アリスのおつかい/名無しのカーバンクル
悠仁から旅の資金の入った革袋を預かったアリスは、馬車を降りて一行と別れた。悠仁達は、バーグの家へ向かったようだ。
「よしっ、しっかりやらないと!」
ふんすと気合を入れて、醸造所へ向かう。
「それにしても、あなたはついてきちゃって良かったの?家族とかいないの?」
肩に乗る小動物に声をかける。目をじっと見て、こちらに何かを訴えかけてきているようだが、何も分からない。
「あなたが大丈夫ならいいんだけど…。あっこら!」
肩から帽子をくいくいと引っ張って、ずらそうとする。
「だめでしょ!もう。」
仕方が無いので、抱いて運ぶことにした。
腕の中の温もりは軽くて、歩くたびに小さな心臓の速い鼓動が伝わってくる。誰かに全体重を預けられるというのは、思っていたよりずっと責任の重い感触だった。
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「あのー、すみませーん。」
昨日足を運んだ醸造所を覗き込んで、声をかける。
「あぁ、はいはい。あー、昨日の嬢ちゃんじゃないか。素材を持ってきたのかい?」
奥から、茶色のローブを身に纏った初老の男性が出てくる。
「はい、教わったとおり、クレイドルスノーフレークとラウシュロータスを持ってきました。」
アリスは収納から取り出した花と、入りきらなかった分を包んできた風呂敷を、カウンターに出す。
「どれどれ…、ほぉ、質のいいのも結構あるな。これだったらいいのが作れる。しかもこの量なら、そこそこの個数も作れるな。…それで、随分珍しいものを連れてるじゃないか。」
男性は、アリスの胸元に抱かれているカーバンクルを見て漏らす。
「えぇ、なんか森で怪我しているのを助けたら、懐かれちゃったみたいで…」
「そりゃ珍しいこともあったもんだ。カーバンクルは滅多に人に懐かない。見たところ、まだ幼体ってところだな。」
「カーバンクルに詳しいのですか?」
「詳しいって程じゃねぇんだが、昔はこの街の近くでも見られるくらいいたんだが、宝石に価値があるってことでな…。結構な数が狩られちまって、今だと森の奥でひっそり暮らしてるって話だ。」
「そんなことがあったんですね…。」
現実世界でも、毛皮を採るために動物が絶滅してしまうということが起きる。きっと、それと同じようなことなんだろうと考える。
「一緒にいると幸運を運んでくるって噂だ。嬢ちゃんに懐いてるなら、そのまま大事にしてやったほうがいい。結構長生きするらしいしな。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「よし、じゃあこれで作れるだけ作っちまっていいのか?」
「はい、大丈夫です。お願いします。お代はどうすればいいですか?」
「何本作れるかわからないから、受け取りの時に頼む。」
「わかりました。では、明日取りに行きますね。」
「はいよ。明日までにはできるから、安心してくれ。」
ぺこりとお辞儀をして、店から離れる。
「あなた、珍しかったの?もっと警戒しないとだめだよ?私だったからよかったけど、悪い人だったら捕まってたかも知れないんだよ?」
アリスの心配はどこ吹く風で、歩くときの揺れを満喫しているように見える。
「もう…。」
カーバンクルは、子猫が母親の乳房を揉むように、下からアリスの胸を前脚でぷにぷにと押す。
「いたずらしないのー。」
胸を押し続けるそれを、アリスは肩に乗せなおす。
「これからも一緒に来るなら、名前を決めないと不便だよね。どうしよう。そもそも、あなたはオスなの、メスなの?」
空想上の生物に性別があるのか分からないが、子孫を残しているということは、雌雄があるのだろう。
「わからないよねぇ…。んー、耳…狐…。」
ぶつぶつと、思いつくままに単語を出していきながら名前を考える。
「幸運…幸せ…。折角なら、縁起のいい名前にしてあげたいなぁ…。」
(折角、幸運を運んでくるって言うんだから…)
「フェリス…」
ふと、昔辞書で調べた単語を思い出す。
「よし、あなたの名前はフェリス。今日からフェリスね。」
肩から離し、幼子を高い高いするように持ち上げる。その毛が月の光に照らされ、金色に光って見える。本人?は暢気にあくびをしている。
「ちゃんと聞いてるの?忘れちゃダメだよ?」
再び肩の上に乗せる。
「これからよろしくね、フェリス。みんなのこと、噛んじゃだめだからね?特に悠仁さんは、あなたを助けてくれたんだから。」
フェリスはアリスの首にマフラーのように尻尾を巻きつけて、バランスを取って眠りにつく。
夜道に、アリスの足音とフェリスの寝息だけが続く。名前を呼べる相手が一つ増えただけで、知らない街の夜が少しだけ自分の場所になる。
「もう…。餌とかどうすればいいのかな。狐は雑食らしいけど…。」
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――バーグ邸
「ただいま帰りました。」
悠仁たちよりも、しばらく遅れて帰ってくる。
「お帰りなさい、Aliceさん。…おや、その生き物は。」
バーグは、アリスの肩で寝る生き物に目をやる。
「はい、今日森で…」
アリスは、フェリスを拾った経緯をバーグに話す。
「ほう、カーバンクルですか。今ではめっきり見なくなってしまいましたが、まだ生きていたとは。」
「やっぱり、珍しいんですね。」
バーグも、醸造所の男性と同じような反応をする。
「えぇ、その額の宝石を採るために乱獲されてしまったので、激減してしまいましたから…。私も見るのはもう何年ぶりか。人に懐くことは滅多に無いと聞いています。大切にしてあげてください。」
「そのつもりなんですが、いたずら好きで困ってしまいます…。」
「はっはっは、Aliceさんが優しいから甘えているのでしょう。子どもと同じですよ。」
「そ、そうでしょうか。」
「あ、Aliceのお姉ちゃん。」
2人の話し声を聞いたネイトが、自分の部屋から出てくる。
「それ何?」
「あぁ、紹介するね。この子はフェリス。カーバンクルの子どもだよ。カプランドの森からついてきたの。」
「わぁ!すごい!お父さん!カーバンクルって、あの?」
「あぁ、そうだ。」
「お姉ちゃん、触ってもいい?」
ネイトは、初めて見るカーバンクルに興味津々のようだ。
「うん、いいよ。だけど、ネイト君よりもずっと弱い生き物だから、優しく触ってあげてね。」
「う、うん…わかった…。」
アリスは、ネイトが触れるように片膝を地面につく。
アリスのアドバイスを聞いたネイトは、割れ物を扱うようにフェリスの頭を撫でる。撫でられている最中フェリスが目を開けたが、危険が無いと判断したのか、再度目を閉じてなすがままにされていた。
「すごい!ふわふわで温かい!」
家畜以外の動物に触るのは初めてなのか、目をキラキラさせて喜んでいる。
「そうでしょ?こんなに小さくても生きてるからね。…そうだ、私がリアッツォに行くまでの間、家にいない時はネイト君にフェリスを任せていいかな。」
「え!僕が!?」
「うん、今みたいに大切にしてくれるなら、きっと大丈夫だと思うから。」
「…どうしよう、お父さん。」
自分では判断がつかないのか、父親であるバーグに助け舟を求める。
「Aliceさんがお前に頼んでるんだ。しっかり自分で決めなさい。」
ぴしゃりとはねつける。これも教育だと判断したのだろう。
「…うん、僕やるよ。ちゃんと面倒を見る!」
「そう、じゃあフェリスをお願いね。フェリス?ちゃんとネイト君の言うこと聞かないとダメだからね。噛んだりしたら怒るからね?」
フェリスは面倒くさそうに薄目を開けて、また閉じる。返答のつもりだろうか。アリスはフェリスを肩から抱き上げ、ネイトに手渡す。
「ネイト、どんなに小さくても大切な命だ。それをAliceさんから預かったんだぞ?しっかり責任を持つように。」
「うん、分かったよお父さん。」
バーグはネイトに、十分注意するように促す。
「ありがとうございます、Aliceさん。何かありましたら、私も協力しますので。」
「はい、ありがとうございます。じゃあ、私は上に行くので。よろしくね、ネイト君。」
「うん!わかった!」
こうしてフェリスは、段々と日常に溶け込んでいくのだった。




