白銀に染まる狼
「あの!」
中央広場に呼び止める声が響く。沢山の人がいてもそれが自分に向かってかけられている声だと判断できるのは何故だろう。カインはゆっくりと振り返る。
「…フルールじゃねぇか、どうしたんだ?」
「カインさん、ちょっと相談に乗ってもらいたいことがありまして。」
頭の上にはてなを浮かべながら二人揃ってベンチに座る。
「実は料理人スキルをとろうと思ってて。」
「あぁ、最近Yujiが取ったっていうあれか、別にいいじゃねぇか?2人いても問題ないし仕事は分担できるしでいいことばっかりだろ。」
「それはまぁ私もそう考えたのですが、何から始めていいかわからなくて…。」
走り始めてしまえば簡単なことも、走り始めることが大変なことはたくさんある。困っているフルールを見ているとカインの脳裏には過去の情景が蘇る。
『マサはいつも私が困ってると助けてくれるよね。』
カインは頭をポリポリと掻いて提案する。
「…何すればいいかは一緒に考えてやっから。」
「本当ですか?ありがとうございます。」
フルールはにっこりと笑顔をカインへ向ける。
「…あー、そうだ。これやる。」
カインは手に持っていた羊皮紙の巻物をフルールに手渡す。
「…これは?」
「ちょっと個人で依頼を受けてな。それの追加報酬みたいなもんだ。ここの中央広場にある店の看板料理のレシピらしい。」
「そんなのもらえるんですね。」
「たまたまだ。緊急だったのと、料理店の人間だったからもらえただけで。」
「ふふ、緊急なのに受けてあげるのがカインさんらしいですね。ちょっと見せてもらいます。」
フルールは紐で封をしてある巻物を紐解き中を眺める。
「ふんふん…なるほど…あぁ、これはあそこで売ってましたね…。」
フルールはレシピを読み込んでしまい完全に自分の世界を作ってしまった。
(こうやって夢中になると周りが見えなくなるのも楓そっくりだよなぁ…。)
髪と瞳の色以外はカインの亡き恋人にそっくりだ。
(背丈も、声も、性格も…、全部あいつをコピーしたような…。)
カインも夢中になってフルールの顔を眺めていると、読み終わったのかフルールは顔を上げた。
「わかりました。この『コボルトの舌』以外の食材は露店で扱っていました。」
「コボルトの舌?それならここにあるぞ。」
「うわっ、そのまま街中で切り取ってある舌出さないでくださいよ…。」
フルールがジト目でカインを見る。
「あ、あぁ…すまなかった。」
「ふふ、冗談ですよ。さぁ行きましょう。」
「行くってどこに…。」
フルールはやる気満々な様子で立ち上がってカインを誘うがカインはついて来られていない。
「食材を揃えにですよ、付き合ってくれるんでしょう?」
「…そうだったな。」
カインは自分の言ったことを思い出し立ち上がる。
「さぁさぁ、行きますよ!」
フルールは嬉しそうにカインの腕を引く。
「おっおいちょっとまてって…」
つんのめりながらカインはフルールの買い物につき合わせられるのだった。
露店を回るフルールは、レシピと見比べながら食材を一つずつ確かめていく。その足取りには迷いがなく、カインの両腕には籠だけが着実に増えていった。荷物持ちというのも存外悪くない――追いかけながら、カインはそんなことを思っていた。
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――大聖堂 貸調理場
「聖堂って調理場も貸してるんだな…。」
カインにとって料理人スキルは縁のないものだったので聖堂で調理場を貸し出しているなんて知らなかった。
「そうですよ?知らなかったんですか?」
フルールがちょっとドヤ顔で見てくる。
「うるせ。」
「カインさんのほうが冒険社歴が長いのにー。」
「いいからはよ作れ。」
「はーい。」
2人きりだからか、手伝ってもらえるのが嬉しかったからなのか、フルールに少し茶目っ気が出ている。
「えーっとまずは…。」
フルールがレシピを片手に調理を始める。その姿を見ていると何だか安心感と疲労で眠気がしてくる。
「ちょっとカインさん、寝ないでください?」
「おっと…わりぃな…、戦闘してたのもあって少し眠くなっちまった。」
「もう…、じゃあ向こうで座っててください。」
少し怒った様子で伝えてくる。
「え、でも手伝いは…。」
「刃物も使うのでそんなフラフラの人に周りをうろつかれても困ります!味見役でいいので向こうで休んでてください!」
事実上の戦力外通告だった。
「…はい。」
非が自分にある以上従うしかなかった。
カインは備え付けの椅子を壁際に運び、どっしりと座る。数m先ではフルールが一生懸命料理を作っている。
(あぁ…昔もこんな感じであいつが料理を作ってたっけか…。邪魔だから向こう行けってな…。)
少し鮮明に昔のことを思い出すのは眠気で意識が遠のいているからだろうか。寂しくも懐かしい気持ちに包まれながらカインの意識は闇に沈んでいった。
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カインは気付くと違う部屋にいた。
「なにぼさっと立ってんの。邪魔よ。」
後ろから栗色の髪の女性が通り抜けていく。
「おっと、すまねぇ…。」
「あー、もう冷凍庫開けて中の整理しておいていって言ったじゃん。これじゃあアイス入りきらないよー…。」
「あぁ…すまねぇ…。」
「全く、マサは私が居ないと何も出来ないんだから。」
そういう楓は少し嬉しそうだ。
「あぁ、そうだった。」
カインは思い出した。今日は楓が夕飯を作ってくれるってことで食材を持ってきてくれる事を。
「んー、なにー?」
楓が冷凍庫の整理をしながら尋ねてくる。
「あ、いや、なんでもない。冷凍庫の整理俺がやっとくから夕飯のほう頼む。」
「ま、それくらいやってもらわないとね。じゃあよろしく。」
楓は何故かカインの部屋に常備してあるギンガムチェックのエプロンをさっと身に着けて料理を始める。
カインはその姿を見るのが好きだった。
「何見とれてんの。」
「ばっ!ちげぇって。」
カインは目を逸らして冷凍庫の整理を始める。後ろでは楓が鼻歌を歌いながら人参を切っている。
「~♪~~♪」
「それ最近聞いたな。日曜朝のアニメのだっけ?」
「そうそう!何で知ってんの?」
「なんかランキングに上がってたからな。っていうかまだあんなの見てるのか?」
もうお互いいい歳だ。
「いーでしょー、楽しいものは何歳になっても楽しいのよ。あんただってプラモデルを今でも作ってるでしょーが。」
「ま、否定はしない。」
お互いの趣味についてとやかくいうのは親しい中でもマナー違反だ。口には出さないがカインは少し反省する。
(あれ、でも何か大切なことをやっていたような…。)
考え事をして手を止めていると冷蔵庫からピーピーと警告音が聞こえる。
「…なにしてんの?冷凍庫の中のもの溶けるわよ?」
「…ん、あぁ…。」
何故か手や思考が上手く働かない気がする。何故か考えるがそれすらも上手く思考できない。
「ちょっと…、大丈夫?」
「いや、わからん…。」
「もー、マサは自分の心配をしなさいよ。いつも人に気を遣ってばっかりで…。」
楓の小言が始まる。これもいつものことだった。鬱陶しいはずなのに少し嬉しく感じてしまうのは何故だろう。
「…ちょっと、聞いてんの?」
「あぁ、ごめんなんだっけ?」
楓はあからさまに溜息をつく。
「もういいわよ、向こうで休んでて。」
「いや、でもいつも手伝えって…。」
楓は何をするにも一緒にやりたがった。料理もゲームもテレビを見るのも。
「そんなぱっとしない状態で刃物や火を任せられるわけないでしょ?さ、向こうへ行った行った。」
しっしと追い払われてしまう。まぁこんな様子じゃ仕方ないだろうと納得してソファに座る。
(あれ、でもこの部屋に楓はきたことないはず…)
そう思ったときには意識が闇に沈み始める。
(まぁいいか…。ちょっと寝よう、きっと疲れてるんだ。)
リズム良くまな板を叩く包丁の音を子守唄にカインはゆっくりと力を抜いていった。
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――1時間後 リアッツォ 大聖堂 調理場
「…さ…。…イン…。……カ………ってば……。」
体を揺すられる感覚と、優しい声で自分の名前を呼ばれている気がする。
(何だうるせぇな…お前が向こう行って休んでろって言ったんじゃ………?)
「お、おぉ…フルール。」
意識を引き上げられて目を開けると目の前にフルールの顔のアップが映り出す。
「やっと起きました…。ほら、できましたよ。」
フルールが指差す方向には湯気が立っているカレーがよそられていた。
「あ、あぁ…そうか、できたのか。」
「もう、寝ぼけてるんですか?せめて味見役くらいやってください。」
フルールは両手でカインの腕を引き立ち上がらせる。
「おっと…」
意外に強かった力と、寝起きということでふらついたのかフルールに密着してしまう。
「す、すまねぇ…」
「い、いえ、こちらこそ…ちょっと強く引きすぎました…。」
なんとも言えない空気のまま席に着く。
「じゃあ…どうぞ。」
フルールに促される。
「いただきます…。」
レシピ通りに作ったのだろう、色も匂いもカレーそのものだ。現実世界にない香辛料もあるのか食欲をそそる匂いが鼻腔を支配する。スプーンで一口そのカレーをすくって口に入れる。
「あむ…」
その様子をフルールはじっと見つめている。
初めに来るのは鼻に抜けるそのスパイスの風味、さわやかさを感じさせるもの、風味的に辛さを誘発するもの、少しクセのあるもの、一つの香辛料だけでは表現することの出来ないそれが食欲を更にそそってくる。強すぎない塩気に程よいとろみ。舌全体を包み込むようなそのとろみはいつまでもその味を伝え続けてくる。
続けて二口目を食べる。香辛料の風味に慣れた舌にやってきたのは野菜の甘み。どれだけ煮込んだのか分からないが野菜が溶け込んでいるような甘みを感じる。しかし…
「かっら…。」
その次に来るのは舌を刺すような辛味。舌が痺れて痛みに変わる。
「楓はいつもスパイス入れすぎなんだって…お前はいいかもしれないけど俺はきついぜ…。」
「カエデ?」
「あ…」
昔のことを思い出していたからかつい言葉に出してしまった。
「いや、なんでもない。」
「カエデって誰です?」
フルールが興味深々で身を乗り出してくる。なんで女はこう恋愛沙汰の話が好きなのか…。頭を抱えつつも料理を作ってもらった礼と、自分の心の整理も含めて昔話をする。
楓が誰なのか、今はどうなったのか。フルールに容姿がそっくりなこと、カレーにはよくスパイスをどばどば入れることを。
「そうだったんですね。」
言ってから、フルールは自分の胸に手を当てた。知らない人の話のはずなのに、記憶のないはずの場所が一箇所だけ、きゅうと軋んだ気がしたのだ。理由の分からないまま眉が下がって、口が、すみません、の形になっていた。
「おっと、謝らないでくれよ。もう心の整理はついてんだ。」
「ふふ、優しいですね。」
「よせやい。」
フルールも自身で作ったカレーを口に運ぶ。
「私はこれくらいがいいけどなぁ。」
「勘弁してくれ…。」
カインは水を頻繁に口に運びながら答える。
「ねぇカイン?」
「…なんだ?」
何故か『さん』がなくなっているのは親愛の証だろうか。
「また食べてくれる?私のカレー。」
「…スパイスを控えるならな。」
「うん、そうする。」
「じゃあ考えてやらんこともない。」
それを聞いたフルールは笑顔をカインへ向ける。
「ふふ、ありがとう。カインは優しいね。」
少女のような笑顔を向けられて何だか気恥ずかしくなってしまいカインはそっぽ向く。
「…まぁたまにはお前の好きな辛いカレーにも付き合ってやる。」
それを聞いたフルールは、はっとした顔をしたあとふにゃりと表情を緩ませた。
「うん、その時は沢山入れちゃうね。」
辛いはずのカレーが、少し甘くなった気がした昼下がりだった。
コボルトの舌 (アイテム)
コボルトから取れる素材アイテム。主に料理に使用されることが多い。現実世界の豚の舌に似ている食管である。コボルトの舌は薄いが適切に調理すると肉の旨みが増しよい食材になる。ドロップ率はそんなに高くないが料理人は好んでこの食材を使う。




