出立
――出立の日 夜 カプランド バーグ邸前
「荷物、積み込んだか?」
「おうよ。食料と、収納に入らなかった分のポーション。毛布に…クッションだな。」
一つ一つ確認しながら、馬車に荷物を積み込んでいく。
「人も足りてるか?」
「はい、大丈夫です。」
人数を確認したアリスが報告してくる。
「よし、じゃあこんなもんか。それじゃあ、ありがとうございました。」
カプランドで散々世話になったバーグ一家に、別れの挨拶をする。
「Aliceのお姉ちゃん。はい、フェリス。ちゃんといい子にしてたよ。」
「ありがとう、助かったよ。…そうだ、はいこれ。」
アリスはネイトにネックレスを手渡す。
「これなに?」
「ガラスの中に、フェリスの毛を埋め込んであるんだよ。少しでも幸運が来ますようにって。フェリスと私からのプレゼント。」
ガラスの中では、フェリスの金白色の毛がキラキラと輝いている。
「わぁ!ありがとう!」
ネイトは早速首にかける。
「…どうかな。」
「うん、よく似合ってると思うよ。」
「よかったな、ネイト。」
後ろから見ていたカインも、ネイトの元へくる。
「あ!おじちゃん!」
「最後までその呼び方は治らなかったな…。」
カインは呆れたような、だけど少し嬉しそうな表情でネイトを見る。
「おじちゃん、助けてくれてありがとう。」
「…おう。強くなって、お父さんとかお母さん守ってやれよ。」
「うん!きっと強くなって、おじちゃんのクランに入れてもらうんだ!」
「おう、待ってるぞ。」
ネイトと拳を合わせる。
小さな拳は、初めて会った頃より少しだけ固くなった気がする。約束というものは、こうやって拳の固さで確かめ合うものらしい。
「またカプランドに来た際には、是非お立ち寄りください。全員でおもてなしをさせていただきます。」
「はい、ありがとうございます。では。」
全員の準備が終わったことを確認して、馬車を走らせる。後ろではネイトが手を振っている。
「…ほら、手を振ってるわよ。返さなくていいの?」
「いいんだよ…。」
「一生会えなくなるわけじゃないんだから、もっと軽くでいいのに。」
「うるせっ。」
ちょっと涙を流しそうになっているカインを見て、ミーナがからかう。
「ネイト君と、一番仲がよかったですもんね。」
アリスもフェリスを撫でながら会話に参加してくる。こうして、リアッツォ行きの馬車は出発した。
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――カプランド郊外 カール高原付近
「寒さは砂漠のときと別物だな。」
既に日は落ち、周りは夜だが、凍えるような寒さはない。熱を蓄えるものが沢山あるおかげか、寒暖差はそこまで激しくは無い。
「前の時は、フルールに昔話をしてもらったっけか…。」
アリーシャからカプランドに向かうときのことを思い出す。
「そういや、テッドさんにまともに挨拶もしないまま出てきちゃったな…。手紙でも出しておこう…。」
もっと早く終わる依頼だと思って高を括っており、何も言わずに出てきてしまった。プレイヤーカードを渡しているので現在位置は表示されているはずだが、それでも、連絡するのとしないのとでは大違いだ。
後ろでは、出発からまだそんなに時間が経ってないので、わいわいと話し声が聞こえる。
「ここ数ヶ月で、あっという間の冒険だったな。」
やっと一息つくことができたので、昔を思い出す。ついでに、収納から自分のプレイヤーカードを取り出す。
「レベル…27ねぇ…。」
ノワール戦の後、レベルが急に上昇した。数字上の経験値が、ものすごい量入ったのだろう。ややパワーレベリング感が否めないが、下げるわけにはいかないので諦める。
レベルが急上昇する時には、メリットもデメリットも存在する。
メリットはステータスの上昇、上級職へ転職するための手段、新しい冒険が出来る等々。レベルが上がれば出来ることも増えるし、皆楽しいのだが、問題がある。
このゲームではモンスターとのレベル差やその他細かい条件で経験値が算出されているが、レベルが上がってしまうと経験値が入りづらくなり、次のレベルが上がらず、狩場を変えるしかなくなる。つまり、同じモンスターと継続して戦闘することがなくなるのだ。よって「経験値」は増えるが、「経験」が積めなくなる。どんどん先へ進むことで、戦闘に体が慣れていないのに強敵と対峙し命を落とす、なんていうのは駆け出し冒険者に良くある。時間をかけてモンスターの情報を収集し、低レベル時に培った経験や仲間との連携で敵を倒していくという流れが、なくなってしまうのだ。
「…その点、うちは経験をたくさん積めてるな…。不慮の事故ばかりだが…。」
(それも、こっちの都合なんてお構いなしに、向こうから転がり込んでくる類の、な…。)
皆このレベルになるまで沢山の経験と連携をこなして、ノワールのような強敵と対峙しても、何とか生還できるくらいにはなった。
いつか、誰か死ぬ時が来るのだろうか、そんなことを考える。ノワール戦での死者は26人。アジア圏だけでも毎月の死者は200人を超え、世界規模になると、多い月で1500人のプレイヤーが死亡する。
「きっとうちは…」
死んでいった冒険者も、きっとそう考えていたに違いない。まさか自分が、まさか自分の仲間が、と。
あまり良い未来を想像できなくて、暗い雰囲気になる。明るく話す荷台組の話し声が、遠くに聞こえるようだった。
数字は嘘をつかない。そして数字は、いつも他人の顔をしてやってくる。26という数の中に自分たちの誰かの名前が入る日が来ないという保証は、どこにもないのだ。夜の街道の先は、カンテラの灯りの届かない闇だった。
「…何考えてるんですか?」
「…ミーナか。」
荷台からミーナがやってくる。
「何か暗い顔しちゃって、どうしたの?」
「いや、俺達これからどうなるのかなって。」
「そりゃ、リアッツォで領主に会うんでしょ?」
「いや、そうじゃなくてだな…。」
ミーナはいつでも、目の前のことに精一杯だ。悠仁は後ろに目をやり、声が聞こえていないことを確認する。
「お前、新しい仕事について考えてるか?」
「んー、まだですね…。今はこっちでいっぱいいっぱいっていうのと、こっちで長い時間過ごしてみると、結構楽しいって言うか…。それに、なんだかんだで生活費も稼げそうですし。」
ノワール戦では、全員でかなりの量の報酬をもらった。一人当たり、サラリーマンがもらう平均年収の半分程度だ。
「そうなんだよな…。俺もそのせいで、新しい仕事に意識が向かなくてさ…。」
「焦らなくていいんじゃないですか?ひとまず、生活は出来るんですし。」
「それもそうか…。お前はいつも前向きでいいな。」
「先輩が心配性なだけですよ。…少しくらい話、付き合いますよ。」
先輩を気遣ってか、旅のお供を立候補してくる。
「んじゃ、頼もうかな。旅の暇つぶし。」
「任せてください!ゲームの話ならいくらでもしますよ!」
少し、にぎやかな移動になりそうだ。




