。
「……じゃあ、私、聖堂に行くから。」
ここはウェイル領の実質首都に当たる街。ただの聖堂ではなく大聖堂が建てられているはずなのでスキル習得に関する書物を有している図書室があるはずだ。
(……それと、確かこの街には、中立クラン『灰の図書館』の写本貸出所もあった。……足りない参考文献は、あそこで借りればいい。)
「さぁ、行っといで。」
店主に見送られ店を出る。
大聖堂へ向かう前に、ステラは『灰の図書館』の貸出所へ寄った。
リアッツォの本館。石造りの建物は、貸出所の窓口だけが通りに開いていて、奥は書架の森だ。その森の一番奥——書架の列が尽きるところに、黒い鉄の扉が見えた。飾り気のない真鍮の板が打ってある。
『禁書庫。閲覧ハ本部審議ヲ要ス。』
(……ふうん。)
気だるげな半眼が、ほんの少しだけ開いた。知識と文献の中立クランが、貸しもせず、読ませもしない本を、わざわざ鉄の扉の中に抱えている。……いつか、その「審議」とやらを申請してみるのも、一興かもしれない。
「はい、写本3冊。返却は10日以内。汚したら買い取りです。」
窓口の受付は、にこりともせずにそう言った。どこの分室でも、ここの受付は同じ顔をしている気がする。
かなり難しい問題が出題されることは目に見えている。早速学習に取り組んだ。
大聖堂の図書室は、紙と埃と蝋の匂いがした。ステラは借りた写本と備え付けの書物を机に積み上げ、必要な数字だけを紙に写し取っていく。等級、小節、魔方陣の径。指先がインクで黒くなっていくのも構わず、日暮れまでの時間を頁の厚みに換えていった。
石を握って唇だけ動かしている子供が、隣の机にいた。紙より石のほうが安い——この世界では、それがふつうのことらしい。
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――4時間後 大聖堂 ロビー
「……すみません。スキルレベル認定試験を、受けたいんですけど。」
勉強を終えたステラは受付嬢に話しかける。
「はい、もちろん大丈夫ですよ。何のスキルをお受けになりますか?」
「……スクロール作成師の、24レベルを。……お願いします。」
「なるほど…少々お待ちください。プレイヤーカードを拝見しても?」
「……はい、これ。」
ステラは言われた通りにプレイヤーカードを差し出す。受付嬢はそれを機械に通して情報を参照しているようだ。
「…ステラさんは現在スクロール作成師22レベルを所持しています。3レベル以内の試験なので24レベルを飛び級で受けることは可能ですが難易度は高いと思われます。ご存知だとは思いますが試験に落ちたとしても試験料の返還はできませんが、それでもよろしいですか?」
「……はい。構いません。」
時間いっぱい勉強をしてきた。これ以上の時間はない。
「承知しました。では試験料金貨20枚をお支払いください。」
ステラは革袋から金貨20枚を取り出して受付に並べる。
並べた金貨を眺めて、ふと可笑しくなる。賭けの掛け金は金貨1枚なのに、それを取りに行くための試験料が20枚。勘定だけ見ればどう考えても合わない。……それでも、と思う。欲しいのはインクだけではないのだ、たぶん。
「…はい、確かに。ではあちらのポータルへお入りください。」
受付嬢はステラの右手前方にあるポータルを指した。ステラは促されるままポータルに入り、そのまま転送される。




