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第一章8 『遅すぎた忠告』

「だぁぁぁ……疲れた」


 研修を終え、俺は自室のベッドへダイブした。

 丸ごと飲み込まれてしまうほどの低反発マットレスの上で、何度か体が跳ねた。

 外はもうすっかり暗くなり、夜の訪れを告げている。


 野菜の皮むきの後は屋敷中の廊下を掃除し、すべての窓を拭いた。

 掃き掃除の前の絨毯の叩き洗いが、正直一番しんどかったな。

 唯一の救いは、これは毎日ではなく週に一度しかおこなわないこと。

 だが逆に考えれば、週一で大掃除があるということになる。


「……っつ」


 高い天井へ手を伸ばし、左手に貼ってある絆創膏を見つめる。

 包丁でザックリと切ってしまった人差し指が、未だに脈打つように痛んでいる。

 最初は治癒魔法を頼んだが、今となってはかけてもらわなくてよかったと思っている。

 多分、あのまま治療してもらっていたら、これからも魔法に依存してしまうことになるだろうしな。


「はぁ……」


 無意識のうちに、大きなため息が出た。


 あまりにも目まぐるしい、三日間だった。


 何の前触れもなく異世界にやってきて、いきなり魔獣に襲われる。

 とんでもない力で撃退したかと思えば、右腕は粉砕し、どこぞの兵士に投獄される。

 翌日になってアイリスに助けられて彼女の境遇を知り、王にすると宣言して屋敷へ連れてこられる。

 ようやく異世界ライフが始まる、と意気込んだ矢先、屋敷のメイドに殺されかける。


 体調が悪い時の夢でも見ている気分だ。


「――入ってもいいかしら」

「おわっ、びっくりした。どうぞ」


 扉の奥から、アイリスの声が聞こえた。

 驚きつつも入室を許すと、アイリスは神妙な面持ちで部屋へと入って来た。


 ゆったりとした白いワンピースを着て、暗い部屋の中を歩いてくる。

 いつもは下ろしている綺麗な髪を、今日は後ろで軽くまとめていた。


「どうしたんだ?」

「使用人一日目、お疲れ様。大変でしょ」

「ああ、すんげえ大変だよ。ルリはあの仕事量を、クロエと二人でこなしてたんだろ?

 尊敬もんだな」

「クロエはポンコツだから、実質ルリが八割くらい負担してるけどね」


 そうだった。

 先輩のくせして、後輩に頼りきりなんだった。

 そういえば、俺がルリと研修していた時は何をしていたんだろうか。

 まさか、自分だけサボって呑気に日向ぼっことかしてないよな。


 ……してそうだな。


「っていうか、わざわざ俺にそれを伝えるためだけに来たのか?」

「ちっ、違うわよ。バカじゃないの」


 隣に座ってきたアイリスは少しだけ頬を赤くしてそう言った。

 そこまで言うか。


「ルリのこと、なんだけどね」

「――」


 その名前が出た瞬間、思わず身構えてしまった。

 アイリスは怪訝そうな目で俺を見るが、俺は「なんでもない」と言って何とか誤魔化す。


「……フィーネから聞いてるよ。俺と同じ権能を持ったやつに家族を殺されて、村まで滅ぼされたってこと」

「へえ、フィーネが……。案外仲良くやれてるみたいね」

「仲良く、ねぇ……」


 まあ同じ部屋で寝かせてくれたし、根は優しいのだろうが。

 お世辞にも、仲のいい友人とは言えない。


「十年くらい前、ゼルヴァインと一緒に、あの子の村に行ったことがあってね。

 その時、『忍耐』の大徳聖卿と戦ったわ」

「大徳聖卿?」

「まあ、普通は略して『聖卿』って呼ぶけどね」


 『忍耐』。

 また、この単語が出てきた。

 フィーネが口にした、『聖卿』という単語もついてきたな。


 ……っておい、待て。


「十年前、って言ったか?」

「ええ」

「ちょっと待ってくれ。アイリスさん、今おいくつで……?」

「あれ、言ってなかったかしら。もう今年の冬で百二歳よ」

「百二歳!? 十八歳くらいだと思ってたぜ……」

「私、エルフだから」


 言われてようやく気がついた。

 アイリスの耳は、横に長く伸びている。

 これまでは髪を下ろしていたから、耳が隠れていて気がつかなかった。


 ひゃ、百二歳だと……。

 いや見た目は完全に少女だから、人間換算だと十八くらいだろう。


「……それで、話を戻すわよ。

 『忍耐』の大徳聖卿は、あんたとよく似た、というか同じような権能を持ってたわ」

「……それも、フィーネから聞いたよ」

「だから正直、ミナトを初めて見た時にあいつがよぎったわ。

 まさか、あの時の自壊の権能と同じやつかもって」


 それを聞いて、俺は背筋が凍るような感覚に襲われた。

 もしかしたら、ルリだけでなく、アイリスまで敵対していた可能性まであったのだ。


「でも、自分の体を壊してまで助けてくれたミナトを見て、それは絶対に違うって思えたわ。

 本当にあいつなら、助けずに私たちを襲いに来るはずだから」

「……まあ、そうだな」

「だから、ミナト。――ルリの前で、絶対に権能を使わない方がいいわよ。

 怪しまれちゃうから」

「――」


 アイリスの忠告を受け、俺は言葉に詰まる。


 もう、そんなことを言われても遅いんだ。

 だって、俺はすでにルリに殺されかけたのだから。


「それは、大丈夫だと思う」

「なら、よかったけど。

 それとね。ルリは、何でも独りで抱え込むくせがあるの。

 私が何か相談に乗ってあげようとしてもいっつも『お気になさらず』とか言って逃げちゃうのよ」

「そうなのか……」

「ゼルヴァインはこの辺の領主だから色々忙しいし、私ももうすぐ王選関係のお仕事が始まるから忙しくなる。フィーネは、まあ……ね」

「あぁ……」


 この屋敷に住み込みで働いているということは、この中に住んでいる人間としか関わりはないはず。

 王都に出て買い物でもしてれば、他人との関わりは生まれるかもしれないが。

 だがそれはあくまで社交辞令程度だろうし、本当に心を開ける人間がいるのかどうかは分からない。

 それこそ、同じメイドで先輩であるクロエあたりを頼ってればいいけどな。


「私からお願いなんだけどね、ミナト。

 ルリのことを、気にかけてあげてほしいの。

 何かあったら相談に乗ってあげるとか、困ってたら力を貸してあげるとか」

「……そう、だな」


 俺はアイリスから目を逸らし、躊躇いながら頷いた。


「……嫌なの?」

「嫌じゃ、ないよ」

「じゃあ、お願いね。私も極力気にかけてあげるつもりだけど、同じ立場として接してあげられるのはミナトとクロエだけだから」


 アイリスは多分、それを伝えに来たのだろう。

 ルリのためを、そして俺のためを思って、忠告とお願いをしに来たのだ。

 皮肉にも、最悪なタイミングで。


「分かった。気にかけとくよ」

「ありがとう。もうすぐ夕飯みたいだから、一緒に行きましょ」

「……おう」


 立ち上がったアイリスに続いて、俺も腰を上げた。


 ……先行きが不安でしかない。

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