冒険者が治める街
――カプランドを出てから3日後
「思いのほか時間がかかったな…」
「みんなもしもを考えて月曜日フリーにしててよかったですねぇ…。」
悠仁の呟きにアリスが応じる。山も少ないので2日で到達できるだろうと考えていたら思ったよりも距離があり、3日もかかってしまったのだ。
「地図で見たときにもしかしたらって思って休み取っといてよかったぜ…。」
カインはそれを見越して休みを取っていたようだ。
「私はどうとでもなるので問題ないですよ?」
アリスのスケジュールも案外緩いようだ。
「とりあえずよかった。…それでなんだこの列は…。」
リアッツォに入る関所では長蛇の列が出来ている。
「……リアッツォは、領主が代わってから、入るのが結構厳しくなってる。一応、領主の住む城が、あるから。」
ステラはその辺の事情に詳しいようだ。
「領主が代わる前はそうでもなかったんですか?」
「うん。前は割と自由だった。代わってから規則が厳しくなって……というより、今までが緩すぎたのが整備された、というほうが正しいかな。おかげで安全が保証されて、行商人も多く訪れるようになってるとか。犯罪も減ってるみたいだし……万々歳ってこと、らしいよ。」
「なるほど…。結構まともな領主みたいだな。」
死亡したプレイヤーが多いということで追加の報酬を送ってくるような領主だ。人間的ではあるのだろう。
「でもこれじゃ待ってるだけで疲れちゃうわね…。」
1組5分程度の確認をしているようだ。前には10組を超える馬車と人が待っているので後1時間はかかるだろう。
列は遅いなりに、きちんと進んでいた。検問の兵は荷台の覆いを持ち上げ、一人ずつ顔を確かめ、最後に小さく頷いて通す。その順序が誰に対しても同じで、急かしもしなければ手も抜かない。待たされる苛立ちよりも、この几帳面さが積み重なった先にあの「安全」があるのだろうという納得のほうが先に立った。
「ま、その恩恵に肖ることになるんだ。少し位待つしかないさ。」
一行は疲れを感じつつも、順番を待った。
手持ち無沙汰の列で、悠仁はふと、関所の脇に目を留めた。
検問の兵たちから少し離れた壁際に、一人、立っている者がいる。灰色の外套。目元まで覆う無地の仮面。列に並ぶでもなく、誰と話すでもなく、ただ手元の帳面に何かを書き続けている。
(——あれ、どこかで。)
思い出した。アリーシャの組合の、あの聴取の部屋だ。隅に座っていた記録係と、同じ出で立ち。同一人物かどうかは分からない。ただ、「制服」が同じだ。
「どうかした?」
「いや……なんでもない。」
ミーナに答えながらもう一度目をやると、仮面はこちらに向いていた。書く手は、止まっていなかった。
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「…よし、身元の確認が取れたな。荷物も問題ないようだ。通っていいぞ。」
「ありがとうございます。」
1時間弱の時間を経てやっと街に入ることが出来た。
関所を抜ける、その間際だった。
「——ノワール討伐の、皆さんですね。」
壁際の仮面が、顔を上げずに言った。しわのない、温度のない声だった。
「……そうだが。あんたは?」
「記録に残る、戦いでした。」
それだけだった。仮面はもう、こちらを見てもいなかった。羽根ペンだけが動いている。
「……何よ、今の。」
「……『審判』。」
ステラが、小さく言った。
「……噂でしか、知らないけど。ああいう格好の、査定人の集まりが、いるらしいの。何を査定してるのかは……誰も、知らない。」
「査定、ねぇ…。」
気味の悪い話だ。ただ、ノワールとのあの戦いを「記録に残る」と言われて、悪い気がしなかったのも確かだった。——それが余計に、気味が悪い。
――ウェイル領最大の街 リアッツォ
「こりゃまたカプランドとは大違いだな。」
幌から顔を出しているカインが景色を見ながら呟く。
「高い建物が多かったり、ガス灯、石でしっかりと舗装されている道なんかを見るとヴァリエスタを思い出しますね。」
少し路地を覗くと日本でいうアパートのようなつくりになっている建物も多くあり、人口の多さが垣間見える。建造物はほぼ全てが石材で作られており、建築技術の高さも伺える。露店では食材が多く売られていることから農産物が良く採れることもわかる。活気はあるが落ち着いた雰囲気でゆっくりできそうだ。
「ひとまず宿探しからかな。身を置く場所が無いと何も出来ない。」
とはいっても街の外から来る人間が多いのか宿はそこかしこにある。
「どこかオススメとかないか?」
「……ごめん。この街は、特に知り合いもいなくて。」
カプランドでは知り合いのNPCがいたステラもこちらではあまりいないようだ。漫然と馬車を走らせていると隣に馬に乗った騎士が併走してきた。
「もし、ちょっとよろしいか。」
「はい、なんでしょう。」
馬車を走らせながら話を聞くのも失礼かと思いとりあえず手綱を引いて馬車を止める。
「突然失礼した。私はウィリアム、領主に仕えている兵士だ。関所でYujiなる冒険者が街へ入ったと聞き、特徴を聞いて貴方かと思ったのだが間違いではないか?」
「はい、私がYujiです。」
よく手入れのされた馬に馬鎧を装着させている。馬に乗る男性が装備しているのはフルプレートのアーマー。持っている装備からなかなかの実力であることが分かる。
「それはよかった。我がウェイル領の主よりYuji様一行が到着したら城へ通すようにと達しを受けております。そちらに滞在していただくことも可能ですので、是非、お越しください。」
「なるほど、わかりました。」
どうやら領主は関所に通達を出すほど待っていたらしい。ひとまず歓迎されているようなのでウィリアムの先導に従って城へ向かう。そのまま馬車を走らせること15分、やっと城門へたどり着いた。
「ここでしばしお待ちを。」
ウィリアムは衛兵の傍へ行き何かを話しているようだ。衛兵はそれを聞いて頷き、門を開ける。
「お待たせしました。では、中へ。」
城門を通ると城が見えたが、庭には何もなく殺風景だった。ところどころ花壇があり、花がある程度で庭師などは見えない。
「…城ってもっと飾られているイメージだったんですけど、意外と何もないんですね。」
つい率直な感想が口を突く。
「ええ、領主はあまり飾りを好まず城の中もこんな感じです。城だけ拵えて後は街の維持に資金を回しているので。最低限の守りと住むところがあればそれでいい。というのが領主の考えです。」
「随分と住人を大切にしているんですね。」
「ええ、それはもう。領主がここまで質素な生活をしているので住民も自分たちが守られていると感じているのでしょう、反乱因子などは一切見たことがありません。」
街に住む人たちからの信頼も篤いようだ。この規模の街で政治に反対していない人物が全然いないというのも珍しい。
「では、馬車はこちらに停めていただいて。領主の下へ案内いたします。」
ウィリアムが先導して城の中へ案内される。城に入っても城として機能する設備がほぼ最小限で揃っているだけで絢爛なシャンデリア等は一切なかった。
ただ、貧しいという印象は不思議と受けなかった。石の床は隅まで磨かれ、廊下の燭台は数こそ少ないが煤ひとつ付いていない。飾る金がないのではなく、飾りに回す金の行き先を決めている――そういう質素さだと、歩いているだけで伝わってくる。
「私、こっちの世界で城なんて入ったことなかったですが、ちょっと寂しい感じですね。」
現実世界での記憶と照らし合わせているのか、アリスがきょろきょろしながら感想を伝えてくる。フェリスもアリスの顔の向きにあわせてきょろきょろしている。その光景が可愛くて少し噴き出しそうになってしまった。
悠仁は城なんてものは日本の物しか入ったことがないので西洋式のものは良くわからないが、それでも少し寂しい気がするというのはやはりそういうことなんだろう。
しばらく歩いた後階段を昇り、やや大きなドアの前までやってくる。
歩きながら、悠仁は自分の心拍が少し速くなっているのに気付いていた。相手は一領の主で、こちらは一介の冒険者だ。失礼のないようにという緊張と、どんな人物なのかという好奇心が半々のまま歩くうち、廊下は妙に長く感じられた。
「こちらが領主のいる部屋になります。準備はよろしいですか?」
「はい、大丈夫です。」
悠仁の返事と後ろにいるメンバーの顔を確認した後ウィリアムがドアに向かって用件を伝える。
「クラン『パーチ』の皆様をお連れしました。」
しばらくすると中から声がかかる。
「入ってくれ。」
落ち着いた、低い声だった。
「失礼します。」
ウィリアムがドアを開けるとまるで会社の重役が座るような机に向かっている男性がいた。ドアのサイズから部屋のサイズも想像できたものの、玉座に座っているような、そんなイメージを持っていた悠仁は少し面食らってしまった。
部屋の壁際には、白を基調とした制服風の装備で揃えた者が数名、身じろぎひとつせず無言で控えている。誰も名乗らず、ウィリアムも紹介しない――ただ、その立ち姿だけで相当な手練であることが知れた。
「ん、おぉ、君達がパーチの人か。どれ、座ってくれ。」
四角い顔にがっしりした体、上半身だけ鎧を着けており、下半身は皮のズボンをはいている。短髪で髭がふさふさとしている。まだ色が黒いことからそこまで年齢はいっていないのだろう。
「6人か…、椅子が足りないな。ウィリアム、ちょっと他から運んできてくれ。」
「これは失礼しました、ただいまお持ちします。」
男性から指示を受けてウィリアムが退席する。
「椅子も用意せずにすまないね。立ったままで申し訳ないが、自己紹介をさせてもらおう。」
男性はこほんと咳払いをして自己紹介をする。
「私はウェイル、君達と同じで元冒険者だ。皆からは領主だったりウェイル候と呼ばれたりしている。まぁ気軽に呼んでくれ。今日は来てくれてありがとう。」
こちらまで楽しくなってしまうような満面の笑みで微笑み握手を求めてくる。
「こちらこそ、お招きいただいてありがとうございます。」
代表して悠仁が握手に応える。太くて硬い指、デスクワーク向きではないのはすぐに分かる。
「おまたせしました。」
ウィリアムが足りない人数分の椅子を持ってきた。
「おお、ありがとう。よし、じゃあゆっくりと話をさせてもらおうかな。」
全員が席に着いたところでウェイルの話が始まった。
リアッツォ(街)
ウェイル領内の北。カプランドからみて北西に位置するウェイル領最大の街。元々はNPCが治めていたが冒険者ウェイルが領主をするようになってから領名も変更された。カプランドよりも近代的な造りをしており、街にある建造物は石材で作られているものがほとんどである。交易も盛んでアリーシャほどではないが活気がある。街は石で出来た高い外壁に囲まれており襲撃に耐えることが出来るようになっている。領主であるウェイルは街の住人から人気のある領主で街は政治関連の問題を一切と言っていいほど抱えていない。




