第一章7 『メイド生活』
「ギャハハハハ! ミナト様、可愛いのです!」
「バカにしてんだろ、お前。何で俺がメイド服なんて着なきゃならないんだ」
翌日。
俺は、クロエに連れられて採寸と洋服の試着をおこなっている。
結局あの後、何事もなかったかのように夕食を食べた。
その間ルリは俺と目を合わせることなく、一言も言葉を発さずに黙々と食べていた。
とにかく、何とか死なずに済んだ。
これじゃ、一日に一回は死にかけていることになるんだが。
「いやぁ、可愛いと思いましたが、さすがに冗談なのです。
ミナト様にはこちらのお召し物がお似合いなのです」
「おお、こういうのだよこういうの」
ハンガーにかけてある洋服を手に取ったクロエは、俺の体にそれを合わせる。
黒を基調とした、執事服のような服。
ザ・使用人って感じでいいじゃないか。
「じゃ、色々教えてくれよな、クロエ」
「うーん、クロエが教えてあげたいところなのですが、クロエはあまり家事が得意ではないのです。だから……」
待て。
その先はどうか言わないでくれ。
まさかとは思うが――、
「――研修は、ルリにお任せするのです」
「――」
どうして、こうなるんだ。
***
「使用人のお仕事は、基本的には三つ。
清掃、食事の配膳、それから王都への買い出しです」
そして、普通に研修が始まった。
ルリは表情を変えず、俺の目を真っ直ぐに見たまま説明を続ける。
怒りや憎しみなどの感情は一切ないようにも見えるが、内心ではかなり抑えているのだろう。
「この箒で、お屋敷中の絨毯を叩き洗いします。
それが終わったら、今度は窓拭きです」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。
そんなに一気にやるのか?」
「当たり前でしょう。窓拭きが終わったら、廊下の掃き掃除です。」
「まだあんのかよぉ……」
「廊下の掃除の前に、あなたのお部屋の掃除からですね。
まだ昨日の血痕が残っているでしょう」
そう言われ、ようやく思い出した。
まだ、昨日の一件の後始末が済んでいない。
昨晩はあの部屋に戻るのが怖くて、結局書庫の中で寝たんだった。
『お前……ボクの部屋で寝るだなんて、どういうつもりなわけ?』
『あんなことがあった矢先、一人で寝られなくなっちまってよ。
頼む! 今日だけ一緒に寝てくれ!』
『一緒になんてごめんだね。その辺で勝手に寝れば?』
と、なんだかんだ許してもらえた。
人間が嫌いだとか言っていたけど、案外優しいところもある司書だった。
まああの性格だし、寝ている間に殺されていてもおかしくなかったが。
無事に朝を迎えられてよかった。
俺はルリとともに自室へ入る。
「うわっ……」
広がる光景は、凄惨なものだった。
真っ白な壁や床、それにベッドのシーツにまで、俺の血が飛び散っている。
酸化しているのか、赤かった血痕は黒くなっている。
そして何より、この血生臭い匂い。
吐き気すら催してしまうほどの悪臭が鼻を突く。
「ルリは一切手助けしませんので、おひとりでお掃除してください」
「は、はい……」
お前が全部やったくせに……
なんて言ったら殺されかねないな。
濡れた雑巾を受け取り、部屋に残る血を拭き取る。
こびりついてしまっている血痕は、何度かこすらないと取れなくなっている。
『――死ね、大罪人』
「――」
ルリのあの声が、耳に残って離れてくれない。
その張本人が部屋の扉の前にいると思うと、いつ襲われるか分からない恐怖に包まれる。
「シーツはルリが替えておきますから、床と壁だけお願いします」
「いいのか?」
「シーツの交換の仕方は、《《いずれ》》教えますので」
いずれ。
その三文字を聞いて、少しだけ安心した。
少なくとも、今この瞬間に襲われることはなさそうだ。
前回はフィーネの機転で部屋ごと書庫へ移動させてくれたが、今度はそうはいかない。
恐らく、あの時はたまたま書庫と俺の部屋が近かっただけだろうし。
何度か雑巾を濡らしていくうちに、バケツが赤く染まっていく。
その水面に映る自分の顔には、大粒の汗が浮かんでいた。
労働って、大変なんだな。
「済みましたか?」
「お、おう。終わったぜ」
「では、次のお仕事です」
そう言って、疲れ果てた俺をよそに歩き出した。
……アイリスは、今何をしているのだろうか。
***
次は、キッチンに来た。
ルリは戸棚の中を漁り、何かを取り出した。
「――っ!?」
手に握っているのは、包丁。
その切先を俺へ向け、冷淡な目でこちらを見ている。
俺は素早く振り返り、キッチンから逃げ出そうとした。
しかし、首根っこを掴まれてしまった。
「……どうして逃げるんですか」
「だって、また俺を……!」
「……はぁ。野菜の皮むきをするだけですよ。
今夜はシチューなので」
「そ、そっか……悪い」
てっきり、また刺されるのかと思ったが。
よく見れば、もう片方の手にはジャガイモが握られていた。
この世界にもジャガイモは存在するのか。
「まずはお手本を見せますから、真似してやってみてください」
ルリはそう言いながら、慣れた手つきで皮むきを始めた。
「そっか、ピーラーとかないもんな……」
「わけの分からない単語を出さないでいただけますか?
……包丁は固定して、野菜を回すのがコツです」
時々、俺の常識が通用しない時があるんだよな。
まあそりゃ、異世界だから仕方ないわけで。
それにしても、上手だな。
これを、十年近くもやってるんだもんな。
俺がこのレベルに達するまでどれだけかかるのやら。
「はい、どうぞ。やってみてください」
「オーケー。任せろ」
俺は親指を立てて、白い歯を見せて笑う。
当然、ルリはそれを冷たくあしらったが。
《《野菜は固定》》し、《《包丁を動かす》》、だったよな。
ゆっくりと包丁を回し、徐々に皮がむけていく様をじっと見つめる。
おっ、意外と上手いんじゃないか……
「ギャァァァァ!」
「どうして包丁を回すんですか。包丁は固定すると言いましたよね?」
俺は盛大に指を切った。
ピュ―ッと鮮血が噴き出し、指を伝って血が滴り落ちる。
そうか、包丁を固定するんだった。
教わる相手が相手だから、緊張で頭がこんがらがってしまったのか。
「る、ルリ? 治癒魔法とかって……」
パックリと裂けた人差し指を見て、俺は治癒魔法を懇願する。
「使うわけがないでしょう」
「で、ですよね……」
それもむなしく、きっぱりと断られてしまった。
……ルリとちゃんと話せる日は、来るのだろうか。




