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第一章6 【七つの美徳】

「フィー、ネ……?」

「だから、気安くボクの名前を呼ぶなって言ってるよね」


 白黒の市松模様のタイルに、俺の鮮血が広がっていく。

 フィーネはそれを見ながら蔑んだ目で俺を見下ろしている。


「フィーネ様……何のおつもりですか」

「それはボクのセリフだ。他人様の書庫で人殺しだなんて、何を食べて育ったらそんなことを思いつくのか。

 ゼルヴァインの従者ってその程度の常識しかないわけ?」

「……っ。ルリは、この男の部屋で尋問をしていたはずです。

 ご勝手に転移魔術を使ったのはフィーネ様の方では?」


 落ち着いた口調だが確かに怒りを孕んだ声でフィーネを問い詰めるルリ。

 それを何食わぬ顔で受け流しながら、ルリの常識すら否定する言葉を投げつける。


「……?」


 そんな彼女を見上げると、フィーネはこちらへ短い腕を伸ばしているのが見えた。

 その手には緑色の光が宿っており、俺の全身を優しく包み込む。


 ――フィーネは、俺を治療してくれている?


「ボクの貴重な魔力を使わせたんだ。いつか必ず埋め合わせはしてもらうよ」

「……何で、治してくれてるんだ……?」

「神聖な禁書庫の中で犬死になんてされたら、お前の霊が棲みつくでしょ。

 死ぬならせめて外で死んで」


 そう言いながらも、フィーネは治療の手を止めない。

 ルリはそんな俺を見て、強く目を見開いている。


「今すぐ治療をやめてください。その男は万死に値する人外です」

「今のボクの言葉が聞こえなかったの? 死ぬならせめて外でって言ったよね」

「……なら、すぐに部屋の外に連れて出て殺します! その手を離してください――」


 ルリはその場を飛び出して、ナイフを振り上げた。

 その速度は俺の目では追えず、気づけば目と鼻の先にその切先が迫ってきていた。


 しかし、


「――五月蠅うるさい」

「――っ!?」


 フィーネの低い声が聞こえた瞬間。

 ルリは、その場に跪いた。


 フィーネは小さな指を下に向けたまま、


「ここはボクの庭だ。その気になれば、一瞬でお前を消し炭にだってできるんだよ」

「……っ! おやめください、フィーネ様……!

 その男はっ……! 姉様と家族を、殺したっ……!」

「知ったこっちゃないね。それとボクの書庫が汚れることとは、何ら関係がない」


 ルリはひどく顔を歪めたまま、必死に体を起こそうと抵抗する。

 だがそれは叶わず、ついには床にその全身がくっついてしまった。

 それでもなお、ナイフを握りしめたまま俺を睨んでいる。


「お前は一体、このメイドに何をした?」

「何も、してねぇよ」

「嘘をつくな、化け物!」


 そう罵られ、完治した胸が締め付けられる。

 一体、ルリは何を経験してきたのだろうか。


「お前は、ルリの村を滅ぼした!

 その自壊の権能で、全身を壊しながら村を蹂躙して回った!

 忘れたとは言わせない――がっ!」

「大きな声を出さないでくれるかな。

 何度言ったら分かる? ここはボクの――」

「あなたは黙っていてください、フィーネ様!」

「――」


 そんな叫びを皮切りに、フィーネはさらに指を下に下げた。

 潰れたような声で呻くルリの体は、床と一体化してしまうほどの勢いで押し付けられる。

 まるで、すべての重力が彼女の体にかかっているかのようだ。


 その目に浮かぶ涙を見て、


「フィーネ、もうやめろ! ルリが死んじまう!」

「殺されかけた相手なんだから、どうなっても構わないでしょ?」

「書庫の中で死んだらダメなんだろ!? 早く緩めろ!」


 俺は起き上がって、フィーネを止めた。

 フィーネはしばらく負荷を緩めなかったが、俺の必死の訴えによりその手を止めた。


「はぁ……! はぁ……!」


 激しく息を切らすルリに駆け寄ろうとするが、足が止まった。

 不用意に近づけば、何をされるか分からない。

 ついさっきの記憶がフラッシュバックして、手を伸ばすことしかできなかった。


「お前の思っている人間とこいつは違うよ、ルリ」

「――」

「考えてもみなよ。もしこいつが、お前の村を襲った【大罪人】なら、お前なんて一捻りでしょ」


 ルリは下を向いたまま、フィーネの言葉を受け入れようとしない。


「ですが、自分の腕を壊しながら攻撃をするという権能は、まったく同じです」

「権能を持つ人間は少ない。でも、その中で同じ権能を持つ人間が複数いることだってあるだろう。お前の村を襲った大罪人と、こいつは別人だよ」


 フィーネのその言葉で、ルリの眉が微かに動いた。

 握っていたナイフを取り落とし、高い金属音が書庫に響く。


 そして今度は自分で膝を落とし、ルリの目から涙がこぼれ落ちた。


「何が……」


 あったんだ。

 そう訊こうとして、俺の口は止まった。

 その先の言葉は、出てくることはなかった。



 ***



 その後、俺はしばらくフィーネの書庫にいた。

 ルリは何も言わずに書庫を後にし、どこかへ歩き去ってしまった。

 まさか、屋敷から出ていくとかしないだろうか。


「……フィーネ」

「次名前を呼んだら、さっきのメイドみたいなことになるよ」

「っ。悪かった。……でさ。ルリは、どうしてあんなに俺の権能とやらに固執してるんだ?」


 ルリは、『姉様と家族を殺した』権能だと言い張り、俺を半殺しにした。

 それが、どうしても胸に引っかかるのだ。


「……彼女は昔、【七つの美徳】っていう組織に村を滅ぼされた経験があるんだ」

「そう、それ。七つの美徳、って何なんだ?」

「終焉の白魔女って聞いたことあるでしょ。あいつを信仰してる、頭のおかしい宗教組織。

 『謙虚』、『慈悲』、『忍耐』、『勤勉』、『節制』、『純潔』、『正義』。そのうちの『忍耐』の聖卿せいきょうが、十年ほど前に彼女の村を襲って、滅ぼした」


 フィーネはまったく感情を出さず、淡々とそう話す。


「『忍耐』の聖卿は、お前と同じ『自壊』の権能を持っていた。

 自らの四肢を粉砕しながら村を破壊して回り、村の人間を皆殺しにした。

 そこへゼルヴァインが駆け付け、死にかけていたルリだけを助けて、この屋敷で匿い始めたってわけ」

「……」


 言葉が、出てこなかった。


 だから、俺の腕を見た時に息を漏らしていたのか。

 それに、彼女を助け出したのがゼルヴァインなら、俺の権能を知っているかのような口ぶりをしていたことに対しても合点がいく。


「『忍耐』と同じ権能を持つお前を仇だとみなすのも、無理はなかったのかもね。

 ちなみに聞くけど、お前はその権能をどこで手に入れた?」

「どこで……」


 そう言って、俺は記憶をたどる。


 あの森の中で目を覚まして、アサルトベアーなるクマの魔獣と遭遇した。

 そしてそれを殴った時に、既に俺はその権能を持っていたことになる。

 となると、この世界に転移した瞬間から持っていたということになるのか?


 転移する前は、当然そんな能力は持ち合わせていなかった。

 趣味程度で筋トレをしていたことはあったが、それが権能の獲得に関係があるとは言い難い。


「……分からない。その権能とやらは、普通どこで手に入れるもんなんだ?」

「生まれつき備わってることがほとんどさ。

 それに、そもそも権能自体を持っている人間の方が少ない」

「そうなのか?」

「魔術を使える人間は割とたくさんいるけど、魔術は権能じゃなく、努力で身に着けるものだからね。

 お前みたいに人並み外れた権能を持つ人間はかなり希少だよ」


 フィーネは分厚い本を読みながらそう言った。


 権能を持つ人間は、希少。

 しかも、生まれつき備わっていることがほとんど。

 じゃあ、俺はどうして権能を持っているのだろうか。


 この世界に「転生」したなら、その可能性はある。

 だが、俺はあくまで目を覚ましたらこの体のまま「転移」していただけだ。


「まあ、無闇に権能は使わないことだね。特にあのメイドの前では」

「な、なるべくそうするけどよ」

「……で、普通にボクの書庫に座ってるけど、どういうつもりなの?」

「えっ、だって、出て行ったらルリが出待ちしてる可能性があるだろ。

 怖くて一人じゃ出られねえよ」

「はぁ……。適当な部屋に転移させるから、とっとと出て行って」

「お、おう。助かる」


 フィーネはそう言って目を閉じ、人差し指を立てた。

 そしてクルクルとその指を回し、


「どわっ!?」


 いきなり、部屋から弾き飛ばされるようにして退室させられた。

 あのロリッ子、最後まで手荒なやり方で……


「――」

「――っ!」


 壁にぶつけた頭を撫でながら立ち上がろうとした時。

 目の前に、ルリが立っていた。


 あいつ、適当な部屋に飛ばすって言ったのに……!


「る、ルリッ……! ほんと……本当に、俺は違うんだ!

 だから、もう殺すのは――」


 腰を抜かしたまま後ずさりをして、少しでもルリから距離を取ろうと足掻く。

 だがルリは何も言わずに俺を見つめ、振り返って歩いて行った。


 その背中には、一人では抱えきれないほどの重圧がのしかかっているように見えた。

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