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到達点

――リアッツォ西 バロック平原


「…ふむ…、あれか。」


ウェイルが呟く。まだ街を出て少ししか経っていないが、既に視界の先には大きな茶色い物体が見えている。


「随分と大きいですね…。」


ウェイルのすぐ後方にいる悠仁もそれが見えていた。距離にして300m以上先にいるのに大きさが分かるということは相当な大きさなのだろう。戦闘力を持たない住人がこれに襲われたら一たまりもないのは想像に難くない。


「エリートクラスらしいからな。ノワール出没の時から何体か魔物が出ているが、時期なのだろうか…。まぁここまで大きいのは今まで出たことはなかったが…」


ウェイルは止まることなく接近を続ける。段々とオークの姿が詳細に見えてくる。茶色の体躯に赤い腰巻、引き締まった身体にチェーンを巻きつけて、大きな棍棒を肩に担いでおり、裸足である。


「なんであのクラスのモンスターがこんなところに…。まぁ考えるのは後だ。」


ウェイルはオークにぎりぎり気付かれない場所で馬を止める。


風が草の匂いを運んでくる。その中に、獣の臭いと血の気配が薄く混じっていた。平原の先には打ち捨てられた鍬が転がり、畑の柵が一箇所、内側へ折れている。ここで人が死んだのだという事実が、遅れて胸に落ちてきた。


「よし、じゃあ攻撃をもらわないように少し離れておきなさい。」


ウェイルは軽く馬を撫でた後オークのほうへ向かっていく。腰に据えた鞘から直剣を抜く。白銀の刀身が眩しい。

光が反射したのかオークがこちらに気付き、走りよってくる。


「ふむ…、なんでここにお前のような魔物がいるのかはわからないが、残念だった。私の領地で命をとったのが運の尽きだったな。」


ウェイルがぼそりと呟く。


「さて、カイン君。自分が目指すべきところがどんな場所か。少し見てみるといい。」


ウェイルは剣を両手で持ち、捧げ筒のように持ち上げ詠唱を始める。


「あぁ風よ 私は飛びたい 地面を置き去りにして そうあなたがそうあるように」


4小節の魔法の詠唱を終わらせる。


「ハードアクセラレーション」


身体が淡く光る。自身に強化魔法を付与しているようだ。


「ジュームよ我は乞う 滾々と沸き続けるその力を 欲しい欲しいと今日も謳う」


「フォルツクレアーレ」


続けて強化魔法を付与する。


「慈悲深き神よ 私に宿ったこの熱を どうか少しでも永らえさせてほしい」


「これはクレリックの…」


アリスは聞き覚えがあるようだ。


「パーマネンス」


更に重ねがけをしていく。いくつもの職を持っている冒険者だからこそ出来る芸当だ。

後ろを振り向いてカインににこりと微笑んだ後オークに向き直る。


「さぁ木偶の坊、かかってきなさい。」


オークに向かってくいくいと手招きをして挑発をする。


「グォォオオオオオオ!!」


雄叫びと共にウェイルに向かって棍棒を振り下ろす。速さは尋常ではなく人の身体よりも巨大な棍棒が残像しか見えない。


「ふむ…。」


ウェイルは剣を片手で持ち刀身を横にして、自身の頭を守るように持ち上げる。

スゴン!という音と共に身体が地面にめり込む。


「うぉ…まじか…。片手かよ…。」


カインがそれをみてやや絶望を感じたように呟く。


「北の敵よりもかなり弱いが仕方がない。…まずは敵との距離だ。ランダムターゲットを予想して立ち位置はこう。」


ウェイルは明らかに棍棒が届く位置に立つ。


「こちらに攻撃が出来ると分かればランダムターゲットの発生率も落ちる。出来る限り敵の攻撃が届く範囲に立っていること。常に仲間の位置を把握して視線がそちらに向こうものなら間に立ってターゲット移動を防ぐんだ。」


「既にかなり厳しいな…。」


同程度の相手ならまだしも、格上には距離を取りがちなカインは既に困難さを感じている。


「そして多数が相手ではない場合には積極的に攻撃に転じること。味方の火力が増してくるレベル帯になるともう挑発スキルだけではヘイト稼ぎが間に合わない可能性が高くなる。」


棍棒を弾いて腹部を切りつける。


「ギャァアアアアア!!」


オークが叫び声をあげる。


「この剣は魔法剣のカテゴライズされるものだが、仮に魔力を込めるとしても切り付ける瞬間だけだ。他では魔力を抑えて消費を最小限にする。焦って常に流し込んだ場合、剣が良いものだとあっという間に魔力が枯渇してしまうからね。」


ウェイルは敵から目を離さず説明を続ける。


「戦闘中はなるべく手数を多くして敵の気が逸れないようにする。よく訓練された魔物はある程度の攻撃ならしっかりと防いでくる。これを利用するんだ。間髪いれずに攻撃を続けていれば防ぐことに手一杯になって相手の行動の制限に繋がる。」


業を煮やしたオークが咆哮をあげ、横薙ぎの一撃を見舞ってくる。ウェイルは半歩だけ引いてそれを空に流し、何事もなかったかのように続けた。


「魔法に頼らないでそこに釘付けに出来る、覚えておくといい。しかし、その為加速の魔法は必須だ。自分でかけられない場合には仲間にサポートしてもらう必要がある。」


ウェイルは自分の身の丈の3分の2ほどもある剣を片手で振り回す。相手のオークは片手では歯が立たないと思ったのか両手に持ってフルスイングをするように攻撃をしている。


「そして攻撃はなるべくいなすのがいい。直接受けてもいいんだが、剣の耐久度がガンガン減ってしまうからね。これが高い鉱石や素材を使ってると出費が馬鹿にならないんだ…。そして鎧はあくまで保険だ。鎧があるからという戦闘スタイルならやめたほうがいい。」


何かを思い出すように頭を振る。同じようなことを経験したことがあるのだろうか。


「ただまぁこれは慣れてきてからでないと危ないから初めは攻撃パターンの勉強代としてしっかりと受けて覚えるといい。」


その声色から笑顔で戦闘しているのが分かる。


「その前にこの攻撃を1撃でも防げたら御の字なのですが…。」


カインは見ているだけなのにげっそりとしている。


「焦ることはない。私だって最初はそうだったんだ。…攻撃を何回もいなしているとそのうち相手も疲労が貯まってきて大振りな上に振るのが遅くなる。その時を狙って確実にダメージを重ねていく。」


身体が前に倒れこむようにふっと重心を傾けたと思ったら大きく踏み込み、肩、腰、腕と切り裂いていく。オークの身体は鮮血に染まり、茶色の体躯は紅く染まり始めている。


「そして相手のダメージが蓄積して仕留められると思ったら一気に距離をつめるんだ。軽装備の職業の冒険者は近づくことが出来ないからね。」


「俺も結構近づけないんですが…。」


「ふむ…。カイン君、君は何のスキルが使えるかね?」


「スキルですか…。『爪痕』『咆哮』『スマッシュ』…あと『一閃』とかですかね。」


「おぉ、一閃か。それは最後の攻撃にとても適している。特に1体が相手の時にはね。ただおいそれと使うと陣形が崩れるので使ってはいけないよ。さて、じゃあ…」


そろそろフィニッシュできると思ったのかウェイルは軽やかに2歩バックステップをして距離を取る。オークは疲労していて追うことができないでいる。


「これが君も使える『一閃』の辿り着くところだ。」


今まで片手で持っていた剣を両手持ちに切り替える。刀身を斜め後方に向けて腰を低くし右足をゆっくりと上げて、踏み込む。


「はぁぁあ!!!!」


自身に喝を入れるかのような凄まじい声と共に地面が揺れる程の踏み込みを出す。


「一閃!!」


暴風が巻き起こる。吹き飛んできた砂を手で防ぎながら必死にウェイルを見るが既にそこには何もなく、あるのはまるで巨大な金槌で地面を叩きつけたような円形のくぼみだった。見えたのは白く輝く光が宙に残した綺麗な直線。剣が空気を切っている音のはずなのにキィィィンとハープの弦を爪でなぞるような、金属音が響く。

気付けばウェイルの身体はオークの数m後方のところにいる。


「ふぅ…。」


ウェイルの剣には血の一滴もついておらず、そのまま鞘にしまいこむ。鞘に剣がしっかりとしまい込まれカチンという音がしたと同時にオークの身体が半分に「ずれる」。

ズシンという音と共にオークは絶命する。


「これが『一閃』だ。タイミングや十分な技量があれば一閃は脅威だ。」


「すげぇ…」


カインが呟く。


「……私も、それなりに長くやってるけど。ここまで凄いのは、初めて……。」


ステラも見たことの無いレベルだったようだ。


「本当に一人で何でもできるのね…。高レベルはみんなこうなのかしら…。」


「全員ではないと思いますよ、一つの職業を極めている人もたくさんいますから。それでもこれは…。」


ミーナとアリスもこれには気圧されてしまっている。フェリスにいたってはアリスの帽子に隠れてしまっている。


「ドラゴンと戦ったイザベラの戦友、ガルグのような動きですね…。やはりこのレベルになると動きが人間のそれを超えますね…。」


フルールも昔を思い出している。聞こえるところから推測するにドラゴンレベルと戦うにはここまでしないといけないのだろう。


「これが戦士の到達点なんですね…。」


「はっはっはっ!これでもまだ研鑽中だ、レベル上限が設定されていない以上まだ上を目指せるのだよ。」


ウェイルは笑いながら戻ってくる。


「さて、じゃあ戻ろうか。オークの肉は筋張っていて硬いがしっかりと調理すれば攻撃力上昇が見込めるよい素材だ。城の料理人に調理をしてもらおう。」


ウェイルは馬に乗り凱旋を促す。悠仁達も馬に乗りウェイルの後を追う。


帰り道、悠仁は一度だけ振り返った。平原には円形のくぼみと、二つになったオークの巨体が残されて、風がゆっくりと血の匂いを流していく。あれだけの戦いのあとなのに、前を行くウェイルの背中は畑を見回ってきた農夫のように穏やかだった。


「Yuji…。」


「何だ?」


カインが併走して小声で話しかけてくる。


「ありゃバケモンだな…」


「まぁ否定はしない…。」


こうして領内に発生したエリートオークファイターは領主自らの手で討伐されたのだった。

オーク(モンスター)

武器を使うことの出来るモンスター。モンスターの中の戦闘民族と呼ばれている。弱い個体は集団で移動するが、強い個体になると個別に移動し、移動先で新しい群れを形成する。頑強な肉体を持ち様々な環境で活動が出来る。

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